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選手からの謝罪が悔しかった 武井壮会長、フェンシングへの情熱と苦悩

田中夕子スポーツライター、フリーライター
フェンシング界、スポーツ界への熱い思いを語った武井壮会長(撮影:千葉格)

11月5日、東京・渋谷で全日本フェンシング選手権が開催された。男女全6種目の王者が誕生した大会のMCとして壇上に立ったのが武井壮フェンシング協会会長だ。昨年の会長就任以降、フェンシング人口を増やすべく、さまざまな企画を打ち出し、実施してきた。武井会長の知名度と行動力でフェンシングの認知度も上がる中、選手も力を伸ばし、東京五輪で金メダルを獲得。追い風と思われていた中で、さまざまなスキャンダルが相次いだ。就任から1年半、武井会長は今、何を思うのか。

世界で戦う力をつける選手たち

 1、2部に分かれた決勝の冒頭、「昨年、今年とオリンピック、世界選手権、世界ジュニア、アジア選手権ですべてメダルを獲得した。過去最高のフェンシング界になれた実感があります」と、選手たちが世界で残してきた戦績に触れ、自ら開会宣言を行う。

 7月に行われた世界選手権で女子サーブル初の金メダルを獲得した江村美咲、昨夏の東京五輪男子エペ団体で金メダルの加納虹輝が強さを見せる一方、女子エペでは黒木夢、男子フルーレは川村京太が初優勝を飾るなど、五輪選手だけでなく多くの選手が力をつけていることを示す大会にもなった。

男女6種目の決勝が行われた11月5日の全日本フェンシング選手権大会(写真:Shugo Takemi)
男女6種目の決勝が行われた11月5日の全日本フェンシング選手権大会(写真:Shugo Takemi)

 日本一を決める真剣勝負に加え、テコンドー、アメリカンフットボールなど他競技のアスリートによるスペシャルマッチも開催。より身近に競技の魅力を感じてもらうべく、「見せる」工夫も施すなど、会長として迎える二度目の全日本選手権、この大会の勝者が世界選手権や五輪への出場権を得るわけではないが、選手たちが特別と位置付ける大会運営に尽力する。その背景には武井自身の、選手たちに向けた強く、深い思いが込められている。

「現役選手としてトップでいる時間って本当に短い時間なんです。誰もが「すごい選手だ」と畏怖の念を抱き、畏れるような存在、スーパースターが1人でも多く生まれることをこれからも期待しています」

会長として選手へ送るメッセージ

 昨年6月に太田雄貴前会長の強い希望を受け、現職に就任。自身も陸上競技の選手として抱いたスポーツ界への未来、マーケティングの構築、フェンシング人口増加などさまざまなアイディアを持つ新会長の就任は単なるサプライズではなく、行動力や発言力に多くの期待が集まった。

 昨年8月の東京五輪では男子エペ団体が日本フェンシング史上初の金メダルを獲得。さらなる追い風が吹くであろうと思われたが、さまざまな問題も相次ぎ、間もなく会長の任期満了という節目が訪れる。

 やろうとしたこと、できなかったこと。その根底にあるスポーツ界、フェンシング界への思い。全日本選手権前に行ったインタビューで武井会長が発したのは、これからを担う選手たちへ思いの熱いメッセージだった。

MCとして大会を盛り上げ、開会宣言、閉会時にも会長としてフェンシング、スポーツ界の未来へ向けた熱い思いを述べた(写真:Shugo Takemi)
MCとして大会を盛り上げ、開会宣言、閉会時にも会長としてフェンシング、スポーツ界の未来へ向けた熱い思いを述べた(写真:Shugo Takemi)

――21年6月に会長就任時、フェンシング競技のメジャー化、選手の地位向上など武井さんが掲げた未来への取り組み、具体的なイメージがいくつもありました。1年半が過ぎ、実際にはどこまで着手できたと感じていますか?

正直に言うならば、1つもできませんでした。やりたかったことはいくつもあります。でも実際にはほとんどPR活動ができなかった。選手たちはオリンピックで見事に金メダルを獲ってくれたので、大会後にある程度の露出を確保することはできましたが、大会自体を見てくれる人の数が増えたわけではない。非常に残念だな、という気持ちです。さまざまな問題が相次ぐ中、選手からはその都度「会長、申し訳ありません」と連絡があり、僕は選手に「申し訳ない」と謝らせてしまうようなことが本当に悔しくて、「自分が会長でいるべきなのか」と悩んでいました。残念ながら僕が会長を務めることでさまざまな報道が出されましたが、選手たちはたとえどんな報道があっても恥じることなく自分たちの磨いてきた技術、フェンシングを世の中の人たちに見ていただく準備はできていると僕は思っています。自分たちの活動に疑念を抱くことなく、フェンシングというスポーツに費やしてきた時間は世界トップクラスのものだという自負を持って、誇って、胸を張ってほしい。1人でも多くの人にそのすごさや魅力を伝えていくことを諦めずに続けてほしいですし、力不足でありますが僕もその素晴らしさを伝えていくお手伝いができれば、と思っています。

