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自立できない国家の訳の分からぬ安全保障論議

田中良紹ジャーナリスト

 自民、公明両党は2日、敵国の軍事基地を攻撃するいわゆる「反撃能力」を保有することで合意した。これで日米安保体制によって日本は守りに徹し、攻撃を米国に依存してきた専守防衛が根本から変わることになる。

 この変更を憲法9条の枠内で行うため、①我が国に急迫不正の攻撃があること、②これを排除するのに他に適当な手段がないこと、③必要最小限の実力行使にとどめるという「武力行使の三要件」が歯止めとされた。

 安倍内閣が「敵基地攻撃能力」と言っていたのを、岸田内閣では「反撃能力」と言い換えた。それは「先制攻撃」と受け取られることを避けるためだと説明されるが、言葉をやわらげ公明党が賛成しやすくしただけで、「敵基地攻撃能力」も「反撃能力」も中身に変わりはない。

 ただ「反撃能力」というと、攻撃されてからでないと武力行使に踏み切れないニュアンスがあり、それだとこちらが壊滅的打撃を受け、反撃できなくなる恐れがある。従って敵が攻撃に「着手」の段階で、すぐ攻撃を行うというのが「反撃能力」である。

 その「着手」とは何か、その判断が難しい。判断を誤れば敵に「先制攻撃」の口実を与え、日本が国際法に違反したとして倍返しの攻撃を受ける可能性がある。さらに敵が攻撃に「着手」したように見せて日本を挑発し、日本に攻撃させてから、それを大義名分に本格的戦争を仕掛ける可能性もある。

 「着手」の判断は日本にとって死活的である。しかし日本に判断できる情報能力があるかと言えば、残念ながらないと言うしかない。日本にもインテリジェンス機関はあるが、海外の情報収集となれば、米国の情報力には到底及ばない。敵の「着手」の情報は米国に頼るしかない。

 米国の能力に頼って日本が判断を行うことになれば、極めて危ういことが起こりかねない。ウクライナ戦争を見て分かるように、米国は自国の兵士を戦地に送らず、他国を支援することで他国に戦争をやらせ、米国が潰したい相手を弱体化する戦術を採用するようになった。

 史上最長となった「テロとの戦い」に疲れ果てた結果、米国は中東での覇権を失い、その間に中国とロシアが影響力を強めた。そのためまずはロシアを弱体化させ、次いで中国との覇権争いに備えている。その米国の手先となったのがウクライナのゼレンスキー政権だ。何度も書いてきたが、ロシアを挑発して軍事侵攻を招いたのはウクライナ自身である。

 米国は「台湾有事」に備えているが、これもウクライナ戦争でロシアとの直接交戦を避けたように、中国と直接戦争するつもりはない。それをせずに中国を弱体化させるため、他国に戦争をやらせ、それを支援する形をとる可能性がある。

 直接の当事者は台湾だが、そこに日本を巻き込み、日本を前面に立てて自分は後方支援に回る。台湾と目と鼻の先にある尖閣諸島を巡り、日本と中国が緊張状態にあるのはその可能性を後押しする。

 ともかく国家の命運を決する「戦争」を、自らの判断ではなく他国の判断に頼って始めることほど愚かな話はない。「着手」の判断は、その兆候を事前に把握できたとしても、こちらが攻撃に踏み切るのは一瞬の判断である。それを日本だけでできると私には思えない。

 そもそもなぜ「反撃能力」を持つ必要があるか。「抑止力」になるからだという。戦争を防止するには2つの方法がある。1つは他国に日本は攻撃してこないと安心感を与えること。憲法9条を保持してきたのはそのためだ。もう1つは攻撃したら何倍もの反撃を受けると恐怖を与え、攻撃を思いとどまらせること。それが「抑止力」である。

 そこで敵に恐怖を与えるため、敵の基地に到達する射程の長いミサイルを持つことや、米国の巡航ミサイル「トマホーク」を購入することが検討されている。問題はそれで敵が恐怖心を抱くかどうかだ。

 敵とみられる国は、北朝鮮、中国、ロシアだが、いずれも核兵器を保有している。核兵器を持つ国が日本の通常ミサイル兵器を恐れるだろうか。通常ミサイル兵器の殺傷能力など核兵器に比べればまるで大したことはない。

