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同盟に頼らずに平和国家を創る法

田中良紹ジャーナリスト

 G20大阪サミットはさながらトランプ大統領の独り舞台だった。中国の習近平国家主席に対しては少しだけ強硬姿勢をやわらげ貿易交渉を再開することがニュースの目玉になる。ロシアのプーチン大統領には「選挙干渉しないでくれ」と冗談交じりに言ったことがニュースになった。

 また北朝鮮の金正恩委員長にツイッターで「軍事境界線で会おう」と呼び掛けて注目を集め、いま世界で最も危ういイランとの軍事対立については何も語らない。G20を終えて韓国を訪れたトランプは南北軍事境界線で金正恩と会い、米国大統領として初めて北朝鮮に足を踏み入れる歴史的な一歩を印した。

 それから二人だけで会談を行ったが、非核化を巡る交渉が進展するのかは誰にも分からない。トランプは非核化という言葉を使わずに交渉再開を決めた。私にはすべてが来年の大統領選挙を意識したパフォーマンスに見えた。真面目に議論すべき問題を有耶無耶にして煙に巻くのがトランプはうまいのだ。

 そのトランプが日本に対し「日米安保条約は破棄しないが不公平だ」と見直しを迫っている。日米安保条約とは、米国が日本の領土の望む場所に、望む期間、望む兵力を駐留させる代わり、日本を防衛する義務を負うというものだ。

 基地の提供と軍事力行使は非対称だが、これまではそれで公平だと思われてきた。ところがトランプはそれが気に入らない。米国が攻撃されたら日本も軍事力で米国を防衛しろと言う。それなら日本も米国の領土の好きな場所を好きな期間だけ自衛隊に使わせてもらわなければならない。だがトランプの頭にそれはつゆほどもない。

 自国が攻撃を受けなくとも同盟国が攻撃されればその相手と戦争することを集団的自衛権の行使と言う。これまでの自民党政権は米国から要求されても憲法に反すると頑として拒んできた。ところが安倍政権は3年前にそれを受け入れた。

 押しても引かなかった日本が安倍政権に代わった途端に引いた。ディールの達人を自認するトランプはそれを見てディールの常道をやろうとする。押せば引く相手には、さらに押してさらに引かせようとするのである。

 それで押してきた。それを貿易交渉で譲歩させるための取引の一つと見る人が多い。それは甘い考えだ。何にでも使えるディールの道具をトランプは見つけたのだ。日本が米国を防衛するために武力行使などできないことをトランプは知っている。そして日本は日米安保条約がなければ自分の国を守れないと考えていることも知っている。

 だから「日米同盟」を揺さぶれば、日本は最後には屈服するとトランプは考える。トランプは安保条約を破棄しない。米国の国益にこれほど貢献する条約はないからだ。未来永劫にわたって日本の領土を望むままに使い、そのうえ軍事的にも経済的にも日本から利益を吸い上げることができるのだから破棄することはあり得ない。

 しかし日本政府はトランプが日米安保条約に無知だから誤解していると言っている。それも甘い考えだ。トランプは無知ではない。日米同盟の本質を分かっているからディールの道具に使おうとしている。「これまでで最も同盟関係を強化した」と安倍総理が自慢したことが裏目に出てきたのである。

 トランプは5月中旬にスイスの大統領を初めてホワイトハウスに招待し、緊張高まるイランとの仲介役を依頼した。国交断絶状態のイランで米国の利益代表を務めているのはスイスだからである。私は「永世中立国」のスイスが「永世中立国」であるがゆえに国際外交の舞台でなしえる役割があることを知った。

 興味を持ってスイスを調べると、同盟関係を持たないがゆえに第一次世界大戦にも第二次世界大戦にも巻き込まれず、ドイツ、フランス、イタリアに囲まれながら200年以上も平和を維持してきたことを知った。

