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【女子バレー世界選手権】今夜アルゼンチン戦。「ミドルも使える」セッター関菜々巳のトスワークに注目!

田中夕子スポーツライター、フリーライター
初めての世界選手権で正セッターの座をつかんだ関菜々巳(写真:YUTAKA/アフロスポーツ)

何度も流した悔し涙

 関菜々巳のうれし涙を見たのはいつだったか。記憶を整理しても、なかなか浮かんでこない。ひょっとしたら高校1年生で3位に入った春高までさかのぼるかもしれない。

 悔し涙なら何度も見た。

 東レアローズの正セッターとしてレギュラーラウンドを無敗で勝ち上がりながら、Vリーグ決勝でJTマーヴェラスに敗れた時。勝てば決勝進出が決まるファイナル3。天皇杯・皇后杯全日本バレーボール選手権の決勝。

 チーム内でも決して大きくない身体をさらに小さくして、試合直後のコートで顔をタオルで覆いながらむせび泣いていたこと。着替えを済ませて登壇した記者会見でマイクを握りしめ、ひと言、紡ぎ出そうとする言葉よりも両目から涙が溢れ、うつむき、嗚咽を漏らす姿。

 そのたび、決まって言った。

「セッターの自分が、アタッカー陣を活かせませんでした」

 何度も決勝進出を果たしながら、Ⅴリーグや皇后杯の決勝、負けたら終わりという大一番に勝ち切れなかった東レが、ようやく手にしたタイトルが今年5月の黒鷲旗全日本男女選抜バレーボール大会。

 だが、そのコートに関はいない。

 すでに始まっていた今年度の日本代表合宿に参加していた。

 キックオフ会見が行われたのは、黒鷲旗決勝翌日の5月6日。東レ優勝の話を向けると「めちゃくちゃ嬉しかった」と笑みを浮かべた直後「でも」と声が小さくなった。

「チームが勝てたのはすっごく嬉しいです。だけどそこに自分がいられなかったことは悔しいし、私じゃ勝てないのかな、って。自信、なくしちゃいますね」

武器を封じて「勝手につくった正解」の壁

 関は柏井高を卒業後、18年4月に東レへ入社。ルーキーイヤーから正セッターの座をつかんだ。

 身長は171cmと決して高くはない。だが運動量は豊富でボールの下に入るのも速く、パス力もある。加えて最大の武器はミドルを臆せず使えること。「Aパスが返ればミドル」を未だセオリーとしがちな女子選手の中で、関はAパスにこだわらず、ミドルも使えると判断すれば離れた場所からでも上げる。一度ならず二度、三度とサイドアウト、ブレイク時を問わず積極的にミドルを使えるのが持ち味で、1年目はプレッシャーもなくただただ楽しかった、と振り返る。

「自由気ままに上げていました。エースがここにいるから、ここでエースを使うのがセオリーというのを全く知らなかったので、行けると思ったらどんどんミドルを使おうと思っていたし、実際使っていましたね」

 ルーキーイヤーの18/19シーズンは準優勝。19年度の日本代表登録選手にも選ばれ、国際大会にも出場した。まさにとんとん拍子に道が開かれていったように見えるが、関自身は野球界でよく言われる「2年目のジンクス」に直面していた。

「Ⅴリーグで試合に出させてもらって、代表にも選ばれて世界とも戦う。貴重な経験をする中で、もっと自分の視野を広げなきゃと思ったんです。(東レのコーチで元日本代表の)ミチ(中道瞳)さんにいろいろなことを教えてもらううちに、聞けば聞くほど考えなきゃならないこと、学ばなければならないことが増えて、学べば学ぶ分、自分の良さがわからなくなってしまった。私はミドルを使うのが持ち味だと思っていたけれど、それってただの無謀なんじゃないか、とか。これじゃダメだ、と思って、あえて型にはまろうとしていました」

 勝負所でミドルを使える、使いたい、と思っても「ここはレフトに託さなければいけない」とサイド勝負に転じた結果、相手ブロックに仕留められる。アタッカーの調子も、チームの流れも失うことになるだけでなく、自分自身もそれが本当にやりたいゲームメイクだったか、と問われれば首を縦に振ることはできない。

「正解なんてないのに、“これが正解だ”と自分で決めつけて、そうならなきゃいけないと思い込んでいました」

 消化不良のまま、結果もつかめず、悩める日々は続く中、活路を見出したのは昨年、3位に終わった21/22シーズン。エースのヤナ・クランにブロックが集まる中、原点に戻るべく、あえてミドル中心で組み立てることを意識した。前衛ミドルの攻撃と、スロットをずらした位置からのバックアタック、センターだけでなくライト側のバックアタックも織り交ぜるコート内を立体的に使った自由な展開がつくれると結果もついてくると手ごたえを感じた。

ルーキーイヤーから東レの正セッターとして活躍。さまざまな経験を重ねてきた
ルーキーイヤーから東レの正セッターとして活躍。さまざまな経験を重ねてきた写真:YUTAKA/アフロスポーツ

不安を消した竹下さんのアドバイス

 成功ばかりでなく苦い経験を重ねたことだけでなく、今季の関が「大きすぎるぐらいの経験だった」と振り返るのが、今年度の日本代表に監督付戦略アドバイザーとしてかかわる竹下佳江さんの存在だった。

