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男子バレー深津旭弘、通算230試合出場へ。「彼はスタメンセッターにふさわしい選手」と言わしめる理由

田中夕子スポーツライター、フリーライター
27日のサントリー戦で230試合出場となる深津旭弘(写真/JTサンダーズ広島)

「彼は野心的で目標達成のために努力を惜しまない選手」

 今宵、1つの記録が達成されようとしている。

 Vリーグ通算230試合出場。

 すでに達成した選手からは「試合に出なくてもベンチに入ればカウントされるから、そう大層なものではない」と言われることもあるが、ジャンプや切り返し、足腰や肩にかかる負担は決して小さなものではないバレーボールという競技で、長年ベンチに入り続ける。もっと言えば、試合に出続ける。それは十分、誇るべき快挙だ。

 そして現在229試合に出場し、その偉業に王手をかけるのが、JTサンダーズ広島、深津旭弘。星城高から東海大へ進み、2010年にJT広島へ入団したセッターだ。

 1年目からベンチ入りを果たし、同年12月のFC東京戦で初出場。今日27日のサントリーサンバーズ戦に出場すれば230試合出場となる深津はここ数年JT広島の不動のセッターとしてコートに立ち続けてきた。決して大げさではなく、18年の天皇杯優勝など多くのタイトルを獲得する際、当たり前のように深津がいる、といっても過言ではない。

 そんな印象が強すぎることや、同期の近裕崇や内山正平(ともにウルフドッグス名古屋)、高松卓矢(大分三好ヴァイセアドラー)がすでに230試合出場を達成していたせいか、もっと前に230試合出場も達成されたと思っていた。だが振り返れば、入団当初からベンチ入りこそ果たすも、すぐにレギュラーセッターとして活躍できたわけではない。

 今につながるチャンスを得たのは、19年5月までJT広島を率いたヴェセリン・ヴコヴィッチ元監督がレギュラーセッターとして深津を抜擢してから。その理由を、ヴコヴィッチ氏はこう明かした。

「JTに就任してから選手個々の能力を見極め、1年目は土台をつくってきました。私には、平均的なチームによいセッターがいればグッドチームになるが、良い選手を揃えてもセッターが平均的な選手では平均的なチームにしかならない、という持論がある。当時セッターが3人いた中で、一番若く、野心的で、目標達成のために努力を惜しまない彼はスタメンセッターにふさわしい選手だった。優勝して以降も彼はタイトルを複数獲得し、リーグでも上位争いができるチームとなったが、彼の良いパフォーマンス、コートの中のリーダーシップ、スタッフとの信頼関係抜きには成し遂げられなかった。彼と仕事を共にできたことは、光栄で喜ばしいことでした」

入団間もない2010年の頃。若さと粗さはあれど、1球、1本にかける熱さは10年前から変わらない(写真/JTサンダーズ広島)
入団間もない2010年の頃。若さと粗さはあれど、1球、1本にかける熱さは10年前から変わらない(写真/JTサンダーズ広島)

「キャプテンじゃなくても、あいつはずっとキャプテン」

 野心的で目標達成のためには努力を惜しまない。その姿勢は、JT広島に入団後、培われたものではない。ツーセッターでアタッカーも務めた星城高時代、さらには本格的にセッターとしての経験を得た東海大の頃からそうだった。

 深津と東海大の同期で、現在ウルフドッグス名古屋で主将を務める近はこう言う。

「僕らの代で深津と言えばスーパ―スターで、僕みたいに普通の学校から入って、東海大がどんなところかわからない選手とは意識が違う。深津は入った時から代表やVリーグを意識していたと思います。でもスーパースターだからといって偉ぶるわけでもないし、周りに対してもそう。試合に出ているとか、うまい、ヘタで人を見ない。見るのは、一生懸命頑張っているかどうか。深津自身も、(1つ上の)清水(邦広 パナソニックパンサーズ)さんが大学にいる頃から日本代表で受けた刺激とか、練習とか、深津に対して求めたものもたくさんあって、期待している分深津にかかるプレッシャーもすごくあったでしょうね。でも清水さん自身が誰よりも練習する人で、その姿を僕も、それ以上に深津も近くで見て来たから、そういう面でもものすごく鍛えられたと思います」

 清水や福澤達哉(パリ・バレー)がいた1つ上の代と、1つ下の八子大輔(JT広島)や清野真一(元ジェイテクト)、牟田真司、冨士田裕大(共に元サントリー)などチームの看板となるようなエースアタッカーが揃う代と異なり、「狭間の世代と言われ続けた」と近が揶揄するように、Vリーグでもアタッカーは高松や古田史郎(ヴォレアス北海道)ぐらいで、セッターやミドル、リベロが多く、確かに派手ではない。だが、主役が揃う世代ではないからこそ、華やかな戦績を持つ後輩たちをまとめ、チームをつくるためには何より、妥協せず真摯にバレーボールと向き合い、一生懸命練習すること。それを体現したのが深津だったと近は言う。

