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「がんばれニッポン」だけじゃない。まだまだある世界バレーの見どころ

田中夕子スポーツライター、フリーライター
世界選手権でアルゼンチン代表を退くソサ選手。トップ選手の区切りになる大会でもある(写真:森田直樹/アフロスポーツ)

彼女のこれからに「グッドラック」と言いたい

 9月29日から始まった女子バレー世界選手権。横浜アリーナで日本と開幕戦を戦ったのはアルゼンチン。試合自体は日本が3-0のストレート勝ちをおさめた。力の差が大きかったこともあり、翌日フルセットまでもつれる熱戦を展開したオランダ戦や、終盤の接戦時に投入された冨永こよみと長岡望悠が渾身のスパイクで流れを断ち切ったドイツ戦ほどの印象はない。

 だがそんな中でも、強い印象を残した1人の選手がいた。主将のエミルセ・ソサだ。

 177センチとミドルブロッカーとしては決して大きいわけではなく、手足が長いわけでもない。だが劣勢でも常にアタックラインの後方まで助走に下がって、打つ、打たないに関わらず全力で跳び、ブロック時の移動もサボらない。日本のスピードを活かした攻撃に対し、間に合わないと判断したら跳ぶのをやめる対戦国もあった中、常にソサは全力で、そして試合後のミックスゾーンや記者会見場でも常に笑顔だった。

 1次ラウンドを1戦残した時点で、最終戦を勝利してもセット率で及ばず、アルゼンチンの敗退が決定した。それでも笑顔で、仲間を称えるソサに約10年にわたり、代表チームで活躍し続けたモチベーションは何か。そして高さを補うためにどんな工夫をしてきたのかを尋ねると、こう答えた。

「ミドルブロッカーとして、ジャンプの練習は集中的に行ってきました。そのためにはまず、足を鍛えること。それはずっと、集中して取り組んできました」

 そして一呼吸置いて、こう続けた。

「でもアルゼンチン代表として戦うのはこの大会が最後。これからはもっと落ち着いたペースでバレーボールをやっていきます。もちろん、足を鍛えるのはやめないけどね」

 同じ会見の席上にはアルゼンチンのギジェルモ・オルドゥナ監督だけでなく、対戦相手のオランダを率いるジェイミー・モリソン監督もいた。多くの指揮官が勝利しても敗れても相手への敬意や謝辞を述べるコメントの冒頭、モリソン監督はまず、09年から代表入りし11年から主将を務め、16年のリオ五輪にも出場したソサに向けて言った。

「私がUSAナショナルチームのアシスタントコーチの時から、もちろんソサのことを知っていて、彼女は素晴らしい選手です。アルゼンチンの中でベストなミドルブロッカーであるだけでなく、世界の中でもトップレベルの1人と言える素晴らしいプレーヤー。彼女を尊敬しているし、国際舞台でのキャリアで多くのことを成し遂げたことに『おめでとう』と言いたいです」

 そして翌日。勝てば1次ラウンド進出の可能性があったカメルーンを3ー0で下し、大会最終戦でアルゼンチンが今季初勝利。コートで長い時間をかけ1人1人の選手と抱き合ったソサは晴れ晴れとした顔で言った。

「この試合は勝たなければならない、勝利を目指した試合。勝てたことをとても幸せに思います」

 まだまだできる。そう思わせながらなぜ今、代表チームのユニフォームを脱ぐのか。彼女の答えは明確だった。

「代表引退の決意は昨年しました。もう少し家族と一緒に過ごす時間がほしかったし、少し休みたかった。代表を辞めると決めた中でも監督からこの世界選手権に呼ばれ、このように重要な大会で引退できることに感謝して、喜んで引き受けました。最後までチームメイトの1人としてチームに力を尽くしたかったし、アルゼンチンのバレー界にためにも力を出した。こんな素晴らしい大会、チームで引退することができて、私は幸せです」

 笑顔で、何度もうなずきながら話すソサの横にいたオルドゥナ監督が「ちょっといいですか」と切り出す。国際大会の記者会見では通常、選手がコメントをし、選手の退場後に監督がコメントをするのが常だが、どうしても言いたいことがある。そんなそぶりでオルドゥナ監督がマイクを持った。

「私たちは彼女を“ミミーソーサ”と呼んでいます。彼女は本当に素晴らしい仕事をした、と私からも一言申し上げたい。リーダーとして本当に献身的に仕事をして、力を尽くしてくれました。すごく努力をして、長年力を尽くしてくれて、テクニックだけではなく人間性、そして道徳の面でもチームの非常に重要なリーダーとして力を尽くしてくれました。ですから、ミミーのこれからに対してありがとう、そして“グッドラック”と言いたいです」