――今年はフェンシングに対してネガティブな報道も相次ぎました

会長就任前から選手に向けても「もし万が一、みなさんが社会的なモラルに反する行為、活動があった場合に僕はPRすることもできるけれど諸刃の剣、僕の名前で世の中に大きな影響力を持って流れてしまいますよ」という注意勧告はしていました。僕自身がタレントでこういった役職についたならば、ポジティブよりもスキャンダラスな取り上げ方しかしないネットニュースの恰好の餌食になるだろうということは容易に想像がつきましたから。それでも選手たちが頑張って成績を残し、その活動が世に広がり、もっとメジャーになっていけばどんな声が上がろうとそのリスクにも耐えられると思っていました。ですが、残念ながらオリンピックの金メダル以後、出てくるニュースはスキャンダルや内部に対する不満、合宿を揶揄されて書かれた記事ばかりで、多くの方が不信感を感じたのは間違いありません。もしも時間を戻せるなら、会長ではなく、選手やフェンシングの競技会を世に広めるためにPRのスペシャルバイザーといった立場を提案すべきだった、と今は思っています。

ポジティブよりもネガティブ先行のネットニュース

 一部週刊誌での報道に対し、武井会長自らが矢面に立ち、メディアに真摯に説明をしてきた姿も記憶に新しい。「謝罪すべき」という声もある中、丁寧なヒアリングを実施し、何が問題だったのかを明確にし、メディアの前でもそのすべてを公表した。実際に世界選手権では見延和靖選手が個人でも日本初の銀メダルを獲得、団体も銅メダルを獲得するなど、好結果を残したが、先行するのはネガティブな報道ばかり。

 特に真意を捻じ曲げるような見出しや、キリトリ記事。その矛先は選手に向けられる。未来のために、と引き受けた会長職がむしろ自身をも苦しめた。

                                           撮影:千葉格
                                           撮影:千葉格

――出来うる限り真摯に対応したにも関わらず、否定的な記事や印象ばかりが先行してしまった

悪意のある記事、写真が出ている以上疑念を抱かれるのは事実です。「すぐに謝罪すべきだ」という声も多くありましたが、僕は何一つ恥ずべきことはないととらえましたので、独断で、まず謝罪ではなく、真実を伝えなければならない、と集まって下さった記者の皆さまに対してすべてをお伝えしました。一切隠し事はありませんし、そのうえで、記事を書く方々が何を切り取るかは自由です。ただ残念ながら僕が伝えたかったことはほぼ反映されていませんでしたし、諦めてもいます。世間の方々がネットニュースを一番の情報源とする中、本当に伝えるべきニュースとゴシップ記事がポータルサイトに上がれば、見た人はたとえゴシップだろうと真実だと思いますよね。本来言葉は美しいものを伝えるべきものであるはずなのに、伝えられるのは誤った汚いものばかり。非常に残念です。

――リスク対応に追われ、やりたかったことはほとんどできなかった。タラレバに聞こえてしまうかもしれませんが、特に着手したかったことは何でしたか?

選考方法を含め、日本選手権の改革です。現状をお伝えすると、フェンシング日本選手権という国内最高峰の大会が、何の予選にもつながっていない。僕はこれがおかしいと思ってきました。太田前会長も多額の予算をかけて、会場を豪華にしたり、ショーアップすることで注目、関心を集めるべく取り組んできましたが、残念ながらそれを「見る」人の数はまだまだ圧倒的に少ない。「この日本選手権、この一撃で日本代表が決まる」というドラマチックな展開があれば、もっと関心を高められたのではないかと僕はずっと感じていました。

より多くの人たちにフェンシングの魅力を伝えるために

 東京五輪でのフェンシング選考方法は、世界ランキングの日本人上位2選手に加え、団体戦に出場する3番手、4番手の選手はスタッフが選考する。「直接対決」による選考はためされていないのが現状だ。

                                         (撮影:千葉格)
                                         (撮影:千葉格)

――確かに他の個人競技では五輪選考を兼ねた日本選手権は当たり前であり、大きな注目、関心を集めています

選考方法が曖昧なままでは、外された選手から見れば100%不満が生じますよね。「この選手は団体戦に向いているから」と言われても、「自分はこの選手に勝ったのに」と思うのは当たり前じゃないですか。この11月で僕の任期は終わりますが、選考方法の改革、そして日本選手権の位置づけの変革を求める議案を提出しようと思っています。僕がやりたかったことの1つである「選手の人生をより豊かにする」というところに向け、フェンシングパークの成功、そして日本選手権をより多くの人たちに見てもらえる、本来あるべき姿に戻し、どんな形ができるか。それが僕にできる最後のサポートだと思っています。

【この記事は、Yahoo!ニュース個人の企画支援記事です。オーサーが発案した企画について、編集部が一定の基準に基づく審査の上、取材費などを負担しているものです。この活動は個人の発信者をサポート・応援する目的で行っています。】

スポーツライター、フリーライター

神奈川県生まれ。神奈川新聞運動部でのアルバイトを経て、月刊トレーニングジャーナル編集部勤務。2004年にフリーとなり、バレーボール、水泳、フェンシング、レスリングなど五輪競技を取材。著書に「高校バレーは頭脳が9割」(日本文化出版)。共著に「海と、がれきと、ボールと、絆」(講談社)、「青春サプリ」(ポプラ社)。「SAORI」(日本文化出版)、「夢を泳ぐ」(徳間書店)、「絆があれば何度でもやり直せる」(カンゼン)など女子アスリートの著書や、前橋育英高校硬式野球部の荒井直樹監督が記した「当たり前の積み重ねが本物になる」(カンゼン)などで構成を担当。

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