「4年の時に、一度だけ、旭弘にブチ切れられたことがあります。企業を回る夏合宿の終盤、サントリーでの合宿中にシートレシーブをしていて、フェイントボールを簡単に諦めて、取りに行かなかったんです。長い合宿の最後のほうで身体もしんどかったし、見送ったのは1球だけ。でもそれを深津は見逃さず『ちゃんとやれよ!』と全員の前で激怒した。自分でも悪いのはわかっていたので、悪かった、と謝って、それからはどれだけ身体がしんどくても絶対諦めずに追うようにしたんです。あとになって、深津と『あれでチームが締まって、秋リーグ、インカレにつながったよな』という話をしたんですけど、本当にそうだと思う。4年生同士って、そういうことがあっても指摘し合うことはないし、流しがちなんです。でも深津はダメなものはダメで、ダメだとちゃんと言う。今はチームメイトではないけれど、見ていてもそういうところはあの頃と変わらないですよね。キャプテンじゃなくても、あいつはずっとキャプテン。そういう存在です」

「彼は今でも一番のハードワーカー」

 17/18シーズンまでJT広島でも主将を務め、試合後の記者会見やその後のぶら下がり取材。いつも深津の取材は楽しく、次は何を聞こうか。なぜこの判断をしたのか。聞けば聞くほど興味を惹かれる、数少ない選手の1人だ。

 他の選手と共にコメントを発する記者会見でも、試合の勝因や敗因につながることは的確に、時折、チームメイトからは耳が痛いであろうことも、きちんと言葉にする。反省があればその都度言葉を交わし、なぁなぁにしない。セッターとしてコミュニケーションを重んじるその姿勢を、高く評価するのはJT広島で17年からプレーする元オーストラリア代表のオポジット、トーマス・パトリック・エドガーだ。

「個人的に、深津は日本の中でもっと評価されておかしくないセッターだと思っています。外国人選手とセッターはお互い思うことがあっても簡単にいかないこともある中、彼はとてもオープンで、お互いを刺激し合って、意見を交換しながら私もここまで成長してこられた。そしてチームで最年長の彼が今でも一番ハードワーカーで、練習からチームを牽引している。彼の力で、もっとチームがよくなると思っています」

 今季も開幕から5連勝と好スタートを切ったが、11月1日の東レアローズ戦で初黒星を喫した。それまで連敗が続いていた東レが、富松崇彰や米山裕太といった経験豊富な選手を投入し、チームを牽引したこともあるが、ただ単に目の前の敗戦を振り返るだけでなく、これからを見据え、何をすべきか。深津の言葉には、これからチームとして取り組むべき課題だけでなく、自身への喝が含まれていた。

「新しいJTのバレー、『変わったな』と思われるようなバレーをしたい。自分自身、今シーズンは挑戦していることも多いし、それがいいかどうかもわかりません。でも、貫くところは貫いて、覚悟を決めてやっていかないといけない。もっとミドルを使おうと思って試合に入っても、相手がコミットに来ていると思ったらサイドに上げる。その時点で相手を受けているんです。そうじゃなくて、コミットに来ようが関係なく、うちのミドルは対応能力が高い、と信じていけばいい。若い選手たちをもっと信じて、なおかつ自分も“やらなきゃ”じゃなく、もっと“やるべき”だと思うので、そこはしっかり覚悟を持って、やり続けようと思います」

 コートに立ち続ける以上、持ち続けなければならない“覚悟”。その時々、メンバーや状況が変わろうと、ブレない芯がある限り、エドガーの言葉を借りるなら、彼の力で、チームはもっとよくなっていく。そう思うだけで、また次の試合が待ち遠しくもある。

通算230試合出場もこれからにつながる通過点

 通算230試合出場。積み重ねて来た1つの栄誉ではあるが、まだまだ、ここがゴールではなく、これからも長く続く現役選手として歩み続ける道の通過点に過ぎない。

 いつだったか、深津と2人で食事に行った時、こんな話をした、と近が笑う。

「どっちかが先に辞めたら、辞めたほうが同級会の幹事な、と。いずれ辞める時は来るけれど、あいつも長くやりたいと言っているし、僕も長くやりたい。どっちが長くできるか、勝負しているんですよ」

 まずは今宵の試合でも、まだまだ見たい、聞きたいことばかり。だから願うのは1つ。その同級会は、まだまだずっと、遥かに先でありますように。

若い選手と共に、自らも成長すべく努力を重ねる。円熟味を増したセッター深津のトスワーク、コートでの振る舞い。見所は尽きない(写真/JTサンダーズ広島)
若い選手と共に、自らも成長すべく努力を重ねる。円熟味を増したセッター深津のトスワーク、コートでの振る舞い。見所は尽きない(写真/JTサンダーズ広島)
スポーツライター、フリーライター

神奈川県生まれ。神奈川新聞運動部でのアルバイトを経て、月刊トレーニングジャーナル編集部勤務。2004年にフリーとなり、バレーボール、水泳、フェンシング、レスリングなど五輪競技を取材。著書に「高校バレーは頭脳が9割」(日本文化出版)。共著に「海と、がれきと、ボールと、絆」(講談社)、「青春サプリ」(ポプラ社)。「SAORI」(日本文化出版)、「夢を泳ぐ」(徳間書店)、「絆があれば何度でもやり直せる」(カンゼン)など女子アスリートの著書や、前橋育英高校硬式野球部の荒井直樹監督が記した「当たり前の積み重ねが本物になる」(カンゼン)などで構成を担当。

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