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自民国対委員長発言で7年前を思い出す

田中良紹ジャーナリスト

自民党の佐藤勉国対委員長は25日の記者会見で「集団的自衛権の憲法解釈変更を今国会中に行うのは困難」との認識を示した。また集団的自衛権行使のための立法作業を「秋の臨時国会で仕上げる事にならない」と述べた。解釈改憲に前のめりの安倍総理に水を差す発言である。

翌26日に石破幹事長は「予測を述べたもので、ブレーキをかける意味ではない」としながら、「国会会期を考えれば難しいかもしれない」と同調する姿勢を見せた。国会運営を司る国対委員長と幹事長がそのような予測を持っているとすると、安倍総理とは落差があるように見える。

まだ詳細が分からないので断定はできないが、私は7年前に安倍総理が当時の二階俊博国対委員長によって辞任に追い込まれた経緯を思い出した。安倍総理は病気で退陣したのではない。あれは自民党が安倍総理を辞任に追い込んだのである。

7年前の安倍総理は自民党にとって迷惑な存在だった。7月の参議院選挙で惨敗したにもかかわらず続投を表明したからである。選挙に負けた総理は責任を取って辞めるのが常識である。ところが子供じみた思考の安倍総理は負けを認めず、自分にはまだやるべき仕事があると続投を表明した。

参議院選挙の惨敗は「ねじれ」を生み、安倍総理が国際公約したインド洋での海上自衛隊の給油活動は11月で期限切れになる可能性があった。海上給油を継続するには「テロ特措法」の延長が必要だが、参議院での否決が確実となり、衆議院で再議決するには、60日間の時間的余裕がなければならない。

つまり11月までに「テロ特措法」を延長するには、8月中に衆議院でいったん可決し、参議院に送らなければならなかった。ところが二階国対委員長は8月中の臨時国会召集に頑として応じなかった。安倍政権は選挙惨敗を受けて内閣改造を行う事になっていたが、二階氏は新たに選ばれた大臣が国会で答弁できるようになるには時間がかかると言って反対した。

またこの時には奇妙な話がメディアに流れた。大臣を任命するための「身体検査」に時間がかかると報道されたのである。大臣を任命する際、不都合がないかどうかをチェックする事を「身体検査」と呼ぶが、それに時間がかかるはずはない。警察には日頃から政治家のスキャンダル情報が集められていて、新たに情報を集める必要などないからである。

ところが「身体検査」に時間がかけられ、8月中の国会召集が見送られて、安倍総理は万事休すとなった。そのまま総理を続ければ、自らが国際公約した海上自衛隊の給油活動を自らの手で停止する羽目になり、世界中に恥をさらす事になる。

その間に新たに防衛大臣に就任した小池百合子氏がアメリカを訪問し、事もあろうにチェイニー副大統領やライス国務長官と会談した。防衛大臣のカウンターパートは国防長官であり、これは異例の待遇である。アメリカが安倍総理に見切りをつけ、他の人物を次期総理と考えて面談するのを見せつけるような会談であった。

それでも安倍総理は臨時国会で所信表明演説を行うまで辞めなかった。しかしおそらく上の空の状態だったと思う。そして所信表明の2日後に突然辞任を発表した。あとさきの事を考えない子供のような辞任劇は前代未聞の醜態だった。7年間の雌伏を経て再び返り咲いた安倍総理を見ると、第一次内閣での失敗を教訓にしている。

政治的力量のない小池百合子氏は徹底して冷遇するが、自分の首を切った二階氏にはその逆鱗に触れぬよう最大限の敬意を払っている。そして失敗の大きな理由は行財政改革で官僚機構と対立した事とアメリカの不信を買った事にあると考え、霞ヶ関とアメリカの言うなりになろうとしている。

第一次安倍政権では渡辺嘉美氏を行革担当大臣に霞が関改革をやろうとして霞ヶ関から見放された。それに懲りたのか、今回は行革担当大臣に安倍チルドレンと呼ばれる稲田朋美氏を起用して霞ヶ関の言いなりになっている。アベノミクスの「三本目の矢」である成長戦略が評価されないのは、官の思い通りになっているからである。

アメリカにもこれでもかというほど迎合する。中国包囲網を形成し、日本版NSCを作り、集団的自衛権の憲法解釈を変更して気に入られようとするが、しかしそれは一方的な片思いに過ぎず、ネオコン路線からの転換を図ろうとして、ダブルスタンダードの政治を行っているアメリカは、子供じみた単純思考に辟易させられている。

そうした中で自民党国対委員長が「?」と思わせる発言をした。佐藤氏は去年の臨時国会を安倍総理の言う通り「成長戦略実行国会」と位置付けていたが、全く成長の「セ」の字もなく、日本版NSCと特定秘密保護法案の審議一色となり、国対委員長としてはまるでメンツをつぶされた。

この通常国会も「好循環実現国会」と銘打ちながら、安倍総理は集団的自衛権の憲法解釈変更の議論に終始している。国会を軽視するかのような安倍総理の姿勢は、国対委員長無視を意味する。かつて国対委員長と言えば政治の要であり、総理の腹心が担うポストであった。そして総理の寝首をかく事が出来るポジションである。実際に二階俊博国対委員長は安倍総理を辞任に追い込んだ。その時と状況は変わっているが、国対委員長の発言が政局のきっかけとなることは十分にあり得るのである。

ジャーナリスト

1969年TBS入社。ドキュメンタリー・ディレクターや放送記者としてロッキード事件、田中角栄、日米摩擦などを取材。90年 米国の政治専門テレビC-SPANの配給権を取得。日本に米議会情報を紹介しながら国会の映像公開を提案。98年CS放送で「国会TV」を開局。07年退職し現在はブログ執筆と政治塾を主宰■オンライン「田中塾」の次回日時:5月26日(日)午後3時から4時半まで。パソコンかスマホでご覧いただけます。世界と日本の政治の動きを講義し、皆様からの質問を受け付けます。参加ご希望の方は https://bit.ly/2WUhRgg までお申し込みください。

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