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自民党総裁選が先か衆議院選挙が先かの自民党内権力闘争

田中良紹ジャーナリスト

フーテン老人世直し録(597)

文月某日

 自民党は、菅総理の自民党総裁任期が9月30日で満了するのに伴い、自民党総裁選に向けた総裁選挙管理委員会を来週立ち上げることにした。

 菅総理は再選を狙うことを明言しており、自民党内では10月21日に任期が切れる衆議院議員の選挙と、この自民党総裁選のどちらを先にするかで日程を巡る駆け引きが五輪の裏側で本格化する。

 大衆が五輪に目を奪われている時に政治は駆け引きを活発化させるものである。それが国際政治の構図を動かすこともある。例えば2008年の北京五輪の開会式にロシアのプーチン首相(当時)が出席している時を見計らって、旧ソ連の衛星国のひとつであるグルジアがロシアと戦争を始めた。

 急きょ帰国したプーチンはロシア軍を指揮し、戦闘はロシア軍の圧勝に終わったが、国際社会はロシアに批判的になり、グルジアは親欧米路線を強めて国名を英語表記の「ジョージア」に変更した。戦争に勝利したロシアは国際的に孤立を深める結果になった。

 2014年に行われたソチ五輪では、西側各国の首脳が開会式を欠席した。ロシアが同性愛者の人権を認めないからだとされたが、それは口実で、五輪の最中にウクライナで親ロ派の大統領を打倒する大デモが発生する。それによりウクライナの親ロ派政権はひっくり返された。

 当時米国は五輪を観戦する米国人を保護する名目で黒海に軍艦を出動させている。五輪中に身動きの取れなかったプーチンは、閉会と同時にロシア海軍の本拠地がある黒海のクリミヤ半島を武力で制圧する。ロシア国民は熱狂的に支持したが、西側諸国はこの軍事介入を認めず、問題はいまだに尾を引いている。

 今回の東京五輪でも開会式の日程に合わせるように、中国の習近平国家主席がチベットを訪問した。中国の国家主席としては30年ぶりのチベット入りで、来年の北京五輪に外交的ボイコットが呼びかけられていることを意識した動きと見られる。

 ロシアは開会式の前日にロシア軍が北方領土で射撃訓練を行うことを発表し、また26日には択捉島にミシュースチン首相を派遣して免税特区を設けることを表明した。安倍政権時代に約束された共同経済活動が難航していることへの牽制と見られる。

 韓国と北朝鮮も動いた。トランプ前大統領との米朝首脳会談が決裂して以来、南北関係も対立が続いてきたが、文在寅と金正恩の間で関係正常化が合意され、昨年6月から中断していた通信ホットラインが27日に再開された。現在、北朝鮮は中国との連携を強化しており、対中包囲網作りに積極的なバイデン政権が朝鮮半島情勢にどう対応するか注目される。

 このように五輪に目が奪われている時に政治は駆け引きを活発化させ、それが時には大きな政治変動をもたらす。我々は五輪にそうした側面があることを忘れてはならない。

 ところで国内の話だが、これまでメディアは盛んに菅総理が東京五輪を成功させ、その勢いで自分の総裁任期が切れる前の9月に解散し、衆議院選挙に勝利すれば無投票で総裁選にも勝利できると解説してきた。

 その解説にフーテンはしばしば疑問を呈した。なぜならそれは東京五輪が成功することと、それによって衆議院選挙も勝利することを前提にしている。さらに自民党総裁選は無投票での再選というシナリオだ。

 東京五輪は成功するのか。衆議院選挙で自民党は勝利するのか。菅総理は果たして無投票再選を望んでいるのか。それらの疑問にこのシナリオは答えていない。これは東京五輪が中止されては困る人間が考えたシナリオだとフーテンは思った。

 東京五輪が中止されて困るのは誰か。「1年延期」を決めた人たちだ。中止されれば責任論が噴出して窮地に陥る。森喜朗氏によれば「自分は2年延期が良いと思ったが安倍さんが1年延期を決めた」ということだ。そしてそれに同意したバッハIOC会長も「1年延期」でないと困る。

