日本からの旅行者が激減 台湾現地コーディネーターが模索する「新しい旅の形」

台湾から届く「台湾彷彿セット」はECサイトでも人気の品(写真提供:青木由香)

18万人が308人になって決めた転換

「台湾のことを忘れないでほしい、と思って」

 こう語るのは、台湾在住歴17年になる青木由香さんだ。青木さんといえば、台湾リピーターや台湾好きの間では知らない人はない、現地コーディネーターである。2003年に台湾にやってきてからずっと、台湾旅で訪ねておきたいスポット、厳選された品々、そして独特のカルチャーを、その研ぎ澄まされた視点で伝え続けてきた。

 台湾旅行のコーディネートとして手掛けた企画は数えきれない。最新では、ちょうど新型コロナの問題が本格化してきた4月頭に発売された『CREA』の特集「おいしい、台湾。」では、茶芸館、かき氷、おやつ、アンティーク、ビールから日用品まで、幅広い素材の紹介を手掛けた。

 しかし、その号の発売された4月、日本から台湾にやってきた人は、わずか308人だった。

 308人になる前、日本から台湾へ向かう人の数は、2010年に1,080,153人、2019年2,167,952人。この10年で倍にまで増加していた。去年の数字でいえば、ひと月に約18万人、1日で約6,000人が日本から台湾に来ていた計算になる。

 裏を返せば、それだけの人数が来られなくなった。そして、その激減は、即座に青木さんを直撃した。ビジネスに大幅な転換を迫るほどに。

 青木さんは、2015年から台北でセレクトショップ「ニイ好我好」を経営している(ニイは人偏に尓の異体字)。敏腕コーディネーターが厳選した台湾の品物を扱うとあって、開店当初から注目を浴び、日本人観光客の多くがここを訪れてきた。コロナ禍で状況は一転する。

 「このままじゃだめだ、変わらなきゃ」と、具体的な危機を感じたのは、新型コロナウイルスの影響で台湾全土の学校で新学期を遅らせる騒ぎになった今年2月。年明けに2店舗目となる場所を借りたばかり。店舗の家賃は倍以上に膨れ上がっていた。冒頭に紹介した雑誌『CREA』刊行前、ほかの雑誌も台湾特集を組む予定だったのが、急遽取り止めが相次いで聞かれた時期である。方々に相談して回り、商品の在庫をできるだけ抱えないようコントロールし、具体的な対策を練り始めた。

一ノ矢、オンラインのECサイト開設

 対策の矢は現在、次々と放たれている。

 まず、2店舗目は5月にオープンした同じ月、オンラインのECサイトを始めた(サイトはこちら)。リアルからネットへの販売チャネルの拡大である。ネット上の店舗であれば、たとえ人が来られなくても、日本から注文することができるし、台湾から品物を届けることができる。

取り上げたメニューの一つが、台湾家庭料理のド定番、トマトの卵炒め。シンプルだけど意外に難しい。参加者は各自先生の前で実演し、味と手順が実感できる。(撮影筆者)
取り上げたメニューの一つが、台湾家庭料理のド定番、トマトの卵炒め。シンプルだけど意外に難しい。参加者は各自先生の前で実演し、味と手順が実感できる。(撮影筆者)

 さらに翌月、在台者向けの料理教室を開講した。味には折り紙付きの台湾料理店のスタッフを迎え、店で料理を教えるスタイル。味はもちろん、できるだけ簡単で、それでいて、自分で再現できるようにと、先生と一緒にメニューを相談し、準備を整える。参加者の中には、リピーターも出てくるほど、人気が出た。

 「料理教室で、なんとか店の家賃だけは捻出できるようになった」と息を注いだが、まだ教室に出るスタッフの人件費、水道光熱費などが賄えるわけではない。おまけに、リピーターといっても在台日本人は全部合わせて2万人ほど。従前の来台者と比べたら、母数の違いは歴然だ。

続く、二ノ矢、三ノ矢。

 次の矢として準備しているのは、新商品とYouTubeチャンネルだ。

 7月初旬、青木さんが新商品の生産者を訪ねると聞き、同行させてもらった。

 台北から車を30分ほど走らせて到着したのは、包種茶の生産で有名な新北市坪林地区。この地域で茶葉の生産が始まった日本統治時代から茶行を営む「祥泰茶荘」と、今回の新商品でタッグを組むことになった。

 店に到着してすぐ、4代目の馮明中さんがお茶を淹れてくれた。びっくりするぐらいおいしい。その味を表現する言葉が見つからないのだが、聞けば、馮さんはお茶のコンテストで金賞を受賞するほどの腕前。

