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吐血地獄からの生還―7

田中良紹ジャーナリスト

 「私たちは日本初の政治専門チャンネルです。国会の全ての審議を放送します。私たちは皆様が自分で判断できるよう編集も解説も行いません。私たちは視聴率を追求するより公平な放送を目指します。私たちは日本の民主主義を強くするテレビジョンです」。

 1998年1月10日午前8時、このナレーションと共に「国会TV」のCS放送が始まった。私が国会テレビの構想を自民党政治改革推進本部で提案してから9年が経っていた。その間に6人の総理が交代し、日本政治は混迷の極みにあった。

 思えば田中角栄が病に倒れた1985年に日本は世界一の債権国に上り詰め、欧米に追い付き追い越せを目標にしてきた日本は、そこから目標を見失った。世界を驚かせた高度経済成長も過去の話となり、経済は没落し続け「失われた時代」を迎えた。

 この危機を解決できるのは官僚でも財界でもなく政治なのだが、国民は政治を見放し、政治に力を与えようとしない。すると政治の方も、報道統制を強化し、国民を管理する方向に向かい出す。それに対抗し、政治と国民を近づけようと、かすかな望みを抱きながら「国会TV」はスタートした。

 放送が始まると視聴者から「これまでの国会中継は野党が総理を追及する予算委員会だけだったが、それは我々の生活に関係ない。しかし文部科学委員会を見れば学級崩壊の話、厚生労働委員会を見れば年金の話をしている。国会が我々の生活に直結する議論をこんなにしているとは思わなかった」という反応があった。

 国会審議のない時間帯はスタジオに政治家を招き、視聴者が直接電話で質問できる「政治ホットライン」という番組を放送した。C―SPANが毎日放送している「コール・イン・ショー」の真似だが、C―SPANが凄いのは視聴者の質問を一切事前チェックしないことだ。どんな質問がくるか誰も分からない。

 日本の放送局でこれを真似できるところはない。必ずチェックして不適切な質問をさせないようにする。ところがC―SPANは意味不明の質問は司会者が遮るが、それ以外はどんな質問でも受ける。そして政治家はどんな質問にも答える。視聴者との間に信頼関係がなければできないことだ。

 清水の舞台から飛び降りる覚悟で「国会TV」はそれを真似した。衆参700名余の国会議員を毎日1人ずつスタジオに呼んでぶっつけ本番の生放送を始めた。日本と米国の違いを強く感じたのは、米国の視聴者は素朴な質問をする。ところが日本の視聴者は政治に怒りをぶつけるか、陳情をするかのどちらかになる。日本人は政治を攻撃の対象か陳情の対象としてしか見ていないのだ。

 しかし放送開始から1年もするとそれが変わってきた。同年代の議員に「自分たちの世代の代表として〇〇に取り組んで欲しい」とか、「官僚支配に負けない政治家になってくれ」と政治家を励ます声が増えてきた。

 そのうち顔も知らない他人同士で思想信条も異なるのに視聴者の間に連帯感が生まれた。それが最高潮に達したのは2000年の「加藤の乱」の時だ。国民に不人気だった森喜朗内閣を打倒しようと、自民党の加藤紘一元幹事長が野党提出の内閣不信任案に同調する動きを見せた。

 「国会TV」は不信任案を採決する衆議院本会議を中継していたが、夜8時頃、議場で演説していた松浪健四郎議員がヤジを飛ばした議員にコップの水をかけたことから審議が中断、再開のめどが立たなくなった。そこで私はスタジオから「加藤さんの行動に賛成か反対かを電話してください」と視聴者に呼びかけた。

 画面に映るのは私だけで、そこに視聴者の電話の声が流れる。意見は真っ二つだった。そのうち誰かが「皆さん年齢を教えてください。私は今年選挙権を得ました」と言った。すると視聴者同士が自分の境遇と政治に対する思いを語るようになり、電話の声が熱を帯びた。

 午前0時を回っても電話はひっきりなしにかかってくる。誰かが「凄い、こんなテレビ見たことない」と言った。始まって6時間後の午前2時過ぎに私も疲れ果て、視聴者に謝って番組を終了させた。30年以上テレビを作ってきた私にも初めての経験だった。

 選挙の投票日には他のテレビ局がやれないことをやった。他のテレビ局は公職選挙法に抵触することを恐れ、夜8時の開票時間まで政治関連番組を一切放送しない。しかし「国会TV」は朝から夕方まで録画した各党党首の街頭演説を繰り返し放送した。

