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建前と本音を使い分け利益を塩梅するのが政治家の務め

田中良紹ジャーナリスト

 30日深夜に放送されたテレビ朝日系列の「朝まで生テレビ」の冒頭部分をたまたま見たら、司会者の田原総一朗氏が日韓対立を巡る日本外交に激しい怒りをぶつけていた。

 田原氏は「なぜ韓国経済が落ち込んでいる時にさらに経済を落ち込ませる輸出管理強化をやるのか。外務省はとんでもない大馬鹿だ」と机をたたいた。そして「政府がそういうことをやっても昔なら自民党が裏でうまく収めた。二階(幹事長)さんにそう言ったら、二階さんもその通りだと言った」。

 「だから二階さんに韓国側と話し合えと言ったら、官邸からやらないでほしいと言われたと言う。でも後になって二階さんはこっそり話し合いをした。今度安倍さんに会うから、安倍さんにも言うつもりだ」と田原氏は憤懣やるかたない。

 ところがゲスト出演していた政治家たちは全員が異口同音に「日韓請求権協定を破った文在寅政権が悪い」と安倍総理と同じ主張を繰り返す。これにも田原氏は激しく怒り、小渕総理と金大中大統領との日韓パートナーシップ宣言に至る過程を全く理解していないと政治家たちを批判した。

 昨今ではメディアに登場する評論家やジャーナリストも文在寅政権を叩くのが一つの流行になっている。なるほど戦争が始まる時とはこういうものかと私は私の知らない戦前に思いを馳せる。

 今回の輸出管理強化を打ち出したのは外務省ではなく官邸と経産省の合作である。冒頭に田原氏は「外務省は大馬鹿」と言って主体を外務省のように言ったが、田原氏も分かっているし、分かる人間には分かる。現実には外務省は表と裏で韓国側と接触を続け、鎮静化させる時期を探っていると思う。

 一方でゲストの政治家たちが繰り返した理屈は外務省の建前の理屈である。そして外務省は建前を主張し続ける立場にある。さらに言えば建前を言うのが官僚の仕事だ。しかし政治家が建前にこだわっていたら政治にならない。建前や理屈や正義を主張するだけなら政治家はこの世に必要ない。

 政治家の務めは建前と本音を使い分け国家の利益を得ることにある。国家の利益とは、相手を完膚なきまで叩きのめすことではない。いわんや隣国を叩きのめせば末代まで恨みが残る。ほどほどで手を打つのが政治である。その塩梅を見通す能力が政治家の資質というものだ。

 「朝まで生テレビ」に出演した政治家たちは放送されることを意識し、安倍総理と異なる意見を言わない方が良いと判断したのかもしれないが、全員が同じ主張をするのは薄気味が悪い。国論を一つにすることが利益になるとでも考えているのだろうか。

 安倍政権と朴槿恵政権の間で交わされた慰安婦合意は「最終的かつ不可逆的」とされたが、この合意は米国のオバマ政権が主導して結ばれたことから、日韓双方の国内に賛否両論があった。国と国との合意と言うが、韓国に朴槿恵政権を否定する文在寅政権が、米国にはオバマ政権を全否定するトランプ政権が誕生した。取り巻く環境はガラリと変わった。

 1965年の日韓請求権協定で「解決済み」と日本政府が主張する徴用工問題では、韓国の大法院がそれまでと異なる判決を下したことから、日本は国と国とが交わした日韓基本条約に反すると主張している。外務省の立場はそういうことで、それを主張し続けるのが役割である。

 しかしそのことと日本の立場を認めさせる目的で輸出管理を強化することとは話が全く違う。そしてそれは日本を不利な立場に追いやる。それに気づいた人たちは徴用工問題に対する報復ではないことを強調する。そこで安全保障上の管理の問題と理由を変えた。韓国の輸出管理がお粗末で北朝鮮やイランに軍事転用可能な日本の材料が輸出されているという。

 それならその証拠を示せば良いと思ったが、そうではなく韓国に輸出する日本の民間会社を日本政府がきちんと管理していない問題だと説明が変わった。日本の国内問題だから韓国が怒る筋合いではないというのだ。その背景には国際社会の目を意識して日本に不利にならないよう配慮した事情があると思う。

 つまり徴用工判決という歴史問題を貿易問題に絡めれば国際社会は日本を批判する可能性がある。しかし安倍総理も菅官房長官も、あるいは「朝生」に出演していた政治家も、テレビでコメントしている評論家もみな徴用工問題や慰安婦合意破棄が原因だと主張し、国民もみなそう思っている。

 しかし日本政府が「安全保障上信頼できない」を理由にしたことで、文在寅政権は信頼関係がないならGSOMIAを結んでいる理屈が立たないとなった。これに米国の国務省と国防総省は「失望」を表明したが、それは当たり前である。官僚機構は前例を踏襲するのが仕事であるし、米国が主導して日韓に結ばせた協定だからである。

