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大橋悠依は苦しさを乗り越えて新境地へ 「自分が一番好きな良い泳ぎを観てほしい」

田坂友暁スポーツライター・エディター
写真:高須力

 東京五輪200m、400m個人メドレー2冠の大橋悠依だが、近年は苦しいシーズンが続く。強い意志で逆境を乗り越え、新境地を開くことができるか。

「もっと泳ぎを良くしたい」

純粋な気持ちを取り戻した

 大橋は、不振にあえいだ昨シーズンを振り返り、こう話す。

「休めば良かったな、と。結構しんどかったです。ずっと気持ちは沈んだままでしたね。でも、泳ぐのは楽しいんです。みんなで遠征に行くとか合宿するとか。若い選手たちがたくさんいて、そういう選手たちの頑張りを見ていると楽しいなって。でも、その頑張りについていけないな、と感じている自分がいたのも事実です」

 五輪で2つの金メダルを獲得したことで、世間から見られる評価が大きく変わった。勝って当たり前、メダルにチャレンジして当たり前。冷静に見れば、記録的にはさほどレベルが高い記録で東京五輪を制したわけではないが、それでも五輪の金メダルというのは、大橋に重くプレッシャーとしてのしかかった。

 プレッシャーは、自分が気づけるプレッシャーであればコントロールできる。だが、自分が気づかないうちに受けているプレッシャーは知らず知らずのうちに心を蝕んでいき、『これで大丈夫かな?』という不安の芽を発芽させるのである。

 昨シーズンの大橋は、まさにそのような状況であった。新しい環境でトレーニングを再開し、心機一転次へのステップを踏み出したと自分では思っていても、周囲から日本では勝つことを期待され、世界大会ではメダル獲得を期待される。さも当然のように。

 だが、国内でもライバルに負け、世界水泳ブダペストでも思うような結果を残せなかったことが、深く大橋の心に突き刺さった。『今のままで大丈夫なのか?』『世界でも戦えないんじゃないか?』という不安が大橋が持っていた自信を覆い尽くしてしまった。

 ただ、昨シーズン終了後に自分としっかりと向き合う時間を作ったという大橋。

『なぜ水泳を続けているのか』

『自分は本当にパリ五輪を目指したいのか』

 悩み抜いた大橋が出した答えは『自分の記録を超えたい』だった。

写真:高須力
写真:高須力

「純粋に自分の泳ぎをもっと良くしたい、という気持ちが強くなりました。自分の最高の記録や感覚をもう一度超えたい。自分のために、泳ぐ。今はそう思えています」

200mに集中し

再度世界への返り咲きを狙う

 4月の日本選手権で、大橋は400m個人メドレーを欠場。かねてから話していた通り、200m個人メドレーに注力した。結果としては若手の成田実生に敗れたものの、2分11秒00の2位で代表権を獲得。もう一度、世界の舞台での戦いに帰ってきた。

 世界水泳福岡に向けてやるべき事は、明確だ。200m個人メドレーに絞ったからといって、200m向きの練習をするのではなく、今まで通り400m個人メドレーが泳げるだけの練習を積むこと。

 大橋の泳ぎは、決してパワーでスピードを出す泳ぎではない。軽く、水面を跳ねるようにして抵抗なく進んで行き、エネルギーを消耗せず、高いスピードを出すことができる泳ぎだ。そのためには、パワー重視でスプリント能力を高めるトレーニングよりも、後半までしっかり泳ぎ切れるという自信をつける意味でも400mを泳げるだけの持久力を養うことが必要不可欠。今シーズンはそれをしっかりとこなしてきた。

写真:高須力
写真:高須力

 大橋は、いつもひたむきに頑張ってきた。ライバルに先を越されても、時にくじけながらも、自分がやるべき事に集中し、忍耐強く耐え抜き、頑張り抜いてきた。今の大橋には、新たな目標がある。

「自分の良い時の泳ぎが一番好きなんです。だから、その姿を観客の皆さんに観てもらえるように頑張りたい」

 もう一度世界で輝くために、笑顔でレースを終えられるために、福岡の地での決戦に挑む。

世界水泳福岡2023ガイドブックで担当執筆した原稿の抜粋、加筆修正版です。記事の全文、そのほか世界水泳情報は本誌でさらにお楽しみいただけます

スポーツライター・エディター

1980年、兵庫県生まれ。バタフライの選手として全国大会で数々の入賞、優勝を経験し、現役最高成績は日本ランキング4位、世界ランキング47位。この経験を生かして『月刊SWIM』編集部に所属し、多くの特集や連載記事、大会リポート、インタビュー記事、ハウツーDVDの作成などを手がける。2013年からフリーランスのエディター・ライターとして活動を開始。水泳の知識とアスリート経験を生かして、水泳を中心に健康や栄養などの身体をテーマに、幅広く取材・執筆を行っている。

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