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【Vリーグ男子開幕】星城高で六冠達成のリベロ、WD名古屋の川口太一が今、引退を決めた理由

田中夕子スポーツライター、フリーライター
23日に引退セレモニーが行われるWD名古屋の川口太一(写真:西村尚己/アフロスポーツ)

突然の引退発表も「前向きな決断」 

 2022/23シーズンが開幕する。

 各チームを見渡せば、新監督が就任したチームや、移籍選手や新たな外国籍選手の加入、さらには新たに誕生した東京グレートベアーズもあり、これまで以上に「変化」や「スタート」の意味合いが濃い印象を受ける。

 どのチームがリーグを制するのか。どんな選手が活躍するのか。間もなく幕を開けるシーズンに胸躍らせる中、1人、突然の「引退」を発表した選手がいた。

 ウルフドッグス名古屋、川口太一。

 星城高校を卒業後、14年に前身の豊田合成トレフェルサに入団した。レギュラーリベロの座はなかなかつかめなかったが、レシーバーとして役割を果たし、18年にはフィンランド、19年にはドイツと海外クラブでの経験を重ね、20年に再び日本へ。まだまだ活躍が期待される矢先の「引退」という発表が9月24日にウルフドッグス名古屋のホームページや各公式SNSを通して発表されると、驚きと共に「悲しい」「寂しい」といった声も多く寄せられた。

 トップアスリートであることを生業とする以上、いつか終わりの時は来る。そうわかっていても、抱かずにいられない。なぜ今なのか。まだシーズンはこれから始まるところなのに。

 決断の理由を川口にたずねると「自分の中では決めていた」とスッキリした表情で答えた。

「もう一度海外でプレーしたい、と思っていました。実際いくつか話も進んでいたのですが、コロナ禍でクラブの状況も変わってしまった。海外でやる、と決めて、場所を探し始めた時から『これでダメだったら終わりにしよう』と思っていたので、海外が無理でも日本でやろうという選択肢は自分の中になかったんです。だから最後の最後に海外行きの話がなくなった時点で、バレーボール選手はやめよう、と思った。僕の選択に対して賛否両論あるかもしれないですが、僕自身はいつか選手としては終わる時が来ると思いながらやってきたので、これから次、どうやって成長していこうか、と前向きな決断でした」

星城で六冠、石川、武智へのエール

 振り返れば、思い出されるシーンがいくつもある。

 石川祐希、中根聡太、武智洸史、神谷雄飛、山崎貴矢といった面々が揃った星城高校時代。今は日本代表での主将を務め、イタリアでも活躍する石川がチームのエースで中心であったのは確かだが、春高を制した2年生の頃は引っ込み思案で、先輩の影に隠れようとしていた石川とは対象的に、いかなる時でも取材にも協力的で、答える言葉も実に明快。高校生ながらリベロというポジションをこれほど楽しんで、かつ華やかに見せる選手はいないのではないかと思わせてくれたのが川口だった。

 相手がバックアタックを武器とするチームであれば、その武器を折ろうとばかりに、あえてブロックをつけず、自らがレシーブでつなぎ、石川や武智に打たせる。説明文にはつきものの「リベロは唯一自ら得点を取ることができないポジション」というのが必要ないのではないかと思わせるような、相手に得点させないのではなく、むしろ自分たちの得点につなげるべく1点をつくりだす。起点となるのがリベロの川口だった。

 2年時にインターハイ、国体、春高の三冠をすでに制し、3年時にも同様にすべてのタイトルを制して六冠を達成。単純にメンバーが揃っていたから、という理由だけでなく、自由で自立した選手たちが考え、動く星城バレーは見ているだけで楽しく、勝利の弁を求め、多くの記者に囲まれた当時の星城高を率いた竹内裕幸監督(現・総監督)が発したひと言が、すべてを表していた。

「もう二度と巡り合えないんじゃないか、と思えるような選手たちが揃って、いろんなことを考えながら、誰より練習する。そんな毎日が本当に楽しかったです。勝ってよかった、嬉しいよりも、このチームがもうこれで終わってしまうのか、と思うと、寂しくて仕方がありません」