 それを一部メディアのように米国は安倍政権の味方をして文政権を倒そうとしていると考えるのは誤りである。米国は日韓対立を不快に思うかもしれないが、どちらかの味方をしようとは考えない。自分の利益になることだけを見ている。それは政治のイロハである。

 それにGSOMIAもオバマ政権が主導したことだからトランプはそれも否定しようと考えているかもしれない。CNNを見ていてもGSOMIA破棄に米国はほとんど関心がない。日本のメディアだけが米国の怒りを報道する。これも戦争に突入する前のメディアとはこういうものかと私に思わせる。

 またGSOMIA破棄は韓国の国内で大統領側近のスキャンダルが大問題になっていることから、それから目をそらせるためだという報道もあるが、私はそれよりも朴槿恵政権がやったことをこの機会に破棄してしまおうと考えたように思う。米国を怒らせることは想定の範囲内で、むしろ米国をイラつかせることで在韓米軍撤退に結び付けたい。

 一種の賭けだとは思うが、トランプ大統領の再選戦略に朝鮮戦争の終結があるとみて、戦争終結ならGSOMIAは不必要になる。それを前倒ししただけだ。そもそも米国はクリントン政権時代に朝鮮半島の南北統一を考えたことがある。東西ドイツが統一して冷戦が終わった時、残された最後の冷戦体制が朝鮮半島だった。

 『ジャパン・アズ・ナンバー・ワン』(TBSブリタニカ)を書いたエズラ・ヴォ―ゲルが中心になって構想をまとめた。東西ドイツの統一を下敷きに統一にかかる費用を算出し、それを戦前に植民地支配した日本に出させようという構想だった。私はワシントンでヴォ―ゲルの講演を聞いた記憶がある。しかしクリントン政権はその後考えを変える。

 ジョセフ・ナイらが東アジアに10万規模の米軍配備の必要性を言い出し、そのためには中国と北朝鮮の脅威を宣伝する方が米国の利益になると考えられた。それがリチャード・アーミテージらの作成する日米ガイドラインとなって日米同盟強化の方針が図られるのである。こうして朝鮮戦争の終結は先送りされた。

 従ってトランプが金正恩と手を組むことを驚くことも、朝鮮戦争の終結に驚くこともない。米国はその時々に米国の利益を第一に考えて政策を作ってきたのであり、建前を言っていても突然に変わることは大いにありうる。そして日本を永遠の従属国にするため日本が近隣諸国と敵対する方が米国にとっては好ましい。建前では決して言わないが、それが本音である。

 これに対抗するには日本も建前と本音を使い分けながら利益を確保していくことが必要である。昔の自民党はそれが巧妙だった。国民に平和憲法を信じ込ませて野党に国民運動を起こさせ、米国が無理な要求をしてきたら日本は共産主義陣営に近づくと思わせて軍事負担を軽減し、朝鮮戦争を利用して経済大国への道を歩んだ。

 ベトナム戦争が負担となった米国が韓国の面倒を日本にも分担させるため、日韓国交正常化を要求してくると、「解決せざるをもって解決する」というとんでもない方法で歴史問題から領土問題まですべて有耶無耶にしながら、戦争で貧しかった韓国の経済成長を助けた。

 朝鮮戦争のおかげで日本は米国がフィリピン並みの農業国にしようとしていた境遇を免れたのだから、私は日本が韓国経済を助けたことは当然だと思う。それが今回は経済が落ち込むところを狙ってさらに落ち込ませようとした。そしてそれを相手の非が原因だと非難して国論を一つにしようとするが、それで得られる利益は何だろう。

 私には韓国に日本より中国、ロシア、北朝鮮との距離を縮め、自立の道を選ばせただけのように思える。仮にトランプの考える「朝鮮戦争の終結」が何らかの都合で方針転換するとしても、相手を完膚なきまで叩きのめそうとする姿勢は建前だけにした方が良い。今の日本に流れる空気は小児病的で政治的ではないと思う。

ジャーナリスト

1969年TBS入社。ドキュメンタリー・ディレクターや放送記者としてロッキード事件、田中角栄、日米摩擦などを取材。90年 米国の政治専門テレビC-SPANの配給権を取得。日本に米議会情報を紹介しながら国会の映像公開を提案。98年CS放送で「国会TV」を開局。07年退職し現在はブログ執筆と政治塾を主宰■オンライン「田中塾」の次回日時:5月26日(日)午後3時から4時半まで。パソコンかスマホでご覧いただけます。世界と日本の政治の動きを講義し、皆様からの質問を受け付けます。参加ご希望の方は https://bit.ly/2WUhRgg までお申し込みください。

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