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パイオニアが作った世界の頂点への道筋 ミックスデュエット金メダルへの道

田坂友暁スポーツライター・エディター
(写真:ロイター/アフロ)

 道が、つながった。そして、辿り着いた。

 福岡で開催されている、世界水泳選手権2023福岡大会。アーティスティックスイミング(AS)競技において、ミックスデュエットのテクニカルで佐藤友花・佐藤陽太郎の姉弟ペアが金メダルを獲得。

 ミックスデュエット初、AS競技において男子選手初となる金メダルに、チーム、そして日本が大いに沸いた。

写真:ロイター/アフロ

「ふたりでそれぞれの長所と短所を補い合うことで獲れた金メダル。今も自分の首に金メダルが掛かっているなんて夢なんじゃないかと思うくらい、幸せです」(陽太郎)

「世界チャンピオンになって、君が代をふたりで歌うことができて、すごくうれしくて、すごく信じられない気持ちでいっぱいです。家族の宝物がまた増えました」(友花)

 このふたりの金メダルを見て、私が真っ先に連絡したのは、この種目のパイオニアのふたりである。

 安部篤史と足立夢実だ。

 それぞれに、友花と陽太郎に対してコメントをもらえないかとお願いしたところ、ふたりとも快諾してくれた。それが以下のコメントである。

「テクニカルのテーマにしてくれている『ジャングル』は、私たちにも思い入れが深い曲。その曲で日本のミックスデュエットが世界のトップに立つ日を見られて、本当にうれしく思います!」(足立夢実)

「愛するミックスデュエットを変わらず愛し続けてくれて、そして世界の金メダルまで導いてくれてありがとう。2人の想いと努力に涙が止まりません。感動をありがとう。フリーも自分達の力を信じて、どうか全て出しきれますように。帰ってきたらハグさせてね! 本当におめでとう!!」(安部篤史)

安部と足立が切り拓いた日本のミックスの道

 いつの時代も、自分が達成できなかった夢も、誰かがそれを受け継ぎ、夢への歩みを進めてくれる。そうして、人の思い、願い、そして夢が次世代に受け継がれ、つながっていく。

 安部と足立が見た夢は、誰もが一笑に付すようなものだった。なぜなら、誰も見たことがないし、誰も想像できない姿だったからだ。

 2015年。ロシア・カザンで開催された世界水泳選手権において、シンクロナイズドスイミング(現アーティスティックスイミング)に新種目が加わった。それが、ミックスデュエットである。

 フィギュア等では男女が共に競技をすることはあったが、水泳の、しかもアーティスティックスイミングは女性のスポーツという印象が強く、そこに男性が入ってくることなど、誰も想定していなかった。

 細かいことを言えば、アーティスティックスイミングの大会では、男子更衣室は準備しておらず、施設にある男子更衣室も女性の選手や役員らが使うものとして扱われていたほどだ。

 そこに、突如降ってわいたように降りてきたのが、ミックスデュエットの新設である。

 もちろん戸惑いはあったが、日本はすぐに対応を開始。男子選手の発掘、代表選出、そして育成に取り組む。

 参加者も最初は10人にも満たない。そんななか、2015年の世界水泳選手権に出場する初の男子アーティスティックスイミング選手が決まる。

 その名は、安部篤史。大学から水中パフォーマンス集団の「トゥリトネス」に入団。パフォーマーとしてプールで演技を披露していた。ドラマの「WATER BOYS」にも出演するなど、活躍の幅を広げていた。

 つまり、安部は役者であった。

写真:YUTAKA/アフロスポーツ

 そして、安部の相手役にはソリストとして名を馳せた足立夢実が選ばれ、その足立を指導してきた花牟礼雅美氏がコーチとして就任する。

 足立は160cmもない小柄ながら、誰よりも高く浮き上がり、5cm以上も身長の離れた選手たちと同じ高さで演技ができるほどの卓越した技術を持っていた。また、その表現力も素晴らしく、人をグッと惹きつける強い求心力を持つ演技者であった。

 つまり、足立は役者でもあった。

写真:YUTAKA/アフロスポーツ

 このふたりがペアを組んだときから、メダル獲得までの道のりを書き始めると、非常に長くなったので別途記すことにする。

 閑話休題、2015年のロシア・カザン世界水泳選手権では、テクニカルルーティンで6組中5位。フリールーティンでは10組中7位という結果であった。

 ここからさらにトレーニングを積み重ねたふたり。2年後の2017年のハンガリー・ブダペスト世界水泳選手権では、テクニカルルーティンでアラビアンナイトの語り手、シェヘラザードの物語をなぞった『シェヘラザード』をテーマに演じた。実に足立らしい発想である。フリーはSnake。ふたりが絡みつくような構成は、足立の柔軟性あってのテーマであった。