 いつかこの選手たちがそれぞれの場所でキャリアを重ね、日本代表でプレーする日が来たらどれほど楽しいだろう。そう思い描いたことも一度や二度ではない。だが時は過ぎ、大学、Vリーグと歩みを進めた選手たちも次々ユニフォームを脱ぎ、今も現役選手としてプレーするのは川口の引退で、石川と武智の2人だけになった。

「祐希は日本だけでなく世界も魅了するバレーボール選手になってくれると思うし、武智もなかなか試合に出られなくて苦しかったり、悩んだりしながら頑張っている。でも彼はバレーで生きていく、バレーで頑張りたいと思って頑張れる人間なので、負けずにチャンスをつかんでほしい。これからは普通に、同級生として変わらず応援します」

インターハイ、国体、春高を2年連続制し六冠を達成した星城高時代
インターハイ、国体、春高を2年連続制し六冠を達成した星城高時代写真:アフロスポーツ

海外生活で得た気づきをこれからの未来へ

 初めてフィンランドに渡った頃はカタコトと言うにも及ばなかった語学力も、今ではコミュニケーションにはほぼ困らないレベルに達した。勉強を重ねた結果ではあるが、フットワークの軽さと、誰にでもオープンに接するコミュニケーションスキルの賜物でもある。最近も、新たな出会いがあったと笑う。

「名古屋の駅で大きなキャリーバッグを持って、日本語が話せず、どこへ行けばいいのか、と困っている人がいたので自分から声をかけたんです。そうしたらモンゴルからの留学生で、今日が来日初日。どの電車に乗ればいいかもわからないで困っていた、と言うので、行き方を教えただけでなく、『わからないことがたくさんあるだろうし、日本に知り合いがいれば困らないだろうから』って連絡先を交換したんです。そのやり取りで僕も英語を話す機会につながるし、むしろプラスしかないですよね」

 フィンランドやドイツ、海外生活でさまざまな文化や教育、語学力。日本との違いや課題を実感させられた。そこで得た学びや気づき、自身の経験を重ね、これからにつなげる架け橋になれれば。漠然とではあるが、描く未来もある。

「世界基準で見た時、日本人の語学力は変えなければいけない課題であるのは間違いないんです。僕の語学力では人を教えるまでにはいかないので、たとえばバレーボールの指導と語学を並行してできるとか、気軽にバレーボールを学べて、英語も学べる。そういう機会や環境をつくれたらいいな、と。僕自身に目を向ければ、豊田合成という会社がなければここまでの経験もできなかったので、まずは会社に対して恩返しをしたい気持ちも強いですし、世界に向けた大きなビジョンを持った会社でもあります。今の僕は社会人と言うには半分にも満たない、それ以下の力と実績しかないので、1人のビジネスパーソンとして自分の足で立つ。会社に貢献できる人間になり、それが社会に対する貢献につながっていく。そんなチャレンジ、自分自身も、周りの人たちもワクワクさせられるようなことを自分なりの形でやっていきたいです」

 23日、ホームアリーナのエントリオで行われるジェイテクトSTINGS戦後に、セレモニーが行われる。Vリーグ開幕と共に、川口も新たな一歩を踏み出していく。

昨年の天皇杯を制したウルフドッグス名古屋。新シーズンと共に川口(前列左から3番目)の新たな挑戦も始まる
昨年の天皇杯を制したウルフドッグス名古屋。新シーズンと共に川口(前列左から3番目)の新たな挑戦も始まる写真:森田直樹/アフロスポーツ

スポーツライター、フリーライター

神奈川県生まれ。神奈川新聞運動部でのアルバイトを経て、月刊トレーニングジャーナル編集部勤務。2004年にフリーとなり、バレーボール、水泳、フェンシング、レスリングなど五輪競技を取材。著書に「高校バレーは頭脳が9割」(日本文化出版)。共著に「海と、がれきと、ボールと、絆」(講談社)、「青春サプリ」(ポプラ社)。「SAORI」(日本文化出版)、「夢を泳ぐ」(徳間書店)、「絆があれば何度でもやり直せる」(カンゼン)など女子アスリートの著書や、前橋育英高校硬式野球部の荒井直樹監督が記した「当たり前の積み重ねが本物になる」(カンゼン)などで構成を担当。

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