Yahoo!ニュース

男子バレー、石川祐希がミラノへ移籍。「覚悟を背負って」イタリアで戦う理由。

田中夕子スポーツライター、フリーライター
プロとして三度目の今季、ミラノへ移籍を発表した石川祐希(写真/所属事務所提供)

 満を持して、この日を迎えた。

 6月11日、男子バレー日本代表のエース、石川祐希がイタリアセリエA、ミラノへの移籍を発表した。

 オンラインで行われた記者会見では、選択した理由を「ステップアップになるチームだと思った」と挙げたように、ミラノは昨季5位の強豪クラブ。新たな環境でのスタートを「自分自身も楽しみ」と語った石川は「結果を求めて戦っていきたい」と力強く述べた。

「このままプレーができないかもしれない」

 昨季在籍したパドヴァでは、石川が得点を挙げるとスタンドの地元サポーターから「アリガトウ!アリガトウ!」とコールが飛び交うなど、攻守の要として活躍。シーズン当初から目標に掲げたプレーオフ出場圏内に位置づけ、石川自身も手応えを感じていた。

「学生の時に一番最初にモデナへ行った頃はお客さんというか、向こうの選手とは違った立場だったと思います。でも、プロになってそこに馴染んでいくスピードも変わりましたし、イタリアメディアにも取り上げていただいて、僕自身、自信にもなっているし、見ていただいていると感じるし、充実しています。プレーの面ではサーブがよかったり、スパイク、サーブレシーブに関しても数字を出せていたと思いますし、感覚的にも非常によかった。何より僕自身、パフォーマンスがしっかり出せていると感じながらプレーできていることが一番大きかったです」

 中盤からやや調子を落としていたが、プレーオフに向けて状態を上げて行こう。6位で進むか、7位で進むか。対戦チームはいずれにせよ強豪ではあるが、チャンスがないわけではない。少なからぬ自信と共にシーズン終盤を迎えようとしていた矢先、新型コロナウイルス感染拡大に伴い、突如、試合の中止が余儀なくされた。

 一時中断の間は、再開の可能性を信じて自宅でトレーニングに励んでいたが、4月9日にイタリアバレーボール連盟はすべてのカテゴリーでシーズン終了を正式発表。

 これほど長くボールに触れない日々は初めて。必然的に今置かれた現状だけでなく、これからを思い描き、不安も抱いた。

「ずっと家にいて、バレーもできない。今は少しずつよくなっていますが、『来シーズン、どうなるんだろう』とか『このままイタリアではプレーができないのか』という気持ちも正直、ありました。でも、考えても仕方ない。いつかは再開する、あることを信じて次に向けての準備をしていくしかない、と思っていました」

不安や心配はある。でも「自分の夢を叶えたい」

 帰国を挟み、約3か月は全くボールにも触ることがなかったが、現在は体育館やトレーニングジムでのボール練習やウェイトトレーニングに取り組んでいる。まずは「元の状態に戻すこと」としながらも「感覚は意外と残っていたので、これだけ期間が空いても今まで積み上げて来たことは身体が覚えていると感じた」と自信も口にする。

 少しずつではあるが、着実に前進する日々。まさに「次に向けた準備」に取り組む今、バレーボールに取り組める環境のみならず、イタリアでの感染状況や経済情勢も少しずつ好転しているように見える。

 だが、安全や安心。健康や生活のリスクを考えればこのまま日本に留まり、日本のリーグでプレーする選択肢もあっていいのではないか。それでもなぜ、イタリアへ渡るのか。

「この状況で日本でプレーするべきなのか、したほうがいいのか。感染リスクも、イタリアに行って、もしかかってしまったら、という思いはもちろんありました。正直、収まってきてはいますが、まだ(感染者は)200~300人いる状態なので、不安や心配はもちろん感じています。でもそれ以上に僕自身の目標を達成したい思いや、世界最高峰のリーグでプレーしたい、強くなりたいという思いが強いので、僕はその目標、自分の夢を叶えたいという思いで決断しました」

プロとして背負い、戦う覚悟

 世界のトッププレーヤーになること。石川が抱く目標は変わらない。

 そのためには、世界一に手が届くクラブで戦い頂点を目指すこと。そのクラブで試合に出場し続けること。少しずつ具体的になる目標に、今は近づいている手応えも感じている。

「イタリアの上位4つ、モデナ、チビタノーバ、ペルージャ、トレント。ここでスタメンで出ることがトップだと考えていますし、あと2、3年したら自分もそのチームで戦いたい。早ければ来シーズン、声をかけていただけるようになるためには、今シーズンのパフォーマンス次第。パフォーマンスがよければ近づけるし到達できると思っているので、今シーズンは大事になると思っています」

 突然のシーズン終了を経験したことで、先ばかりを見るのではなく、1戦1戦、1球1球の大切さを実感したと言うように、プロとして為すべきは、1つ1つの試合で力を発揮し、結果を残すこと。そして、自身が戦う姿を見て勇気や笑顔を伝えたい。石川はそう言う。

「大会が中止になってしまって、学生の方々は限られた時間の中で取り組んできたことを発揮する場がなくなってしまいましたが、取り組んできたこと自体がゼロになるわけではありません。諦めること、できなくなることもあるかもしれませんが、必ず他のところにつながっていくと思うので、まず現実を受け止めて、次に活かしてほしい。この状況でポジティブに捉えるのは難しいかもしれないですけど、それでも前を向いてコロナがあったから何か取り組むことができたとか、考え方が変わったとか、そう言えるような時間を過ごしてほしいです。この状況なので、僕もリーグが再開してからも実際にプレーを見ていただける可能性は少ないし、来ていただくこともできないかもしれませんが、映像を通しても伝わるような覚悟をプレーに乗せたい。競技に対して強くなった思いを、少しでも感じてもらえるようなプレーができるように頑張ります」

 コートに立つ日を、おそらく誰よりも心待ちにしているのは石川だ。期待を背負い、夢を抱いて、世界へ向けた新たな挑戦が始まる。

スポーツライター、フリーライター

神奈川県生まれ。神奈川新聞運動部でのアルバイトを経て、月刊トレーニングジャーナル編集部勤務。2004年にフリーとなり、バレーボール、水泳、フェンシング、レスリングなど五輪競技を取材。著書に「高校バレーは頭脳が9割」(日本文化出版)。共著に「海と、がれきと、ボールと、絆」(講談社)、「青春サプリ」(ポプラ社)。「SAORI」(日本文化出版)、「夢を泳ぐ」(徳間書店)、「絆があれば何度でもやり直せる」(カンゼン)など女子アスリートの著書や、前橋育英高校硬式野球部の荒井直樹監督が記した「当たり前の積み重ねが本物になる」(カンゼン)などで構成を担当。

田中夕子の最近の記事