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トランプ大統領を追い詰める米メディア 日本との差はどこにあるのか

立岩陽一郎InFact編集長
トランプ大統領の記者会見で質問する記者

選挙をめぐるロシア政府との癒着など、次から次に出てくるトランプ米大統領の疑惑は、ジャーナリストの執拗なまでの取材・追及によって浮かび上がってきたものだ。それが可能となっているのは、米国のジャーナリストが自らの取材手法をあますところなく開示し、共有しているからだ。それが、次の取材につながっている。一方、日本ではどうだろうか?

調査報道会議での報告

「このサイトの住所を入れる部分に入力すると、問題の不動産の情報が出てくるんです」

定員400人のホテル会議場はほぼ満席となっている。6月下旬にアリゾナ州で開かれたIRE=米調査報道会主催のセミナー。壇上で説明するのはラス・チョーマ記者。調査報道を専門とする非営利メディア「マザー・ジョーンズ」所属だ。チョーマ記者がパソコンで操作しているのはニューヨーク市の不動産情報サイト。そのまま会場の大きなスクリーンで示される。

報告するラス・チョーマ記者(右端)
報告するラス・チョーマ記者(右端)

画面には、トランプ大統領が今年売却した不動産の情報が出てくる。「トランプ・パーク・アベニュー」。そして購入した人物の名前が「アンジェラ・チェン」。中国政府とつながりの有る女性と言われている。購入金額は「2180万ドル」。日本円で約24億円。現金での支払いとなっている。あらゆる情報がこの画面から読み取れる。

「勿論、州、あるいは市によってその情報開示の状況は異なります。私が調べている範囲では、ニューヨーク市はかなりの情報を公開している」。会場の聴衆がメモを取る。全米から集ったジャーナリストや研究者だ。

アンジェラ・チェンが購入した「トランプ・パーク・アベニュー」・写真:Splash/アフロ
アンジェラ・チェンが購入した「トランプ・パーク・アベニュー」・写真:Splash/アフロ

この会議は、ジャーナリストの取材力向上を目指して開かれているものだが、多くの聴衆を集めたのがチョーマ記者の発表だった。

それは、彼がトランプ大統領の問題を取材し続けているからだ。テーマは大統領の「利益相反」。利益相反とは、権限を持った人間が、自身の権限を悪用して政策を曲げて、私的な利益を優先することを指す。国際的なビジネスを率いてきたトランプ大統領には、就任の当初からその問題が付きまとっていた。公選された職を含む公務員に対しては、米国の法律「政府の行動倫理法」で「利益相反の回避」が求められると厳格に規定されている。その監督と監視を行うための「合衆国政府倫理庁」も設置されているのだ。

大統領と副大統領についてはその既定の例外だとする説と例外ではないという説があるが、何れにせよ、トランプ大統領は就任前から「利益相反はない」と主張しており、これは逆に言えば、この問題が自らに降りかかる恐れがあると認識しているとも言える。

チョーマ記者はこの不動産売買で着目した点について具体的に説明した。「トランプ大統領の企業グループによる売却だが、興味深いのは公開されていない物件だったということだ」。つまり、‘特別な取引’だったと見られるという。

「この資料から、現金で一括して支払われていることがわかる。なぜ、公開されていない物件をこの女性は知ることができたのか?資金は女性が自前で用意したのか?疑問は次々に浮かび上がる」。その後の取材で、買主のアンジェラ・チェンは、中国人で、中国政府との太いパイプを持つ人物だということがわかった。24億円もの大金を彼女はどうやって用立てたのだろうか?米国と中国の関係を円滑にするために、中国政府、或いは中国政府系の金融機関が資金を提供していた可能性もあるという。チョーマ記者は、「売り手のトランプの企業グループもチェンの側も取材に応じなかった」と話した。

参加者の一人で地方新聞、「カンザスシティー・サン」デスクの、チャールズ・ハウランド記者に話を聞いた。ハウランド記者はチョーマ記者の話に関心を示す理由をこう説明した。「この国の指導者の実態は、地方政治にも絡んでくるし、利益相反の取材手法は、地方の政治権力者の取材にそのまま使える。だから地方紙であっても、勉強しておいて損はない」。

執拗に質問を繰り返す記者会見場の米国の記者・ロイター/アフロ
執拗に質問を繰り返す記者会見場の米国の記者・ロイター/アフロ

日本では具体的な取材手法を伝えることはあり得ない

チョーマ記者の発表の内容は、大統領の問題を浮かび上がらせたという意味で興味深かったが、より重要なのは、彼が自身のノウハウを余すところなく語っているところだった。そこに、米国のジャーナリズムの意欲と良識を見た思いがした。

ジャーナリストが自らの取材手法を公に語る米国。その姿は、日本と大きく異なる。

最近、日本でもジャーナリストが取材について語る場が設けられるようになってきていて、私も何度か登壇したことがある。しかし、多くの場合、「ここでは詳しい話はできません」という残念な話となる。つまりノウハウを教えない記者の自慢話の場となってしまう。

写真:アフロ
写真:アフロ

渡米前の2016年12月に東京で開かれたジャーナリストのシンポジウムに参加した時のことだ。ジャーナリストは情報を共有する時代が来ていると伝えた筆者に、登壇者の一人がかみついた。

「言っていることの意味がわからない」

大手新聞社の記者であるその人物に言わせると、取材の中で得た情報を共有するなどもっての他だという。記者はその理由は敢えて言わなかったが、競争相手に塩を送るような真似はできないということなのだろう。