 夜6時にスタジオ番組をスタートさせ、すでに投票した人と投票に行かないでいる人に呼び掛けて電話をもらった。投票した人にはどの政党に投票したかとその理由、行かないでいる人にも理由を聞いた。どこかの政党が自分を投票所に連れて行こうとしているので家の中に隠れていると答えた人もいた。

 夜8時から10時までは他局の選挙速報を私が紹介しながら、米国人政治学者のジェラルド・カーティスとスティーブン・リードに日本政治の課題について討論してもらった。10時から午前0時まではアポなしで当選した議員と落選した議員に電話し、勝因と敗因を答えてもらう。そして午前4時までは日本に滞在している外国人留学生15人ほどをスタジオに集め、「日本政治のここがおかしい」を語り合ってもらった。

 手前味噌になるが「国会TV」の放送内容は充実していたと思う。私は番組の公平性を担保するため、番組審議委員会の人選には気を配った。委員長に政治学者の佐々木毅・東京大学法学部教授(後に東京大学総長)、副委員長にジャーナリストの大宅映子、委員には元警察官僚の金子仁洋・桐蔭横浜大学教授、メディアに詳しい月尾嘉男・東京大学工学部教授、国際政治学者の大磯正美・静岡県立大学教授、メディア論の香取敦子・和洋女子短大助教授というメンバーに番組をチェックしてもらった。

 私は放送内容には満足だったが「国会TV」を取り巻く事業環境は最悪だった。米国のC―SPANが成り立つのは「ベーシック・サービス」の仕組みがあるからだ。ケーブルテレビは視聴率が取れない30程度のチャンネルを月額基本料金と引き換えに全加入者に配信する。チャンネルには基本料金の中から分配金が支払われる。

 C―SPANは一世帯月額7円の分配金を受け取るが、加入世帯数が増えれば自動的に収入は増える。議会中継に制作費はかからないのでC―SPANは黒字だった。そのためC―SPANは中継車を購入し、その中継車が全米の高校を回って高校生の政治討論番組を生中継した。

 放送免許を申請する前、私は郵政省の衛星放送課長に「ベーシック・サービスがなければ私はやりませんよ」と言い、衛星放送課長も「それはそうですよ」と言った。ところが日本のCS放送は「ベーシック・サービス」の仕組みを導入しなかった。

 米国の多チャンネル放送に「ベーシック・サービス」があるのは「消費者保護法」という法律があるからだ。企業の利益至上主義から消費者を保護する法律だが、放送事業では視聴率至上主義から視聴者を守る。視聴率が取れない番組でも公共性があれば一定の割合で放送局は放送しなければならない。

 ところが日本では「国民には選択の自由がある」という理屈でCS放送に「自由選択性」が導入され、「ベーシック・サービス」は購入を強制するとして排除された。これでCS放送は地上波と同じ視聴率優先の世界になる。誰が言い出したのか分からない。私の知る限り郵政省から出たとは思えない。

 放送開始から半年後、私は郵政省の品川萬里放送行政局長に放送免許返上を申し出た。視聴率の論理ではどう考えても事業継続はできない。すると品川局長から「それは困る。CS放送で意義があるのは国会TVと放送大学だけだ。行政が介入することはできないので民間同士で協力してやって欲しい」と言われた。

 しかし民間同士で話し合うと、決まって「我々も田中さんと同じ考えだが、郵政省がそれをさせてくれない」と郵政省とは真逆のことを言う。そして郵政省の幹部の中には永田町の方角を指さして「天の声がある」と言う人もいた。

 前回書いたように、自民党の野中広務幹事長は「国会TV」を「敵側のメディア」と思い込んでいるらしいから、「天の声」はそれを指すのかと思ったが、その証拠もない。とにかく放送の世界は「伏魔殿」だった。

 そして「ベーシック・サービス」のないCS放送は、チャンネルの9割が赤字経営となり、黒字はポルノ・チャンネルだけになった。私にもポルノ業者から電話があり、「深夜の時間帯を貸して欲しい」と言われた。私は断ったが、地方公共団体が運営するチャンネルには深夜にポルノを流すところもあった。

 私は月額700万円の衛星使用料金を免除してもらい経営を続けた。C―SPANに聞くと米国では教育目的のチャンネルは衛星使用料金が免除されているという。それを交渉の材料に免除されたが、他の小資本チャンネルは次々大資本に買収された。結局CS放送の世界は、新聞社とテレビ局、家電メーカー、商社など大資本の系列になった。