 このときの結果は、テクニカルが4位。3位のアメリカとはたったの1.4013差。フリーはアメリカとの差はもっと小さく、0.7667差の4位という結果となった。

 2015年には世界大会で演技ができただけで満足そうだった(ホッとしていた)ふたりだが、2017年には悔しさがにじみ出ていた。

 そして運命の2019年、韓国・光州で行われた世界水泳選手権。スラストもスピンも固さが取れ、自然に流れるような演技を見せる立派な男子アーティスティックスイマーに変貌を遂げていた。足立のテクニックは健在で、むしろ表現力は格段にレベルを上げているように見えた。

 この2019年の決戦の舞台に選んだテーマが、テクニカルはギリシャ神話に登場する海の怪物『セイレーン』をテーマに、そしてフリーは佐藤友花・陽太郎ペアも使う『Tarzan & Jungle Jane』であった。

 元々、ふたりは役者といって良い経歴とテクニックを持っていただけに、このふたつのテーマははまり役であった。アーティスティックスイミングのテクニックに追われる余り、表現力がおろそかになっていた2015年、2017年とは異なり、余裕を持って表情も表現もできていた。足立は、言わずもがなである。

 結果、テクニカルもフリーもアメリカを破りふたつの銅メダルを獲得。結成から実に4年の歳月を経て、世界大会でのメダルを獲得するに至ったのである。

写真:YUTAKA/アフロスポーツ

先人の切り拓いた道をつなぎ、ゴールに導いた陽太郎と友花

 その後、ふたりが引退すると同時に、ミックスデュエットとして活動をスタートさせたのが、佐藤友花・陽太郎ペアである。

「2019年の冬に、所属のコーチに陽太郎とミックスをやりたい、と話をしにいきました」

 そのときを振り返る友花は、「ミックスへの挑戦を決断した2019年の私を褒めてあげたいです」と笑う。

 まさに、世代交代の時を迎えたのであった。

 実は男子選手に岩崎尽真という、非常に表現力に優れたアーティスティックスイマーがいる。男子のソリストとして非常に評価の高い選手のひとりだ。

 2019年当時、陽太郎はまだ15歳で右も左も分からないジュニアスイマーであった。そんな陽太郎に、アスリートとして大事な事はすべて岩崎が教えてくれた。ライバルでもあったが、AS競技における男子選手たちの団結は固いことが伺える。

 陽太郎は友花という相性抜群のパートナーを得て代表入り。幼少期から友花とともにアーティスティックスイマーとして活動してきた陽太郎は、すでに選手としての土台は確立できていた。あとは、世界と戦えるだけの技術力と体力を身につけるだけであった。

 一寸先は闇どころか、どこに向かって歩みを進めれば良いのか分からないような状態から、ミックスデュエットという競技の進むべき道を見つけ、切り拓いてきたのが安部と足立だった。

 その道を足立の弟子でもある岩崎が、途切れさせることなくつなげてくれた。

 そして今、その道が示すひとつのゴールに、陽太郎と友花が辿り着いたのである。

 人の想いは、永遠である。想いを受け継いでいく人がいる限り、その想いは夢となり、道となり、永遠に紡がれていく。

 後進たちがもし道に迷ったとしても、先人たちの想いが、その先を照らし導き、高みへと誘ってくれる。

 そんな想いが紡いだ物語が現実になった瞬間を見られたことが、幸せである。

写真:ロイター/アフロ

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 友花・陽太郎ペアの戦いは、まだ続く。7月21、22日には、ミックスデュエットフリーで、2冠という前人未踏の高みを目指す。

 また、陽太郎は日本の男子AS界に新しい道を示そうとしている。今大会から採用された男子ソロへの出場だ。テクニカルは出場しなかったが、19日のフリーには出場予定。

 ミックスデュエットストーリー、第2章は始まったばかりである。

スポーツライター・エディター

1980年、兵庫県生まれ。バタフライの選手として全国大会で数々の入賞、優勝を経験し、現役最高成績は日本ランキング4位、世界ランキング47位。この経験を生かして『月刊SWIM』編集部に所属し、多くの特集や連載記事、大会リポート、インタビュー記事、ハウツーDVDの作成などを手がける。2013年からフリーランスのエディター・ライターとして活動を開始。水泳の知識とアスリート経験を生かして、水泳を中心に健康や栄養などの身体をテーマに、幅広く取材・執筆を行っている。

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