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アラフォー、アラフィフが集う「真剣な遊び場」。全国シニアサッカー“裏”選手権が熱すぎる理由

田中夕子スポーツライター、フリーライター

“表”と“裏”の全国大会

 育成年代の取材をする中、さまざまな問題にぶち当たる。

 勝つことばかりが目的になり、勝利至上主義が過剰な方向へ進み過ぎるがゆえに起きる弊害。補欠をなくして全員が試合に出るリーグ戦をつくろう。いっそのこと、大会自体をなくしてしまってもいいのではないか。いささか極端にも見える議論を目にするたび、もっと選択できる環境があってもいいのではないか。そのためにできることは何だろう、そもそも楽しむって何だろう、と頭や思いを巡らせる。

 逆転の発想とも言うべき大会の存在を知ったのは、そんな時だった。

 全国シニアサッカー“裏”選手権。

 11月6、7の両日、福島県のJヴィレッジで開催される大会ホームページを見ると、大会のホームページには似つかわしくない言葉が、冒頭に記されていた。

「できれば来年は皆さんにお会いしたくありません」

 また来年も元気にお会いしましょう、ではなく、お会いしたくありません。言葉の真意を、大会実行委員の1人で発起人、プロデューサーも努める中村篤次郎氏に聞いた。

「我々の大会はプレーヤーズファーストを掲げ、可能な限りクオリティの高い環境、大会運営を目指しています。実際出場された方々も『また来年も出たいです』と言って下さるのですが、そうじゃない。あくまで目標はJFAが主催する全国大会ですから。目指す場所はここじゃないよ、というメッセージを、常に掲げ続けているつもりです」

 同じ全国大会。されど“表”と“裏”。キラーフレーズの背景には、大会を始めた理由、そして確固たる理念があった。

大会実行委員でプロデューサーも務める中村氏(写真/本人提供)
大会実行委員でプロデューサーも務める中村氏(写真/本人提供)

「人」「場所」「カネ」の課題をいかにクリアするか

 もともと野球少年だった中村氏がサッカーと出会ったのは、大学に入ってから。サークルで、見様見真似でキーパーをしたら「筋がいい」と褒められ、気づけばのめり込んだ。時折大会にも参加し、就職した後もレクリエーションとしてサッカーを続け、現在J2のツエーゲン金沢で初代GMを務めるなど、クラブ運営業務にも携わる。仕事では深いつながりが生まれていたサッカーにどっぷりハマったのは、40歳を手前にした頃だった。

「渋谷区、世田谷区などのチームに登録していて、活動報告をSNSで発信していたんです。そうしたらそれを見た金沢の頃の仲間が『うちで一緒にやろうよ』と。全国大会を目指しているチームに声をかけていただき、この年齢でも全国大会に出るにはかなりの努力が必要で、目標を設定して取り組むことの素晴らしさなど、今までとは違う楽しさ、魅力があるということを初めて知りました」

 だが、全国大会への道は険しかった。北信越大会の壁は厚く、三度チャレンジするも叶わず。コイントスの末に全国大会出場が閉ざされた時は、人目もはばからずに号泣した。

 本気で全国大会を目指すも壁は厚く、試合に出られなければ少なからぬ喪失感を抱く。その時にふと思った。自分たちと同じように、全国大会を目指しながらも届かなかった人たちに向けた“裏”全国大会をつくったらどうだろうか、と。

 まずクリアすべきは「人」「場所」「カネ」だが、最初の「人」に関しては、発起人の中村氏と実行委員長の脇田英人氏、アドバイザーの渡邉俊介氏を中心にスタート。福富信也氏がのちに加わった。自ら会社経営を行い、運営のスペシャリストでもある脇田氏の知恵や、それぞれが持つ人脈の輪を広げ、舵が切られた。

 実行委員会として核となる「人」が定まったら、「場所」をどうするか。サッカーの聖地とも言うべきJヴィレッジを選択したのは、至ってシンプルな理由からだったと振り返る。

「大きな地震や災害、さまざまな被災地がある中、我々にできる復興支援の1つがこの大会ではないかと思ったんです。(大会設立に動き出した)当時はまだJヴィレッジは機材置き場や仮設住宅として使用されていましたが、少しずつ大会開催もできるようになってきたと聞き、それならばぜひやりたい、と。大会開催に伴う宿泊、食事、おみやげの購入など、微々たるものかもしれませんが、交流人口が増えることによって地域に元気を取り戻してほしい。そして大会が開催されることで“福島”の地名も伝えられるなら、という思いもありました」

「人」が揃い「場所」が決まる、最も重要で難題なのが「カネ」。参加選手からの参加費だけでなく、大会の質をより高めるために、どれだけのスポンサーを獲得するか。ただ単にサッカーを楽しみたい、全国大会に出られなかったから代わりの大会をやりたい、といった安易な理由ではなく、なぜ40歳以上の全国大会、しかも“裏”と題した大会を開催するのか。その理由を中村氏は説いて回った。

「大会に出場する40、50代は社会においてパワーゾーンと言われる世代で、会社の中心になっていたり、子育てもひと段落していたりする中、これから迎える人生100年時代、超高齢化社会に向け、身体のケアもしっかりしないといけない。日頃から健康維持に意識を向けるためのきっかけになれば、という思いを各企業さんに伝えました。言葉にすれば、非常にシンプルですよ。『すぐ得られるメリットはまだわかりません。でも、こんな大会、楽しいと思いませんか? 一緒につくりましょうよ』と。とにかく面白いことがやりたい、なおかつそれが健康や自社製品とのコラボレーションつながるなら最高じゃないか、というのをお伝えしました」