 相手を恐れさせるのが「抑止力」なら、核ミサイルを持たなければ核保有国に対する「抑止力」にならない。まして日本は狭い国土に多くの原子力発電所を持つ。相手は通常ミサイルで原発を攻撃すれば日本に壊滅的打撃を与えられる。それを思いとどまらせることができるのは核ミサイルを持つことだ。

 それが日本にできるか。「非核三原則」があるのでそれはできない。そして日本がその気になっても米国が許さない。米国は米国の核で日本を守るという。しかしそれが「抑止力」にならないと思う事態が生まれたから、日本は「抑止力」を持とうとしているのではないか。

 それなら日本は「非核三原則」を撤廃し、自前で核武装するしか「抑止力」を持てないという理屈になる。しかしこれまで日本は「憲法9条」を守り専守防衛を行ってきた。日本が他国を攻撃しない安心感を与えることで平和を維持してきた。しかし今回は「憲法9条の枠内」で「抑止力」を持つという話になった。

 「憲法9条の枠内」だから武力行使は「必要最小限」とされる。相手を恐怖させるのが「抑止力」なのに、恐怖させない歯止めをかけるのだから、訳の分からない話になる。なぜこんなことが起こるのか。

 国民は憲法9条を守れば平和が保たれるというおとぎ話を信じ、自分の国は自分で守るという最低限の義務感を持たず、米国に安全保障の全てを委ねて何も危機感を抱かず、世界の現実を直視しないできた。

 それを利用して日本政府は、「憲法9条の枠内」と言いながら、米国に都合の良い政策転換を次々に行った。安倍政権は2013年に米軍との機密情報共有を強める「特定秘密保護法」、15年に日本の自衛隊が米軍を守る集団的自衛権行使を可能にする「安全保障関連法」を成立させた。

 「反撃能力」はそれに次ぐが、いずれも米国から要求されたもので、日本政府が独自に考えたものではない。そして「憲法9条の枠内」と言えば、国民が納得することを米国も日本政府も知っている。だから今回も武力行使は「必要最小限」とされ、抑止力と言いながら目的と反する訳の分からない話になった。

 日本国憲法9条1項は「戦争放棄」で、第一次世界大戦後に結ばれた「不戦条約」の平和主義を継承する。ただし「不戦条約」では他国からの侵略に対する自衛戦争は認められると解釈されている。

 問題は9条2項である。戦力不保持と交戦権の否定が盛り込まれた。これは日本が米国に2度と歯向かわぬようにするための条文だと言われる。当時日本を占領していたGHQのマッカーサー司令長官は、日本を「非武装中立国家」にしようと考えていた。

 日本には自衛戦争も認めず、侵略があれば米国が日本を防衛するつもりだった。そこでマッカーサーは「日本は東洋のスイスたれ!」と発言する。スイスは1815年に「永世中立」を認められてから、フランス、ドイツ、イタリアに囲まれているのに今日まで一度も戦争をしたことがない。

 ただしマッカーサーは勘違いを犯した。スイスは非武装中立ではなく武装中立で、どの国とも同盟を結ばない中立国である。スイスは今でも自分の国は自分で守るが、他国を攻撃しない専守防衛国家だ。

 国民全員が銃を持って戦う覚悟を示し、核兵器は持たないが国民を守る核シェルターを100%普及させ、農地が少ないのに食料自給率を高める憲法改正を行い、日本以上の6割自給を達成している。

 ともかくマッカーサーに「東洋のスイスたれ!」と言われながら、日本はスイスとはまるで逆の方向に歩み出した。冷戦が始まり朝鮮戦争が起きると、米国は一転して再軍備を要求するが、吉田茂は憲法9条を盾にこれを拒否、後方支援を行うことで戦争特需にありついた。

 その後のベトナム戦争でも日本は出兵することなく、戦争特需で大いに金儲けに励む。憲法9条は日本の経済成長の源であった。一方で戦力を持たず、交戦権もない日本は、米国に防衛を委ねて米国の従属国になるしかない。憲法9条と日米安保は裏表の関係だった。

 日本政府は国民に憲法9条を信じ込ませ、野党に憲法改正させない護憲運動をやらせ、米国が自民党政権に過度な軍事要求をすれば、たちまち政権交代が起きて親ソ政権が誕生すると米国に思わせた。それが日本を経済大国に導く「軽武装・経済重視」路線である。

