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「外国人しか活躍しない、は間違い。日本には素晴らしい選手が多くいる」 バルトシュ・クレクが語る 前編

田中夕子スポーツライター、フリーライター
WD名古屋でプレーするバルトシュ・クレク(写真提供/ウルフドッグス名古屋)

 試合前の公式練習。

 わずかな時間で試合に向けたスイッチを入れ、その日の調子を整える。セッターにパスを出し、セッターが打ったボールをレシーブして上がるトスに向け、スパイクに入る。

 とある選手の何気ない動きに、ふと目が留まった。

 バルトシュ・カミル・クレク。

 今季日本のVリーグV1男子、ウルフドッグス名古屋に加入したポーランド代表のオポジット。連覇を遂げた18年の世界選手権ではMVPにも輝いた世界ナンバーワンスパイカーと言っても過言ではない、その人だ。

 セッターにパスを出し、セッターが打ち、そのボールをレシーブする。まずこの時点で、クレクに打たれるボールはチャンスボールではなく、近距離から試合さながらの強打で、少し体勢を崩さなければレシーブできず、崩れた状況から懸命に助走を取って跳び、打つ。

 世界ナンバーワンのスパイカーにとって、肩慣らしなどない。間もなく始まる試合に向け、常にフルスロットルで臨むべく、イメージと感覚を磨く。

 世界最高峰に立とうと変わらず戦うための準備を繰り返し、勝利をつかむべく貪欲に。

 なぜ彼は世界ナンバーワンであり続けるのか。日本でプレーする理由と日本のVリーグ、ポーランド代表――。前編、後編に分けてクレクのルーツをたどる。

「過去数年で日本代表は大きく進歩している」

――Vリーグ開幕直後、クレク選手は「日本に来ていろいろ高めたいことがあるので日本でプレーすることを選んだ」と話していました。「高めたいこと」とは、どんなことですか?

日本に来た理由の一つとして、まず新しい経験を積みたかった。また、世界で自分がまだよく知らない場所に身を置いて経験を得たかった。たとえばバレーの話で言うならば、日本のバレーボールはとても速くてディフェンス力が高く、私が慣れ親しんだヨーロッパのスタイルとは違うバレーボールをすることで知られています。その違うスタイルのバレーボールを経験し学びたかった、というのも、日本に来ることを決断した大きな要因の一つです。

――ナショナルチームで日本と対戦してイメージはあったと思いますが、実際にプレーしてみてリーグ全体の印象はいかがですか?

たくさんのファンの方が来てくださり、作り出す会場の雰囲気もとても良いので、日本で日本代表と対戦するのは常に素晴らしい経験だと感じています。また、過去数年で日本代表は大きく進歩していると思いますので、対戦する度に違った戦い方を強いられ、より一層私たちにとってはタフな戦いになっていると感じています。代表チームでまた日本代表と対戦できるのが楽しみです。さらに言えば、私は日本に来る前から日本代表だけでなくVリーグも見ていましたが、リーグ自体が進歩していると思います。これは私の意見ですが、今シーズンは過去を振り返っても最高のシーズンのひとつであり、ファンの方にとっても最も興味深いリーグになっているのではないでしょうか。この場に今いることができて大変うれしいですし、日々、全ての練習、全ての試合から可能な限りの経験を得たいです。

圧倒的な高さとスキルを誇るクレク。現在開催中のVリーグで総得点は824点で1位、アタック決定率55.6%で2位(どちらも3月18日現在)と好成績を残している(写真提供/ウルフドッグス名古屋)
圧倒的な高さとスキルを誇るクレク。現在開催中のVリーグで総得点は824点で1位、アタック決定率55.6%で2位(どちらも3月18日現在)と好成績を残している(写真提供/ウルフドッグス名古屋)

「成功を収めるチームは“ベストなチーム”

“最高の外国人がいるチーム”ではない」

――リーグ全体のレベル、そして日本代表のレベルが高くなっているのというのは、どういったところから感じますか?

まず言えるのは、全体的に選手個々のレベルが上がっているということです。西田(有志 ジェイテクトSTINGS)選手は、初めて代表チームで見て以来、とても上達していると思いますし、素晴らしいパフォーマンスを見せてくれている。石川(祐希 パワーバレー・ミラノ)選手はイタリアで貴重な経験を積み大きく成長していると思います。そして柳田(将洋 サントリーサンバーズ)選手はよく知られたスターです。彼らは世界中のバレーボールファンが知っているスター選手ですが、私は日本に来て、彼らだけでなくすべてのVリーグのチームに素晴らしい、日本代表に選ばれるであろう候補選手がたくさんいることがよくわかりました。私のチームでも、若くて将来有望な選手がいます。すでに代表に入っている選手たちは更なる強化を重ね、候補に挙げられるたくさんの選手たちは、彼らを脅かし、代表の枠をかけて戦っている。その状況こそが、日本代表が向上している証だと感じています。

――以前クビアク選手を取材した際「クレク選手やクビアク選手、ムセルスキー選手、フェリペ選手など、世界一になっている外国人選手が今日本にたくさんいるこの状況が、自分たちにとっても日本のリーグにとっても素晴らしいこと。その中にポーランドの選手が2人いることに価値がある」とおっしゃっていました。レベルが高くなっているというVリーグで、同時期にポーランド代表選手が2人いることについてはどう感じていますか?

