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水球日本代表が新たな歴史を刻む 世界選手権9位獲得までの道のり(前編)

田坂友暁スポーツライター・エディター
(写真:ロイター/アフロ)

 7月1日、水球界の歴史に新たな1ページが刻まれた。ハンガリー・ブダペストで行われているFINA世界選手権で、水球日本代表が9−10位決定戦を制し、過去最高順位となる9位を獲得したのである。また、そんな歴史に残る快挙を成し遂げた場所が、水球の聖地であるハンガリーであったことに何かの縁を感じてしまうのは私だけではないはずだ。

 水球日本代表の快進撃は、グループリーグから始まっていた。ドイツ、クロアチア、そしてギリシャ。どこもヨーロッパの強豪国ばかり。クロアチアは2017年の世界選手権覇者、ギリシャは東京五輪銀メダル、そしてドイツも国内に水球リーグを有し、クロアチア、ギリシャほどではないが、世界選手権で何度も入賞するほどのチームである。

 そんなグループに入った日本は苦戦必至と思われていた。確かに苦戦はしたものの、初戦で因縁のドイツに勝利。まずこの勝利で一気に勢いづいた。

 思い返せば2011年の上海で行われたFINA世界選手権。日本が初めてグループリーグを突破したこの世界選手権で、ベスト8を懸けて戦ったのがドイツだった。当時のメンバーに、ヘッドコーチである塩田義法、コーチの長沼敦、筈井翔太もいた。そして今も選手として活躍する、棚村克行、大川慶悟も。

 当時は今と戦略、戦術共に違うものの、大型の欧州相手にパワー負けしない戦いを見せていたのをよく覚えている。今はシンガポール代表の監督を務める青柳勧、東京五輪を最後に引退した志水祐介をはじめ、塩田、長沼も全く力で押し切ろうとするドイツの攻守に押し負けることはなかった。そして日本を代表するエースとしてその名を世界に轟かせていたシューターの竹井昂司が外からゴールを狙い相手を引き寄せ、センターの清水を中心に攻める。水球としては王道のパターンで、世界と渡り合っていた。

 だが、負けた。6対8の2点差と数字だけを見れば惜しかったかもしれないが、この2点は重たく、分厚かった。見ているこちらが、欧米諸国に対する超えたくても超えられない壁のように思えてならなかった。

2011年FINA世界選手権でのドイツ戦
2011年FINA世界選手権でのドイツ戦写真:アフロスポーツ

 あの敗北から8年、前ヘッドコーチの大本洋嗣氏による大改革によって超攻撃的な布陣に生まれ変わった日本は、前回の2019年FINA世界選手権ではドイツを相手に9対9の同点にまで持ち込んだ。だが、得失点差でグループリーグ2位の座を奪われた。それが実は成績に大きな影響を及ぼしてしまった。

 というのも、グループリーグ後に行われるCrossover Gamesで、グループ2位だったらベスト8を懸けて戦う相手は南アフリカだったのだ。その後最終戦で南アフリカと対戦し、15対5で大勝しているだけに、ここでグループリーグ2位突破を果たしていれば、初のベスト8はほぼ確実と言える状況でもあったのだ。

 ただ、こんなところで“たられば”を言っても仕方がない。勝負の世界にそんな希望的観測など意味を成さない。それを当時の大本ヘッドコーチは知っていたし、嘆くこともなかった。事実は事実であり「このチャンスを掴めなかった自分たちが悪い」ときっぱり。

 そんな苦いドイツ戦からさらに3年。今年は大本前ヘッドコーチの意志を引き継いだ塩田ヘッドコーチによって、さらに攻撃性を増したチームへと変貌を遂げている。11年前とも、3年前とも違う。今年は若手もベテランも、どこでもどこからでも全員で点を奪える、“超”超攻撃的システムで世界選手権に乗り込んできたのである。

 ドイツ戦の第1クオーター、今や自他共に認める日本のエースとして成長した稲場悠介のゴールを皮切りに、新主将の鈴木透生が続く。この主力2人のゴールがチームを勢い付かせた。このクオーターだけで稲場が3得点、鈴木が2得点を挙げて5対2とすると、第2クオーターに入ってもゴールラッシュは止まらず、4対8と大量リードを奪って折り返す。

 後半に入るとじりじりとドイツが追い上げを見せる。少し疲れからか日本のシュートが決まらなくなったところを狙ってドイツがゴールを奪う。2点差まで詰め寄られたところで日本のターンオーバーファウルをチャンスとみたか、ドイツが残り23秒で1点差に詰め寄る。だが、ここまで。日本が第3クオーターまでに得た5点のリードを守り切って勝利を収めたのである。

「私たちは非常に強いグループに入っていて、この勝利がいかに重要だったかは言うまでもありません。キーポイントとなったのは、前半で4点差をつけることができたこと。そのリードを最後まで守り切れたことです」

 塩田ヘッドコーチは冷静だった。だが、きっとその喜びはひとしおだっただろう。選手として、コーチとして、そしてヘッドコーチとして3度ドイツと戦い、3度目の正直で勝利を手にしたのだ。長沼も、筈井も、棚村も、そして大川も、この勝利の味をじっくりと噛みしめたに違いない。

 この勢いでギリシャ、クロアチアにも、といきたいところだったが、ギリシャにはじりじりと差を広げられていき7対18で敗北。第2クオーターで大量6得点を挙げて2点のリードを奪ったクロアチア戦では、そこで相手に火をつけてしまったか、第3、第4クオーターと怒濤のシュートラッシュでクロアチアが14得点。結果13対21で黒星となる。

 それでもグループリーグを3位で突破し、決勝リーグ進出、つまりベスト8を懸けた戦いへと挑むこととなったのである。

スポーツライター・エディター

1980年、兵庫県生まれ。バタフライの選手として全国大会で数々の入賞、優勝を経験し、現役最高成績は日本ランキング4位、世界ランキング47位。この経験を生かして『月刊SWIM』編集部に所属し、多くの特集や連載記事、大会リポート、インタビュー記事、ハウツーDVDの作成などを手がける。2013年からフリーランスのエディター・ライターとして活動を開始。水泳の知識とアスリート経験を生かして、水泳を中心に健康や栄養などの身体をテーマに、幅広く取材・執筆を行っている。

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