 ある時、フランス大使館から「国会TV」の空き時間にフランスの国営放送を流して欲しいと言われた。話を聞くと、世界の中で日本だけ大使館員が自国の放送を見ることができないと言う。確かに日本でフランスの国営放送は放送されていない。

 私はベトナムや香港でフランスやドイツの国営放送を見たことがある。しかし日本で放送されている外国チャンネルは、英国のBBCや米国のCNNなどアングロ・サクソン系だけだ。そのことに私は初めて気が付いた。

 CS放送こそ世界各国のチャンネルを「ベーシック・サービス」に入れ、多様な価値観を見せるべきではないかとスカパーに提案した。しかし衛星使用料金を免除されている「お荷物」のチャンネルからの提案だから一顧だにされなかった。

 むしろスカパーから「株式を上場するので衛星使用料金の免除は株主の理解を得られなくなる」と言われ、打ち切られることになった。事業としては万事休すだが、一方で数が多いとは言えないものの「国会TV」には熱烈な視聴者が存在する。

 私は熱烈な視聴者や政治家に呼びかけ、経営の危機を訴える集会やシンポジウムを開催した。しかし「国会TV」の窮状や意義を訴えたところで、当面の問題はカネの話だ。資金を集められなければ無意味である。

 企業が窮状に陥れば、まずは出資者が助けに乗り出すのだが、私の会社は法人ではなく個人が出資者なのでそれも期待できない。とりあえず私が見てきた日本政治の裏舞台と米国議会の日本関係の議論を活字にし、冊子を株主に買ってもらって運営資金の足しにした。

 すると株主から「日本政治の裏舞台が面白い。出版しろ」と言われ、知人が社長をしていた廣済堂出版から『裏支配』というタイトルで田中角栄に関する本を出版した。それはまもなく講談社が文庫本にし、講談社から「もう一冊書いてくれ」と言われた。今度はメディアの裏側を暴露する『メディア裏支配』を書いた。

 ところがそれがこの国を支配する「天」の怒りを買ったらしい。発売1週間で担当編集者から「この本は売れません」と言われ、それ以来、私には出版業界から執筆の依頼が来なくなった。この国の最大のタブーはメディア界の真相を暴くことだと知った。

 2001年4月の自民党総裁選挙で「自民党をぶっ潰す!」と叫んだ小泉純一郎が国民の熱狂的な支持を集めた。自民党本部が観光名所になるほど小泉旋風はすさまじかった。そして最大派閥の野中広務と弱小派閥の小泉総理の戦争が始まった。

 弱小派閥の総理が政権運営するには米国にすがりつくしかない。小泉は米国の言いなりになり、新自由主義政策を全面的に取り入れた。「労働力の流動化」の掛け声で非正規労働者が生まれ、格差が至る所に発生した。それでも小泉人気は衰えず、野中は追い詰められた。

 そうした中で2001年12月に「国会TV」はスカパーから電波を止められた。衛星使用料金が払えないと言っても、電波を止めるのは放送史上前例がない。放送は公共財だから継続させる方法を模索するのが普通である。

 しかし野中の息のかかった自民党職員がスカパーの取締役に天下りしたから、それが指示したと私は想像した。「国会TV」は自民党を離党した政治家に支持されたことと、米国のテレビを真似たところが野中に嫌われた理由かと私は思った。

 他のチャンネルのように大資本に買収されれば継続できたのかもしれない。しかしそれではC―SPANの放送哲学が消滅する。私は放送ではなくインターネットで「国会TV」を続ける道を選んだ。

 2003年、米国のブッシュ(子)政権は大量破壊兵器の保有を理由にイラクを先制攻撃した。フランスとドイツはそれに反対し、両国の国営放送はイラク側の視点に立った放送を流した。

 しかし英米の情報しか見せられていない日本人は、イラク戦争を「独裁政権vs民主主義」と思い込まされ、小泉政権が自衛隊をイラクに派遣しても批判は高まらなかった。日本人の世界を見る目は視野が偏っていると私は思った。

 2004年、小泉政権は通常国会で年金法改正案に取り組んだ。保険料の支払いが増えて給付が減る内容だから国民は絶対に反対する。どうするのかを注視していると、「小泉内閣の3人の閣僚に年金未納がある」とメディアが報道して大騒ぎになった。