地図で見ればそんなに大きくもないヨーロッパの国(ポーランド)から2人も同時期に日本に来てプレーしているなんて面白いですよね。それは、ポーランドのバレーボール自体が世界中でよく知られ、ポーランド出身の選手たちがハイレベルだということを証明しくれているのだと思います。私の意見ですが、Vリーグにいるすべての外国人選手は、とても高い技術を持った優れた選手であり、試合の結果を変えることができる選手だと思います。もし外国人しか活躍していないとか、点を取ってないとか思っている方がいたら、それは大きな間違いで、日本人選手と彼らの成長こそが、このリーグにとって一番大きな要素です。私たちは、外国人選手として彼らをサポートし、ヘルプし、私たちの全力を尽くします。優勝するチーム、成功を収めるチームは、”ベストなチーム”であり”最高の外国人選手がいるチーム”ではありません。

得点を取るだけでなくコート内で見せるリーダーシップも超一流。リベロの小川(写真右㉔)も「クレクさんが引っ張ってくれることが心強い」と信頼を寄せる(写真提供/ウルフドッグス名古屋)
得点を取るだけでなくコート内で見せるリーダーシップも超一流。リベロの小川(写真右㉔)も「クレクさんが引っ張ってくれることが心強い」と信頼を寄せる(写真提供/ウルフドッグス名古屋)

素晴らしい監督のもと「いるべきところまで来ている」

――ポーランド代表について聞かせて下さい。今夏の五輪に向け、12名のメンバーはまだ確定していませんが、世界選手権の優勝など、ポーランド代表チームは成熟期を迎えたように見えます。クレク選手はどのように見ていますか?

チームとして良いところ、いるべきところまで来ていると感じています。選手たちは個人としても成長しています。ポーランドリーグ、ロシアリーグ、イタリアリーグなどを見ていますが、たくさんのポーランド人の選手たちが非常に良いシーズンを過ごし、代表チームに向けて準備ができていると思います。とはいえ、他の国の選手たちも積極的に取り組み、成長していますので、私たちも厳しい戦いに向けて準備をしていかなければなりません。私たちのチームを見てみると、すでに8~10年近く代表チームでプレーしている選手たちがいますが、チームにおいてこのグループが、非常に大きく重要な要素であることは言うまでもありません。しかし、現在の私たちのコーチは、若手の才能を上手に見定めて、代表チームに呼んできます。経験のある選手たちは、さらなる成長や強化に取り組んでいますが、もちろん若手選手の起用も非常に大切なので、それが合わさり、代表チームがより強くなっているのだと感じています。

――ナショナルチームの(フィタル)ヘイネン監督は非常に視野が広く、チームを動かし、まとめる力。そして周囲への振る舞いも含め、とてもユニークな監督でした。クレク選手の印象は?

彼は、人としてもバレーボールにおいても素晴らしい。監督である彼と共に、私たちは大きく前進してきました。彼はいわゆる”普通”の監督ではなく、時々独特な変わった決断を下したり、少し変わった行動をとったりして、風変わりな監督と思われることがありますが、彼は私たちが試合に勝つことと、成長を重ねるためにすべてに取り組んでくださっている。彼が代表チームの監督であることを大変う嬉しく思っています。ヘイネン監督に嫌いな言葉を聞くと、きっと「普通であること」と答えるはずですので、私は彼が時におかしな行動をとると発言することに対して、特に恐れを感じていません。彼はとてもユニークで、素晴らしい監督です。

 プロ選手として、新天地日本で見せるまさしく世界のトッププレーヤーとしての輝き。ここに至るまでクレクはどのような指導を受け、どんな考えを持ってきたのか。

 19日掲載の後編では、10代の頃に受けた指導や指導者から伝えられ今も大切にしていること。さらに日本の育成年代や指導者に望むこと、今夏に迫る東京五輪について語る。

プロ選手としてあるべき姿を見せ、伝え、チームを牽引する(写真提供/ウルフドッグス名古屋)
プロ選手としてあるべき姿を見せ、伝え、チームを牽引する(写真提供/ウルフドッグス名古屋)

スポーツライター、フリーライター

神奈川県生まれ。神奈川新聞運動部でのアルバイトを経て、月刊トレーニングジャーナル編集部勤務。2004年にフリーとなり、バレーボール、水泳、フェンシング、レスリングなど五輪競技を取材。著書に「高校バレーは頭脳が9割」(日本文化出版)。共著に「海と、がれきと、ボールと、絆」(講談社)、「青春サプリ」(ポプラ社)。「SAORI」(日本文化出版)、「夢を泳ぐ」(徳間書店)、「絆があれば何度でもやり直せる」(カンゼン)など女子アスリートの著書や、前橋育英高校硬式野球部の荒井直樹監督が記した「当たり前の積み重ねが本物になる」(カンゼン)などで構成を担当。

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