 そして私の世代は子供の頃に「日本は東洋のスイスたれ」と教えられたことを思い出した。それを言ったのは占領軍のマッカーサーだが、子供心に「日本はスイスを見習い永遠に平和国家として生きろ」という意味だと思っていた。

 スイスが200年以上も戦争に巻き込まれずに平和を維持できた理由は2つある。1つはどの国とも同盟関係を持たず「中立」を貫いたこと。もう一つは「自分の国は自分で守る」ことを徹底したからである。つまり「武装中立」がスイスの国是なのだ。

 しかしマッカーサーは当初、日本を「非武装中立」にすることを考え、米陸軍省の再軍備計画に反対した。それに共鳴した吉田茂は日本国憲法を制定する昭和22年の国会で「非武装中立」の理想を所信表明演説で宣言する。

 これに共産党の野坂参三が噛みつき、国会で論戦になったのは有名な話である。共産党は自衛の戦争を否定することに反対した。社会党も日本経済が復興するまでの間の非武装に賛成したが、永世非武装を目指す考えはなかった。それがいつの間にか「非武装中立」を唱えるようになり、今では条件付きながら自衛隊も認めている。

 マッカーサーは日本の民主化と非武装を実現した後、日本から米軍を撤退させ、アジアの拠点を国民党政府の中国にする考えでいた。しかし国共内戦で国民党が敗れ共産党政権が誕生すると、駐留米軍を存続させて日本を「反共の砦」にする方向に傾いた。

 マッカーサーが「日本は東洋のスイスたれ」と発言したのは、中国に共産党政権が誕生する直前の1949年3月である。英国のデーリー・メール紙の幹部に対し、「米国は断じて日本を同盟国として利用するつもりはない。米国が日本に望むことは中立を維持してもらうことだ。戦争が起こった場合も米国は日本が戦うことを欲しない。日本の役割は太平洋のスイスになることだ」と語った。

 当時の新聞はそれを「日本中立を維持 マ元帥侵略には断固防衛言明」との見出しで伝えた。つまり中華人民共和国誕生や朝鮮戦争が勃発する前のマッカーサーは、日本に中立でいることを望み、侵略があれば日本が自衛するのではなく米国が防衛する考えだった。それが「日本は東洋のスイスたれ」の意味だった。

 今年はそれからちょうど70年目に当たる。私はもう一度マッカーサーの言葉を思い返す必要があると考える。それはその後の日本が全く逆の方向に進み、今では米国との同盟にしがみつき、それに対して米国が揺さぶりをかけ、軍事的にも経済的にも利益を吸い上げられそうになっているからだ。

 マッカーサーが日本に真似ろと言ったスイスは、国土面積が日本の1割程度で人口は800万人弱、資源は何もなく山だらけで農地も少ない小国である。ところが現在では一人当たりGDPは世界トップクラス、一人当たりの総所得は世界第2位、国際競争力は世界第1位に評価されている。

 国連が発表する世界幸福度ランキングでは北欧諸国に次ぐ6位、ちなみに米国は19位で、日本は年々順位を下げて今年は58位である。昔は産業もなく外国に傭兵を輸出するしかない貧しい国だったが、今では金融業、精密機械工業、化学薬品工業、観光業などで経済は豊かだ。

 1815年にどの国とも同盟を結ばない「永世中立」を認められてから、スイスは「自分の国は自分で守る武装中立」を国是としてきた。そのため20歳から30歳の男性は徴兵される。しかし外国を攻撃する武器は持たず、あくまでも自衛のための訓練を行う。兵役を終えれば予備役として民間の防衛組織に所属し国民皆兵で国を守る。

 スイスを侵略すれば利益より損失が大きいと思わせることが防衛の基本戦略である。軍事基地は岩山をくりぬいた地下に作られ、橋や道路やトンネルには敵の侵入を阻止するための爆薬が準備されている。敵が侵入すれば焦土作戦ですべてを破壊する構えを見せ、それを抑止力にしている。