 噛みしめるようにその言葉を聞いたソサとオルドゥナ監督が抱き合い、互いを称え、互いを労う。手を振りながら会見場を後にするソサを皆が拍手と共に送り出した。

記者会見場でキャプテンへのサプライズ

 もう1人、記者会見場で粋なサプライズを受けた選手がいる。ドイツのマーレン・フロム主将だ。

 2次ラウンド最終戦。ドミニカ共和国と対戦し、0ー3で敗れた後試合のコメントを述べ終わるとちょうど同じ頃、何やら騒がしい音が聞こえる。会見場の入り口を見ると、主将を除くドイツの選手たちが音楽をかけながら、「ダンケ! キャプテン!」と書いた大きな紙を持って笑顔で登場した。

 聞けば、試合が終わり、主将が記者会見場に向かった直後のロッカールームで通訳に「紙はないか」と聞き、大急ぎで書いたものらしいのだが、これで自チームの試合が終わり長年チームに尽くしてくれたキャプテンに感謝を伝えたい。それも、自分たちの中だけでなく記者会見という公の場所で伝えることで、その思いと私たちのチームを率いてくれたキャプテンがどれだけ素晴らしい人だったのか、多くの人に伝えたい。その表現した結果が、白い紙に黒のマジックで書いた「ありがとう」だった。

 笑顔で現れた選手たちとは異なり、その姿を正面から見ていたキャプテンの目から涙が溢れる。口元をおさえ、顔を覆い、肩を震わせて泣く。1人1人と抱き合った後、改めて今の心境を、と求められたフロムはこう言った。

「私たちのチームは見ていただいた通り、こんなふうに素晴らしいチームです。本当に大好きな選手、大好きなチーム。でもいつまでも私がこのチームのお母さんでいるわけにはいきません。これからは、この素晴らしいチームがより成長していくよう、私も応援しています」

 そんな光景をずっと見守っていたドイツ代表のフェリクス・コスロフスキ監督は涙を拭い、ドミニカ共和国のベタニア・デラクルス主将とマルコス・クビエク監督も拍手を送る。そして両キャプテンが会場を後にし、試合のコメントを求められたコスロフスキ監督はまず、ドミニカ共和国のクビエク監督に「時間を割いてしまって申し訳ない。でも時間をいただき、ありがとうございます」と感謝を述べる。その言葉に静かに笑うクビエク監督の姿も、ドイツの選手たちと同様に粋だった。

ドイツのフロム選手にチームメイトが記者会見場で掲げた「ダンケ!」
ドイツのフロム選手にチームメイトが記者会見場で掲げた「ダンケ!」

アップゾーンの選手にも注目

 テレビでは日本戦以外を見る機会は限られ、平日の試合に足を運べるかといえばそれほど簡単なことではない。だが、海外同士の試合や普段取り上げられる機会の少ないチーム、選手を見ることでまた新しいバレーボールの楽しみが広がるのは間違いない。もしも少しでも時間があって、今回のバレー中継を通して「バレーボールって面白い」と思ったならば、せっかくならば日本だけでなく海外勢同士も見てみたい、と思ったならば、横浜アリーナに足を運んでみてはどうだろうか。

 これから始まるファイナルラウンド、決勝進出をかけて四強がぶつかり合う19日の準決勝はまさしく世界最高峰と言っても決して大げさではない戦いが繰り広げられ、まさに世界トップレベルのパフォーマンスが見られるはずだ。試合が始まる前の練習、コートに入場してくる選手たちが醸し出す空気、そして国歌斉唱。それだけでも間もなく始まる試合に向け胸が高まるには十分な時間だ。

 そしてもしも会場へ行く、行ってみようと思っているという人がいるならば、コートの中やベンチワークはもちろんだが、アップゾーンの選手たちにもぜひ目を向けてほしい。一緒に喜んだり、踊ったり、それぞれがコートに立つ準備をしながら選手たちはどんなふうに試合を見ているのか。これは海外チームだけでなく日本も同様。常にアップゾーンの最前列に立ち、大きなジェスチャーと共にコートの選手に声をかけ、「ニッポン」コールをする島村春世選手の姿もぜひ、見てほしい。誰だって試合に出たいが、思い通り出られるわけではない。ならばチームのために尽くし、会場と共に声をからして盛り上げる。そんな島村選手の姿勢は立派な日本代表の姿であり、見るべき価値があるはずだ。

 華やかなライトが当たる場所だけが見どころではない。選手、スタッフ、チーム。それぞれのストーリーを想像しながら、あと2日、日本代表はもちろんだが見どころはそれだけではない。世界の頂点を決める世界選手権を、ぜひ堪能してほしい。

スポーツライター、フリーライター

神奈川県生まれ。神奈川新聞運動部でのアルバイトを経て、月刊トレーニングジャーナル編集部勤務。2004年にフリーとなり、バレーボール、水泳、フェンシング、レスリングなど五輪競技を取材。著書に「高校バレーは頭脳が9割」(日本文化出版)。共著に「海と、がれきと、ボールと、絆」(講談社)、「青春サプリ」(ポプラ社)。「SAORI」(日本文化出版)、「夢を泳ぐ」(徳間書店)、「絆があれば何度でもやり直せる」(カンゼン)など女子アスリートの著書や、前橋育英高校硬式野球部の荒井直樹監督が記した「当たり前の積み重ねが本物になる」(カンゼン)などで構成を担当。

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