「100%の自分を出し切りたい」

 準決勝を8位で突破した玉井陸斗はそう話し、尊敬して止まない寺内健に続く決勝の舞台で躍動を誓う。

 その決勝は、さすが五輪という演技が続く。ほとんどの選手が9点台の演技を連発し、失敗などほぼ見当たらない。ノースプラッシュを、ノースプラッシュで返すような、まさに世界最高峰にふさわしい演技が繰り広げられる。

 そのなかで、14歳の玉井も全く見劣りしない演技を繰り出す。1本目の407C(後ろ踏み切り前宙返り3回転半抱え型)で72.00を獲得。予選に次ぐ得点をマークし、まずまずのスタートを切る。さらに苦手な後ろ向きで入水する、207B(後ろ宙返り3回転半エビ型)でも86.40を叩き出す。

写真:ロイター/アフロ

 集中力が切れ始める中盤戦。少しずつ演技が乱れる選手も出てくるところで、玉井は高難易率の109C(前宙返り4回転半抱え型)を持ってくる。準決勝ほどの得点は得られなかったが、それでも75.85と安定した演技を続ける。

 4本目の逆立ちをして行う演技、6245D(逆立ち後ろ宙返り2回宙返り2回半捻り自由形)では、207Bと同じ86.40の高得点をマーク。この時点で6位につけていた。

 しかし、5本目に落とし穴が待っていた。難しい後ろ入水の種目である、307C(前踏み切り後ろ宙返り3回転半抱え型)で、気持ちが入り過ぎたか、回転力が強くなりすぎたか、入水時に身体が止まらず大きく水しぶきを上げてしまい、35.70となってしまった。

 予選、準決勝では一度の失敗を引きずってしまったが、決勝ではスパッと気持ちを切り替えて、最終6本目の5255Bで75.60をマーク。トータル431.95を獲得し、2000年シドニー五輪で寺内健以来となる7位入賞を果たした。

写真:ロイター/アフロ

 玉井にとっては、うれしさと悔しさが入り交じった決勝だったことだろう。国内とは言え、一度は528.80を獲得したことがあり、その得点であれば4位相当と、寺内の記録を超えることができたのだから。

 それともうひとつ悔しいのは、同世代のライバルであるウクライナのオレクシー・セレダという15歳の選手に負けてしまったことである。セレダは今回6位。セレダとの差は、経験値の差と言ってよいだろう。ひと足先に世界デビューを果たしていたセレダは、世界大会での戦い方を、少なくとも玉井よりはよく知っていた。

 セレダとは、今後ずっと戦っていくことになるだろう。その初対決は黒星となってしまったが、今後のこのふたりの対決がどうなっていくのか楽しみだ。

失敗しない演技の系譜を受け継ぐ

 実は、ずっと馬淵崇英コーチからは「すごい選手がいる。見たら驚く選手がいるから楽しみしていてください」と聞いていた。それが玉井だった。

 2019年の4月。玉井は日本室内選手権(翼ジャパンカップ)で彗星のごとく颯爽と現れ、この大会で3つの衝撃を日本の飛込界に与える。

 ひとつが、史上最年少となる12歳7カ月で日本一に輝いたこと。今までは同じスイミングクラブの先輩でもある寺内健の14歳が最年少だったが、それを1年以上縮めるものであった。

写真:YUTAKA/アフロスポーツ

 さらに、アジア競技大会代表経験のある2位の萩田拓馬に60.55という得点差を付けたことも大きな衝撃を与えたポイントのひとつ。

 そして、何より驚かされたのはその演技構成である。いちばん難易率が低い演技である407Cですら3.2。207Bが3.6、109Cで3.7、6245Dでは3.6、307Cでは3.4、そして得意のひねり技である5255Bは3.6である。これらをすべてミスなく演技をすれば、世界一を狙える演技構成と言っても過言ではない。

 日本選手権では、社会人や大学生選手たちのなかで、高い難易率を飛ぶ選手であっても平均難易率は3.3程度。そこを12歳の玉井が、平均3.5もの難易率の種目を飛んだのである。

 高い難易率もさることながら、中学生ではまだ1〜6群と呼ばれる種目をすべて飛べる選手も少ない。飛べてもその多くは2回転半までが限度。全国大会に出場できる選手のなかで、上位にくる数人が3回転半の種目を飛べる程度だ。

 それにも関わらず、玉井は大学生や社会人が飛ぶ演技よりも難しい種目を飛び、さらにただ飛べるだけではなくノースプラッシュで決めてくるのだ。

 これには、馬淵コーチの指導方針が大きく影響していると言える。馬淵コーチは、高い難易率の演技に挑戦させるのではなく、まずは難易率が低くても、10点の演技をいつでも出せるような完璧の安定感を作ることに長けている。

 それは『失敗しない』寺内を見ていると良く分かる。寺内が飛ぶ演技は決して難易率は高くないが、ミスしない。確実に高い平均点を獲得することによってトータルポイントで上位に食らいついていくのだ。この失敗しない演技を受け継ぎ、そのレベルを大幅に引き上げたのが玉井なのである。

世界獲りへの第一歩を踏み出した

 玉井はこの東京五輪で、シドニー五輪で寺内がマークした5位には届かなかったが、7位と確実にその存在感を示した。

『日本には世界一を狙える選手がいる』

 玉井は、世界大会を経験したのはまだ2回目である。日本国内のシニアクラスの大会も、2年前にはじめて出場したばかりで、経験値は低い。

 飛込競技は予選競技に4時間かかったり、1本のミスで大きく順位が変動したりする。ライバルたちが演技を決める度に、会場が沸く。そんなプレッシャーのなかで戦うには、何よりも経験が必要だ。何度も世界レベルの国際大会を経験することで、そのプレッシャーとの戦い方、予選、準決勝、決勝の試合運びを肌で学び取っていくことが、世界でメダル争いをするには必要不可欠な要素になる。

写真:YUTAKA/アフロスポーツ

 そして、現時点で玉井は新たな高難易率の演技にチャレンジする必要はない。今の演技構成で、その精度を上げていくことに集中できるのである。

 つまり、玉井には伸びしろしかない。はっきり言って、彼がどこまで伸びるのか想像もつかないくらいだ。

 東京五輪という世界最高峰の大会で、10点の演技が連発するような場所で戦った経験は、玉井を急激に成長させることだろう。

 来年以降、玉井は私たちに一体どんな姿を見せてくれるのか。五輪が終わったばかりなのに、もう次が楽しみで仕方がない。

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【この記事は、Yahoo!ニュース個人編集部とオーサーが内容に関して共同で企画し、オーサーが執筆したものです】

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