 東京都内や薩摩川内、姫路などで行われた合宿に竹下さんが訪れ、練習に参加しながら何気なくアドバイスを送る。最初こそ「昔から見ていた憧れの人」と緊張していたが、せっかくの機会を受け身で待つだけではもったいない。バックトスの上げ方や、ゲームの組み立て方、気になることや引っかかることは自らたずね、小さな不安も解消すべく努めた。  

「セッターの目線に立って物事を言ってくれる。しかもそれがテンさん、というだけですごくありがたい環境で、聞けば答えが返ってくる。どうしてもセッターって、自分が、自分がと矢印が内側に向きがちなんですけど、テンさんはそういう“セッターあるある”も言わなくても理解してくれる。そのうえで、『どれだけスピードが求められようと、最終的にはアタッカーが一番打ちやすいトスを上げること。それがセッターの役割だよ』と言われて、たとえ自分が崩れたり、ヘタでもいいから、アタッカーを気持ちよく打たせるトスが上げられるセッターになりたい、と今まで以上に強く思いました」

「憧れ」の竹下さんからのアドバイスで関は新たな転機を迎えた
「憧れ」の竹下さんからのアドバイスで関は新たな転機を迎えた写真:ロイター/アフロ

危機的状況で見せたベストなゲームメイク

 ストレートで敗れた中国戦で負傷した主将の古賀紗理那が欠場する中、迎えた9月30日のブラジル戦。世界ランク2位で昨夏の東京五輪でも銀メダルを獲得しているだけでなく、日本代表は17年以来勝ち星がなく、世界選手権だけで見れば実に40年、勝利から遠ざかっていた相手だ。

 圧倒的不利とみられる状況で、そんな不安や下馬評をも覆すような、試合開始直後のサービスエースを決めた石川真佑の活躍。そして世界選手権4戦を通し高い決定率、効果率を残す井上愛里沙の勝負強さ。ミドルブロッカーの山田二千華が好守に加えサーブでも流れと勢いをもたらす活躍を見せたことも、勝利を引き寄せた要因ではあるが、欠かせないのが関のトスワーク、ゲームメイクだった。

 レフトだけにブロックを偏らせぬようにミドル、バックセンターからの攻撃を多用する。また別の場面ではBクイックとレフト側の攻撃でコート反面に注意を集めたかと思えば、直後に裏をかき、ライト側から林琴奈を絶妙な状況で使う。

 個のブロックスキルもさることながら、組織力も武器とするブラジルの守備を完全に崩壊させ、1枚ないし1枚半で日本の攻撃陣が気持ちよさそうに叩きつける場面が何度も見られた。

 サーブで攻め、主導権を握ったところで多彩な攻撃で攻めに徹する。まさに理想通りのゲーム展開で、強者ブラジルを相手に3対1で勝利を収めた日本代表は3勝目を挙げ、2次ラウンド進出を決めた。

 嬉し涙を流してもおかしくない状況、展開で収めた勝利ではあるが、戦いは続く。今夜のアルゼンチン戦を終えれば2次ラウンドが始まり、ベスト8進出に向け、さらに1段階ステージの上がった熾烈な戦いが繰り広げられる。

 連戦での身体的疲労だけでなく、どう組み立てるか、といくつもの展開を頭に広げ、ああでもない、こうでもないと繰り返すたび、別の疲労も蓄積する。

 だが、それこそが世界大会であり、レギュラーセッターとしてコートに立ち続ける喜びでもあるはずだ。

 日本が武器とするスピードに対し、データをもとに相手は策を練ってくる。その中で精度にこだわるだけでなく、高さやタイミング。考えなければならないが、そんな時こそシンプルに。

「速いバックアタックはすごく難しいです。でもトスを上げる自分だけじゃなく、アタッカーもパスをする位置によって入り方も変わるから、難しいのは同じ。どんな時でも思い切って入ってきてくれれば勢いが出るし、そこでトスを合わせられればすごく気持ちよく決めてくれる。アタッカーが迷わず、思い切り踏み込めるように、声かけ1つ1つも意識しながら自分のやるべきことをやっていきたいです」

 決してプレッシャーだけでなく、今ここで自分がコートに立ち、悩みながらも勝利を求める。その楽しさを存分に味わってほしい。

 流した悔し涙の分、強くなった自分を信じて。

写真:YUTAKA/アフロスポーツ

スポーツライター、フリーライター

神奈川県生まれ。神奈川新聞運動部でのアルバイトを経て、月刊トレーニングジャーナル編集部勤務。2004年にフリーとなり、バレーボール、水泳、フェンシング、レスリングなど五輪競技を取材。著書に「高校バレーは頭脳が9割」(日本文化出版)。共著に「海と、がれきと、ボールと、絆」(講談社)、「青春サプリ」(ポプラ社)。「SAORI」(日本文化出版)、「夢を泳ぐ」(徳間書店)、「絆があれば何度でもやり直せる」(カンゼン)など女子アスリートの著書や、前橋育英高校硬式野球部の荒井直樹監督が記した「当たり前の積み重ねが本物になる」(カンゼン)などで構成を担当。

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