 ところがソ連が崩壊し、冷戦構造が終わると、米国は日本に遠慮する必要がなくなり、軍事的に従属する日本から経済の果実を奪うことが可能となる。米国は日本経済にバブルを起こさせ、その崩壊と共に日本経済の中枢にあった銀行を破たんさせ、日本を「失われた時代」に追い込んだ。

 日本の経済成長の源泉であった憲法9条は一転し、日本経済から富を奪い、軍事的にも従属度を深化させる道具になる。沖縄総領事を務めた国務省のケビン・メア氏は米国人学生を前に「憲法9条は米国の経済的利益になるから変えさせない」と講演した。

 憲法9条2項を削除して日本が軍隊を持ち、交戦権を復活させれば、日本は自立できる。それは米国の利益にならない。だから安倍元総理の憲法改正案は2項を残し、それとは別に9条に自衛隊を明記するという。

 軍隊は対外防衛を担うので国際法で制約される組織である。しかし自衛隊は警察予備隊から始まり国内法の下に置かれ、各国の軍隊とは法制度が決定的に異なる。ところがその軍事力は米国、ロシア、中国、インドに次ぐ世界第5位である。憲法9条で戦力不保持とされているにもかかわらず、軍隊でない自衛隊が世界第5位の軍事力なのだ。

 その実態を国民はほとんど知らされていない。かつて米国議会を取材した私が日本の国会との違いを最も痛感したのは、議会に軍人が呼ばれて証言させられていたことだ。その応答から民主主義国の軍隊は国民の代表が集う議会に従属していることが良く分かった。

 議会が賛成しなければ予算は承認されず、軍の行動は常に議会に監視される。戦争の判断も議会が行う。最高司令官は大統領だが、軍にとっては議会の存在の方が大きい。ところが日本の国会に自衛隊幹部が呼ばれたことはない。野党が反対するからだ。そのため国民は自衛隊の実像を何も知らされていない。

 日本を従属させたい米国にとって、軍隊ではない自衛隊の方が都合が良い。それを憲法に明記することは日本を自立させたくない米国の思うままになることだ。日本国民はかつてのマッカーサーの「東洋のスイスたれ!」を思い出す必要がある。国民全員が銃を持ち、自分で自分の国を守る気概を示すが、他国を決して攻撃しない。あくまでも専守防衛に徹する。それこそが「抑止力」ではないか。

 ウクライナ戦争で世界的に軍拡の流れが起き、相次ぐ北朝鮮のミサイル実験に恐怖した日本国民は、防衛費の増額や「反撃能力」の保有に半数以上が賛成している。しかしこの機会に国家の自立と防衛問題を真面目に考えて欲しい。

 自民党内には防衛費増額を増税ではなく国債で賄うという馬鹿な話が飛び交っている。国防は国民が痛みを感じることでまともになる。他国に防衛を委ね、将来の子供たちに負担を負わせるなど、楽をしながらやるものではない。腐った国家にならないためには真剣に軍事を考える時が来たと私は思っている。

ジャーナリスト

1969年TBS入社。ドキュメンタリー・ディレクターや放送記者としてロッキード事件、田中角栄、日米摩擦などを取材。90年 米国の政治専門テレビC-SPANの配給権を取得。日本に米議会情報を紹介しながら国会の映像公開を提案。98年CS放送で「国会TV」を開局。07年退職し現在はブログ執筆と政治塾を主宰■オンライン「田中塾」の次回日時:5月26日(日)午後3時から4時半まで。パソコンかスマホでご覧いただけます。世界と日本の政治の動きを講義し、皆様からの質問を受け付けます。参加ご希望の方は https://bit.ly/2WUhRgg までお申し込みください。

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「フーテン老人は定職を持たず、組織に縛られない自由人。しかし社会の裏表を取材した長い経験があります。世の中には支配する者とされる者とがおり、支配の手段は情報操作による世論誘導です。権力を取材すればするほどメディアは情報操作に操られ、メディアには日々洗脳情報が流れます。その嘘を見抜いてみんなでこの国を学び直す。そこから世直しが始まる。それがフーテン老人の願いで、これはその実録ドキュメントです」

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