 核戦争に対しても核の傘に入るとか自ら核を持つことをせず、すべての家庭に核シェルターを作らせ、核シェルターの普及率は100%に達する。政府が補助金を出すことでそれを可能にした。日本はそれとは対照的に核シェルターの普及率は0.02%、日本政府がサイレンを鳴らして国民に地下に逃げろと指示しても、どこにも隠れるシェルターはない。

 私は米国から高価なイージス艦やイージス・アショアを買うよりも、いざという時に国民を守るシェルター建設に予算を使うべきではないかと思っていたが、日米同盟を抑止力と考える日本政府は、スイスとは真逆の方向に日本国家を導いた。

 同盟に頼らないスイスは従ってEUにも入らない。つい最近までは国連にも加盟しなかった。中立を脅かされることを国民が極力嫌うからである。しかし偏屈に孤立しているわけではない。国連のPKO活動には積極的に参加する。ただし武力行使には関わらない。経済制裁には加わることもある。つまり柔軟に外交を行う。

 こうした政治的判断を支えているのは国民投票による直接民主制である。スイスは日本の九州程度の国土に26の州があり地方分権が徹底している。日本の徳川時代の「藩」と同じで税金や教育を自治体が独自に決める。また3万人以上の署名を集めれば議会が決めた法律を国民投票にかけ、反対が多ければ廃止することもできる。

 10万人の署名があれば憲法改正の国民投票も行われる。これまで160回の憲法改正を行い、最近では食糧安全保障を憲法に明記した。日本の食糧自給率が4割に満たないのに山だらけのスイスの自給率は6割を超える。値段が高くても自国の農産品を優先して買う意識が国民にある。

 私から見ると、抑止力としての焦土作戦は戊辰戦争で江戸を戦火から守るために勝海舟が考えた方法と同じであり、州の規模や分権の徹底は徳川幕藩体制の300諸藩を思い起こさせる。明治以来の中央集権の弊害を考えると、スイスのやり方はかつての日本となじみがあり、江戸時代が260年間平和であったように、200年以上も平和を維持していることも頷ける。

 しかし同盟を嫌うスイスと同盟にしがみつく日本は対極に位置する。何が違うかを考えれば日本はいつからか他力本願になってしまったのではないか。平和憲法を護れば平和でいられる。あるいは米軍がいれば安全でいられる。両方とも他力に頼るところがよく似ている。まるで念仏を唱えれば極楽に行けると信ずる宗教のようだ。

 日本の安倍総理は、米国とは同盟国、イランとは友好国という立場で、米イラン対立の仲介役に乗り出した。一方でトランプは「永世中立国」のスイスにも仲介役を依頼した。「同盟重視」の日本か「永世中立」のスイスか、どちらが仲介役として問題解決に寄与するか。これからの推移を見てみたい。それを契機に日本は自立して生きる生き方を少しは考えたらどうかと思う。

ジャーナリスト

1969年TBS入社。ドキュメンタリー・ディレクターや放送記者としてロッキード事件、田中角栄、日米摩擦などを取材。90年 米国の政治専門テレビC-SPANの配給権を取得。日本に米議会情報を紹介しながら国会の映像公開を提案。98年CS放送で「国会TV」を開局。07年退職し現在はブログ執筆と政治塾を主宰■オンライン「田中塾」の次回日時:5月26日(日)午後3時から4時半まで。パソコンかスマホでご覧いただけます。世界と日本の政治の動きを講義し、皆様からの質問を受け付けます。参加ご希望の方は https://bit.ly/2WUhRgg までお申し込みください。

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「フーテン老人は定職を持たず、組織に縛られない自由人。しかし社会の裏表を取材した長い経験があります。世の中には支配する者とされる者とがおり、支配の手段は情報操作による世論誘導です。権力を取材すればするほどメディアは情報操作に操られ、メディアには日々洗脳情報が流れます。その嘘を見抜いてみんなでこの国を学び直す。そこから世直しが始まる。それがフーテン老人の願いで、これはその実録ドキュメントです」

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