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「チャンスに“次”はない」 男子バレーV1昇格へ、ヴォレアス北海道渡辺俊介が貫く「100%の準備」

田中夕子スポーツライター、フリーライター
昇格を目指しチャレンジマッチに臨むヴォレアス北海道(写真/Vリーグ提供)

100%を生み出す「準備こそがすべて」

 ヴォレアス北海道のリベロ、渡辺俊介の試合開始に向けた最後の準備は、2時間前から始まる。

 筋膜をほぐし、体幹に刺激を加え、短いミーティングを挟んで、ジョギングから筋肉の温度を上げる。静的なものから徐々に動的ストレッチへ移行し、コートに入場後、ボールを使った練習がスタート。2人1組でキャッチボールからアンダー、オーバー、トス、スパイクも混ざるペッパーを終える頃には息が上がる。

「(対人練習のパートナーである越川)優さんも、最初のキャッチボールから全力で投げてくるし、打つのも拾うのも全力。ペッパーって、人によってはただボールを打って拾う練習、ぐらいに思う人もいるかもしれないけれど、僕はバレーボールの大事な要素が全部含まれていると思うし、ディグ、トス、レシーブ。動きはもちろん、ボールに触らない時の意識も含め、試合に直結しているんです。だからめちゃくちゃ大事な練習だし、絶対手を抜けない。優さんも同じで、ペッパーでも必ず最後までボールを追いかける人だから、お互い終わる頃には喉がカラカラ。めちゃくちゃきついですよ(笑)」

 そこからスパイカーはスパイク練習へ移行するコートの隅で、渡辺は“リアクション”と呼ぶレシーブ練習がスタート。前後、左右、ボールを出すコーチと自分の間に落ちるようなボールから、頭上を越えるボール、目と足、身体がどこまで動くか、最初の1、2歩が出るタイミングや、遠くに落ちそうなボールを追う際のボディバランス。調子を確認するだけでなく、試合に向けたスイッチを入れる。

「身体の調子が悪い時は反応も遅れる。そうなると速くボールに追いつきたい、取りたい、と焦るから、頭と顎が上がってしまいがちなんです。つまり、軸ができていない。取ればいい、触ればOKじゃなくて、身体をどう動かせているかを確認して、ただボールに触るだけでなく、どこに返すかまで意識する。そこまでやるのが自分にとって必要なアップだと思っているから念入りにやるし、軸を整えるためには最初の(グリッドフォームローラーを用いて筋膜をほぐし、体幹に刺激を加える)動きから手を抜かない。リベロって、スパイクを打つわけではないし、スパイカーのように跳ぶわけじゃないけど、誰よりも速く動かないといけないし、誰よりも遠くまで行かなきゃいけないと思っているから、誰よりも念入りにやる。その準備が、僕にとってはすべてです」

失敗から得た教訓

 深谷高校で全国を制した際は攻守を担うスパイカー。順天堂大入学後にリベロとなり、スパイカーも兼任したが卒業後に東レアローズへ入団後はリベロに専念。日本代表に選出されたこともある33歳の渡辺が「準備の大切さ」を思い知ったのは大学時代だったと振り返る。

「練習を見ていた(当時の順大)蔦宗(浩二)監督から、何気なく『俊介、オーバー(パス)やったか?』と言われたんです。リベロになったばかりで、どうしてもアンダーハンドパスへの意識が強くなっていたから、アンダーは念入りにやるけど、言われてみたらオーバーはおろそかにしていた。その時は『あ、確かにやっていないわ』と思ったぐらいでしたが、やっていないことは見ればすぐわかるんだな、と。言われたからやった、というわけではなく、自分にとって必要なことは何かを考えて準備する。そうしないと100に近い状態で試合には入れない、と気づかされました」

 苦い記憶もある。東レでプレーした頃だ。

 常にコートへ立ち続け、レシーブもスパイクもして、たとえどちらかの調子が悪くても「今日はスパイクで取り戻そう」とリセットできるスパイカーと異なり、自らのプレーで直接点を取ることができないリベロに、挽回のチャンスは限られる。

 もちろんその中でサーブレシーブやディグ、隣に入るスパイカーのフォローやフロアディフェンスの統率。リベロにできることは数多くあり、見えないところで幾多もの役割を果たしているのだが、数字に残らぬ貢献よりも、目立つのは数字や記憶に残るミスの場面。

 リベロとしてコートに立ち続けたシーズンもあれば、セカンドリベロとしてほとんど出場機会がなかったシーズンもあり、レシーバーとしてピンポイントで投入されたこともある。その1つ1つを振り返れば、期待に応える活躍ができた時ばかりでなく、むしろ浮かぶのは失敗したシーンのこと。拾って当然、と思われるリベロがボールを弾けば与えるダメージも大きく、次のチャンスをつかむのはたやすいことではなかった。

「チャンスって、いつ来るかわからないし、平等じゃない。それを思い知ってからは『また次、出た時にやればいい』とは考えられないし、正直に言えば、出られない時間が長くなる中で心が折れかけたこともありました。でも、自分と向き合ってみたら、それまではどこかで『俺はこれだけやっている』とアピールしていただけで、自己満足だったのかもしれない、と気づいたんです。だから、いつ訪れるかわからないチャンスに備えるための準備は、絶対に手を抜いちゃいけないし、疎かにできない。若いから、30歳を過ぎたから、とか、年齢じゃないですよね。常に自分にとって100%の準備をする。選手として、それだけは貫かなきゃダメだと思うんですよ」

いかなる時も100%の力を発揮するために、準備を怠らない。年齢、経験を問わずそれが渡辺がプロ選手として貫くこだわりでもある(写真/ヴォレアス北海道)
いかなる時も100%の力を発揮するために、準備を怠らない。年齢、経験を問わずそれが渡辺がプロ選手として貫くこだわりでもある(写真/ヴォレアス北海道)

不退転の覚悟で挑むチャレンジマッチ

 19年に東レを退社し、プロとなり単身ドイツにも渡った。帰国後、20年11月からヴォレアス北海道に加わり、昨シーズンは大分三好ヴァイセアドラーとのチャレンジマッチに臨むも、セット数で及ばず昇格は果たせず。だが今季、クラブにとって悲願でもあったV2初優勝を遂げ、9、10日に小田原アリーナで行われるチャレンジマッチで、昇格をかけ、VC長野トライデンツに挑む。

「去年負けた時、『来年も頑張ります』と言えなかったように、この機会を逃したら簡単に『次こそは』なんて言えない。今、必死でやるだけだし、そのための準備をするだけですよね」

 昇格と残留。互いにとって、“次”につなげるための負けられない戦い。はやる気持ちもあるが、気負いはない。

「楽しみですよ。もうあとは、やるだけですから」

 ようやく訪れたチャンスに、100%の力を尽くす準備は万全だ。

スポーツライター、フリーライター

神奈川県生まれ。神奈川新聞運動部でのアルバイトを経て、月刊トレーニングジャーナル編集部勤務。2004年にフリーとなり、バレーボール、水泳、フェンシング、レスリングなど五輪競技を取材。著書に「高校バレーは頭脳が9割」(日本文化出版)。共著に「海と、がれきと、ボールと、絆」(講談社)、「青春サプリ」(ポプラ社)。「SAORI」(日本文化出版)、「夢を泳ぐ」(徳間書店)、「絆があれば何度でもやり直せる」(カンゼン)など女子アスリートの著書や、前橋育英高校硬式野球部の荒井直樹監督が記した「当たり前の積み重ねが本物になる」(カンゼン)などで構成を担当。

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