その趣旨に賛同したのがオムロンヘルスケア株式会社だった。大会名に「オムロンヘルスケア杯」とあるように、メインスポンサーとして資金提供のみならず、商品提供や会場のトレーナーブースに低周波治療器を設置した。初年度は残念ながら台風で大会は中止となったが、2回、3回と重ねるごとに大会知名度も高まり、資金だけでなく物品提供を快諾してくれるするスポンサーも増えた。優勝、準優勝チームやポジションごとの優秀選手に与えられる賞品加え、参加選手だけでなく家族にも喜んでもらえるように、とお米や女性用クレンジングバームも賞品や参加賞として加わり、間もなく開催される3回目の協賛企業のラインナップも23社にまで増えた。

この視点こそが、“裏シニア選手権”を支える源でもある、と中村氏は言う。

「Jヴィレッジで開催する以上宿泊を伴います。もしかしたら、ご家族からすれば『サッカーをやってもいいけれど、泊まってまでやる必要があるのか』と反発されるかもしれない。全力で楽しむためには、ご家族の協力は必須ですので、少しでも一緒に楽しんでいただけるように。ささやかながらのおみやげをつけることで、家族みんなでこの大会を楽しんでいただければ嬉しいですし、『またやっている』ではなく、『頑張ってね』と送り出してもらいやすくなるのではないか。サッカーも1人ではできないし、大会も1人ではできない。選手の皆さん、ご家族、そして我々みんなでつくっていきましょうよ、という思いを込めました」

出場は12チーム。ハイレベルな争いが繰り広げられる「真剣な遊び場」(写真/大会実行委員会提供)
出場は12チーム。ハイレベルな争いが繰り広げられる「真剣な遊び場」(写真/大会実行委員会提供)

「俺たちも、こんな大人になれるのかな」

 出場条件はJFA全国シニアO-40サッカー大会の出場を目指しながらも敗れた12チーム。2日間で大会を開催するため、自ずと参加チームが限られる。そのため各地域の大会で一定以上の成績を収めたチームに声をかけるため、現状は誰でも簡単に参加できるという大会ではないが、運営可能な範囲で実施し、少しずつ参加チームを増やし、将来的に大会の規模を広げていくことも視野に入れる。

“裏”とはいえ全国大会なのだから、レベルも落とさずむしろ上げる。中村氏が掲げるのは「真剣な遊び場」というキーワードだ。

「もともとは遊びの延長ですから、楽しみ方は人それぞれです。でも、大人になっても真剣に、目標を持って頑張る。そういう気持ちを持ち続けることも大切だし、全国大会を目指したけれど叶わなかった。負けた悔しさを消化する、また来年頑張るぞ、と原動力になるような大会をつくりたかった。エンジョイを目的とするレクリエーション的な視点ではなく、真剣にぶつかり合う。それが私たちの目指す形なんです」

 今大会からは「JOBS」という、元プロサッカー選手が集結したチームも参戦する。同日程で開催される“表”のO-40シニア選手権と同様か、それ以上にハイレベルな戦いも期待され、ゆくゆくは海外のクラブを含めた“シニアワールドカップ”構想も描いており、夢は広がるばかりだ。

 大会運営、継続のためにやるべきことは尽きず、苦労も多い。だがそれすら打ち消す喜びもある。40代、50代の選手、実行委員に加え、昨年の大会本番では運営サポートを地元・郡山の尚志高のサッカー部員が担った。ラインズマンやボールボーイなど、同じピッチでサポートしてくれた彼らが、目の前で繰り広げられる試合を見ながらポツリとつぶやいた。

「これ、ガチですよね。すごいな。俺たちも、こんな大人になれるのかな」

 その言葉がたまらなく嬉しかった。中村氏はそう言う。

「サッカーに限らず、育成年代を取り囲む環境にもいろいろな問題や課題がある。でも、若い彼らが僕たちの大会を見て、そんな風に感じてくれたことが本当に嬉しくて、鳥肌が立ちました。それだけでもやってよかった、と思いましたね」

 真剣な戦いを楽しむ大人の姿に憧れる。やっぱりサッカーって楽しいものだよな、と。何年か、何十年か先、彼らが立つのは“表”か“裏”か。勝ち負けだけでなく、未来につながる大会の実現がサッカーのみならず、バレーボールやバスケットボール、さまざまな競技にも広がっていくように、と願うばかりだ。

出場選手のみならず家族も楽しむ“裏”選手権。今年は6、7日に開催される(写真/大会実行委員会提供)
出場選手のみならず家族も楽しむ“裏”選手権。今年は6、7日に開催される(写真/大会実行委員会提供)

スポーツライター、フリーライター

神奈川県生まれ。神奈川新聞運動部でのアルバイトを経て、月刊トレーニングジャーナル編集部勤務。2004年にフリーとなり、バレーボール、水泳、フェンシング、レスリングなど五輪競技を取材。著書に「高校バレーは頭脳が9割」(日本文化出版)。共著に「海と、がれきと、ボールと、絆」(講談社)、「青春サプリ」(ポプラ社)。「SAORI」(日本文化出版)、「夢を泳ぐ」(徳間書店)、「絆があれば何度でもやり直せる」(カンゼン)など女子アスリートの著書や、前橋育英高校硬式野球部の荒井直樹監督が記した「当たり前の積み重ねが本物になる」(カンゼン)などで構成を担当。

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