そして福島第一原発を取材してきたその記者は、その取材の過程を明かすことをせず、取材の意義を解説して話を終えた。

それを米国のチョーマ記者のケースになぞらえると、大統領の利益相反を取材する意義を瑠々説明することと同じだ。それはあらためて説明する必要のないものだと言える。

記者がどのような取材手法を使って、どういうことを明らかにしたのか?それを包み隠さずに報告するから、話を聴く価値があり、そこから新たな取材が生まれ、結果として米国のジャーナリズム全体の質を向上させることにつながる。

日本の状況は極めて残念だと思う。

大統領への捜査 最も注目されているのはロシアとの関係

利益相反は、トランプ大統領の陣営とロシア政府との関係が問題となっているロシアゲートの捜査でも進められていると見られている。

なぜか?利益相反が最も懸念されるのは、ロシアとの間でのやり取りだからだ。トランプ大統領について米国民の多くが疑問に思っている点が1つある。なぜこの大統領はロシア政府とそのリーダーであるプーチン大統領に対して極めて融和的なのかという点だ。これは、トランプ支持者の中でも共有されている疑問だ。

写真:ロイター/アフロ
写真:ロイター/アフロ

例えば、最初に辞任に追い込まれた前国家安全保障担当補佐官のマイケル・フリン氏は、オバマ政権がロシアに科した制裁について、駐米ロシア大使と語り合った疑惑をもたれている。何を語り合ったのか?多くの人が、制裁の解除を語り合ったと推測している。また、トランプ大統領の娘婿で、最側近であるジャレッド・クシュナー氏はロシア政府に対して、裏交渉のチャンネルを作る提案をしたと指摘され、それもFBIの捜査対象になっていると見られている。

トランプ大統領の事業は何度も破たんの危機に瀕していることは有名だ。そしてその都度、不死鳥の様に蘇った。これについて息子で現在事業を引き継いでいるエリック氏が過去に、ロシアの融資によって支援を受けたことを語ったことがある。現在、エリック氏はその発言を否定しているが、多くのメディアはそれを報じている。

写真:エリック氏(左端)とドナルド・ジュニア氏(右端)に囲まれたトランプ大統領・Shutterstock/アフロ
写真:エリック氏(左端)とドナルド・ジュニア氏(右端)に囲まれたトランプ大統領・Shutterstock/アフロ

ここに来て、もう一人の息子であるドナルド・ジュニア氏が、ロシア側と交わしたメールも問題となっている。トランプ大統領はメール1つで何を騒いでいるとツイートしているが、ことはそれほど、単純ではないだろう。仮に、大統領選挙へのロシア政府の関与をトランプ陣営が知っていたとなると、大統領としての正当性そのものが疑われる事態となるからだ。

記者の連帯がどんどん大統領を追い詰めている

会議で講演したチョーマ記者をワシントンの事務所に訪ねた。セミナーをきっかけにニューヨーク・タイムズ紙の記者とやり取りが生まれ、今後、連絡を取り合って取材をすすめることになったと嬉しそうに話した。終身雇用ではない米国メディアでは、ニューヨーク・タイムズ紙、CNNテレビなどを頂点に、記者は上を目指す。そのニューヨーク・タイムズ紙の記者に認められるというのは正直、嬉しいものなのだろう。

「マザー・ジョーンズ」のワシントン支局で作業するラス・チョーマ記者
「マザー・ジョーンズ」のワシントン支局で作業するラス・チョーマ記者

また、チョーマ記者が所属する「マザー・ジョーンズ」では、他の取材班も、自らが取材した内容のデータをライバル社にも提供しているという。ワシントン・ポスト紙にも過去の取材内容を提供したそうだ。チョーマ記者は、「ワシントン・ポスト紙の影響力は大きい。彼らが報じることで、我々の報道が更に生かされるし、それは公益のためなのだと思う」と説明した。

私が、チョーマ記者に尋ねたかったのは、「トランプ大統領は失脚すると思うか?」というシンプルな質問だった。

「まだわからない。我々は取材を続けて追及していくだけだ。あとは、捜査がどう進むか。しかし、異常な事態であることは間違いない」

翻って日本は?

異常な事態なのは、日本も同じだ。森友学園、加計学園の問題は、国のトップが関わったかどうかは別としても、行政によって特別な計らいが行われた疑いが色濃くなっている。それは、まさにトランプ大統領が問われている「利益相反」だ。

日本のトップは、自分が関与していない問題だとして逃げ切る構えだが、その姿は、米国のトップの姿に極めて似ている。

気になるのは、米国にあって日本にないものがあることだ。それはジャーナリスト同士が情報を共有し合って権力に対峙するという環境だ。それどころか、一部のメディアが政権側に利用されているという指摘まで出始めている。

メディアが権力をチェックするという共通の土台を失いつつある日本。そしてジャーナリストが情報の共有を拒む日本。それはジャーナリストが共同して権力に立ち向かう道を排除し、結局は権力の延命に力を貸すことになっている。憂慮すべきは米国ではなく、実は日本ではないだろうか。

【この記事は、Yahoo!ニュース個人の企画支援記事です。オーサーが発案した企画について、編集部が一定の基準に基づく審査の上、取材費などを負担しているものです。この活動は個人の発信者をサポート・応援する目的で行っています。】

InFact編集長

InFact編集長。アメリカン大学(米ワシントンDC)フェロー。1991年一橋大学卒業。放送大学大学院修士課程修了。NHKでテヘラン特派員、社会部記者、国際放送局デスクに従事し、政府が随意契約を恣意的に使っている実態を暴き随意契約原則禁止のきっかけを作ったほか、大阪の印刷会社で化学物質を原因とした胆管癌被害が発生していることをスクープ。「パナマ文書」取材に中心的に関わった後にNHKを退職。著書に「コロナの時代を生きるためのファクトチェック」、「NHK記者がNHKを取材した」、「ファクトチェック・ニッポン」、「トランプ王国の素顔」など多数。日刊ゲンダイにコラムを連載中。

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