 ところが自民党の二階幹事長は「無理だとわかったらスパッとやめることもある」という立場で「中止」をも視野に入れていた。菅総理は安倍前総理から「コロナ対策と東京五輪」という難事業をやり遂げることを条件に、去年の総裁選挙で安倍―麻生連合の支持を得た。

 「東京五輪までは支える」という安倍―麻生連合の支持の仕方は、裏返せば「中止にしたらそこで敵に回る」という脅しである。従って菅総理は今度の総裁選で再選されるには自民党議員の多数を擁する安倍―麻生連合を敵に回すわけにいかない。つまり東京五輪を中止にできない立場だった。

 しかし尾身茂分科会会長が言うように「コロナ禍で五輪を開催するというのは普通ではない」。菅総理は迷ったと思うが、「スパっと中止」の二階発言の時から、態度が固まったようにフーテンには見えた。

 中止はしないが「不完全な形」での五輪開催にするのだ。それまでは安倍前総理の言う「新型コロナウイルスに打ち勝った証しとして完全な形で開催する」というセリフを自らも踏襲したが、二階発言以後はそれを言わなくなった。つまり「完全な形」を断念した。

 それでなくともデルタ株の蔓延は「完全な形」での開催を困難にする。しかも何が何でも開催すると主張するIOC幹部の発言に日本国民は反発し、中止や延期を求める声が大きくなった。それを背景に菅総理は「無観客」を落としどころとする。

 最後の一押しは天皇の「懸念」であった。宮内庁長官が天皇の「懸念」を表明した記者会見の2日前に、菅総理は天皇と2人だけで面会したが、それが「無観客」への流れを作るポイントだったとフーテンは見ている。

 この「無観客」に安倍前総理支持者は反発した。産経新聞は「無観客」を「大失態」と書いて菅総理の責任を追及した。IOC幹部らも反発するが、しかし中止にしなかったのだからとやかく言われる筋合いはないと菅総理は腹の中で考えている。そして表では「できれば有観客にしたい」という顔をするが、おそらく有観客にはしない。それが菅総理のスタンスだ。

 そこで自民党総裁選と衆議院選挙の問題だが、この2つの選挙は投票する人間が異なる。総裁選は自民党員と自民党議員しか投票出来ない。一方の衆議院選挙は国民が投票する。菅総理の内閣支持率は過去最低と言われるから、国民が投票する衆議院選挙の方が、自民党員と自民党議員が投票する選挙より不利と考えられる。

 前述のシナリオは五輪に国民が興奮して菅政権に有利になるというものだが、国民が興奮することと菅総理を支持することは別問題だ。五輪終了後に内閣支持率が上昇する保証はない。むしろ重要なのは五輪よりも感染状況が五輪によって悪化するかどうかだ。悪化すれば支持率がさらに下がることもあり得る。

 菅総理が2つの選挙に勝利しようとすれば、総裁選の方が勝利の確率は高い。なぜなら五輪を中止しなかったのだから、安倍―麻生連合が菅総理以外の候補者を担ぐ理屈がない。安倍前総理は「ポスト菅」として岸田文雄、加藤勝信、下村博文、茂木敏允の名前を挙げるが、それがすぐ衆議院選挙の「顔」になるとは思えない。

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ジャーナリスト

1969年TBS入社。ドキュメンタリー・ディレクターや放送記者としてロッキード事件、田中角栄、日米摩擦などを取材。90年 米国の政治専門テレビC-SPANの配給権を取得。日本に米議会情報を紹介しながら国会の映像公開を提案。98年CS放送で「国会TV」を開局。07年退職し現在はブログ執筆と政治塾を主宰■オンライン「田中塾」の次回日時:5月26日(日)午後3時から4時半まで。パソコンかスマホでご覧いただけます。世界と日本の政治の動きを講義し、皆様からの質問を受け付けます。参加ご希望の方は https://bit.ly/2WUhRgg までお申し込みください。

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