 参議院選挙の直前だったから、野党第一党である民主党の菅直人代表は「未納3兄弟」と呼んで激しく攻撃した。しかし私は未納の情報をメディアがどこから手に入れたかに注目した。年金情報を持っているのは当時の社会保険庁である。それが小泉改革によって民営化されることになった。それに対する抵抗で社会保険庁からリークされたと思った。

 次に未納の何が問題なのかを考えた。未納にすればその分は給付されないから、得をする話ではない。国民に奨励しながら政治家が未納にしたという倫理的な問題だけだ。しかし民間と公務員は年金制度が別だから、政治家が大臣就任の前後で手続きを忘れる可能性がある。私はそれほど騒ぐ話かと思ったが、野党とメディアの政治家攻撃はすさまじかった。

 私は小泉政権が年金法改正案から国民の目をそらす「罠」ではないかと疑った。すると福田康夫官房長官が未納を報じられて辞任する。その後に追及の急先鋒だった菅直人の未納が報じられ、菅も辞任を余儀なくされ、頭を丸めて四国巡礼の旅に出た。

 この騒ぎで国民に負担を強いる法改正は何事もなく成立した。今年初めのフランスでは年金の支給開始年齢を引き上げる年金改革に国民の怒りが爆発し、大規模なデモや暴動が起きた。しかし日本では愚かなメディアと野党がつまらぬことを騒いだため国民の負担が増えた。しかもメディアと野党はそれを反権力の行動だったと錯覚している。

 私は四国巡礼から戻った菅直人をスタジオに呼び、年金未納の騒ぎは罠ではなかったのかと質した。すると菅は「そんなことはメディアが調べてくれなければ困る」と発言した。メディアの報道を鵜呑みにする政党に政権は任せられないと私は強く思った。

 「国会TV」はインターネットでも経営が続けられなくなり、私は2007年に経営から身を退いた。その後はメディアのもっともらしい「嘘」を暴くブログを書いている。コロナ報道を見ても、ウクライナ報道を見ても、国内政治報道を見ても、私が自分の目で見てきたことと現在の報道との間には隔たりがある。

 それがなぜかを自問自答していた今年4月、大量の吐血をして病院に担ぎ込まれ、胃がんの手術を受けることになった。医者からは「生死の間をさまよっていた」と言われたが、私自身も自分の葬式をお棺の中から見ていた記憶がある。しかし私は死なずにこの世に生還した。

 一介のテレビマンに過ぎない私が政治改革に身を入れたのは、36年前に同じ病院で大腸がんの手術をしたことがきっかけである。しかし私が構想した国民と政治を繋ぐ国会テレビは日本では実を結ばなかった。その間に国民の目をあらぬ方向に向けさせるメディアの弊害を嫌というほど見てきた。

 ブログでそれを批判するうち大量吐血をして生死をさまよい、そこから私は生還した。体力は衰えたが不思議なほどに頭は衰えていない。天はまだ私に何かをやれと言っているのだろうか。

 そんな不遜なことを考えながら、とりあえずはブログを続けていくつもりだ。これからもお付き合いいただければありがたい。よろしくお願い申し上げます。(文中敬称略)

ジャーナリスト

1969年TBS入社。ドキュメンタリー・ディレクターや放送記者としてロッキード事件、田中角栄、日米摩擦などを取材。90年 米国の政治専門テレビC-SPANの配給権を取得。日本に米議会情報を紹介しながら国会の映像公開を提案。98年CS放送で「国会TV」を開局。07年退職し現在はブログ執筆と政治塾を主宰■オンライン「田中塾」の次回日時:5月26日(日)午後3時から4時半まで。パソコンかスマホでご覧いただけます。世界と日本の政治の動きを講義し、皆様からの質問を受け付けます。参加ご希望の方は https://bit.ly/2WUhRgg までお申し込みください。

「田中良紹のフーテン老人世直し録」

税込550円/月初月無料投稿頻度:月3、4回程度(不定期)

「フーテン老人は定職を持たず、組織に縛られない自由人。しかし社会の裏表を取材した長い経験があります。世の中には支配する者とされる者とがおり、支配の手段は情報操作による世論誘導です。権力を取材すればするほどメディアは情報操作に操られ、メディアには日々洗脳情報が流れます。その嘘を見抜いてみんなでこの国を学び直す。そこから世直しが始まる。それがフーテン老人の願いで、これはその実録ドキュメントです」

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