何気ない手つきだが、実はいろんな計算がされている。あまりにおいしくて、筆者も買い求めた(撮影筆者)
何気ない手つきだが、実はいろんな計算がされている。あまりにおいしくて、筆者も買い求めた(撮影筆者)

 「85度のお湯で入れると、カフェインの流出が30%ほど抑えられるんです」と、研究者肌の馮さんが開発しているのは、GABA茶。GABAの成分によってリラックス効果が見込めるという。説明を聞いていた青木さんは言う。

 「お茶はすごく好きで、いろいろと習ってもきたんですけど、体質的にカフェインがだめなんです。でも今日は本当によく眠れるかどうかで、GABA茶の良し悪しが判断できそうです」

 一緒に茶畑に向かった。店よりも高度に開かれた茶畑は、周囲と違って、しっかり手入れされているのが見て取れる。その足で今度は加工工場に向かった。泊まり込みで焙煎を行う工場は、器具が丁寧に片付けられている。

 「お店の茶葉、大きなビニール袋に入っていたでしょう? 一般のお茶屋さんでは、大きなステンレスの缶に入っていることが多いんです。湿気を吸いやすいビニールに入れた状態でも大丈夫ということは、あまり時間がかからずに出荷できている証ですね」

 青木さんはこの訪問で、茶の味だけでなく、店の人たちの人となり、経営状態などにも、大いなる確信を得たようだ。

 茶の手配を終え、目下、商品パッケージの製作を進めている。茶葉を入れる箱のサイズ、デザイン、梱包まで一つ一つ、手抜かりがないように進めると、時間はどんどん過ぎていく。だが、日本のお客様に向けてアナウンスできる日は近い。

 「今度のパッケージには段ボールを使おうと思っているんです。そしたら、サイズが小さすぎて扱ってくれるところがなかなか見つからない。見つかった後も、ああじゃない、こうじゃないとやりとりを重ねています」

 青木さんが紹介する品々は、人の移動が封鎖された今、宝の持ち腐れとなっている。店に来る人がないのなら、自分から情報を届けるしかない。オンラインサイトはそのような考えのもとに開設されたが、写真と文字だけでは、どうしても限界がある。そこで準備している矢が、YouTubeチャンネルである。

 「台湾に住んでいる人が、今、台湾のお店を紹介する記事とかアップしていて、YouTubeでも、いろんなお店を動画で紹介しているチャンネルがある。でも、今の問題は『来られない』ことそのものにあると思うんです。だから、うちのチャンネルでは、台湾の空気感を届けることに注力したいと思っています」

四ノ矢はオンライン配信

 YouTubeチャンネル開設だって、簡単なことではないのに、さらに続く矢も準備している。それが、オンライン配信による料理教室と街歩きツアーだ。

 実店舗で受講者を目の前にした料理教室を開催したことはすでに触れた。それを、今度はオンラインで日本の人たちに届けたい、と青木さんはいう。

 「でもね、テスト配信をやってみたら、もう、全然だめだったんです。失敗して、しばらく立ち直れないくらいショックを受けました。すぐにできると思ってたんですよ。甘かったですね。だけど、何を改良すべきかはわかった。街歩きツアーは、それとはまた別でやりたいなと思っています。うちの店があるエリアは、台北でも最も古い地域。ゆっくり紹介していこうと考えています」

四本の矢が変える旅の形

 日本のトップクリエイターの間で名高い「ほぼ日刊イトイ新聞」で青木さんは「青木由香の台湾一人観光局ほぼ日支所」というコラムを持つ。そのプロローグでほぼ日の担当者が次のように書いている。

数カ月後、私は再び台北に遊びにいくことになりました。最初の時とは別の友人と一緒に。その友人が台北にもってきていたのが、青木由香さんが書かれたガイドブック、「好好台湾」でした。その本を活用しながらの台北の旅は、前回の台北の旅の様子とは一転しました。(略)奇跡のように「ハズレくじ」をひかずにすごしすぎて途中で友人と「こんなによくていいのか!」と不安になったくらいのすばらしい旅でした。そのとき、私にとっての台湾は、「それなりに楽しい旅ができる国だな」というものから「またすぐに来たい国」になっていたのです。つまり、ガイドブック一つで旅の質がガラリと変化する体験をしてしまったのです。

出典:青木由香の台湾一人観光局ほぼ日支所プロローグより

 海外旅行が解禁になったら、まず台湾に行きたい--リピーターからは、そんな悲鳴にも似た声が聞こえてくる。だが、それまで可能だったビザなし渡航は、今も封鎖されたままだ。

 台湾には、国際便を運航する空港が2か所ある。8月31日段階で、台北松山空港から羽田空港に向けて予定されていた便は7便あったが、運航されたのは1便だけ。桃園国際空港からは、予定では10本あったのがこれも1便に減便されていた。台湾から日本へのビジネス渡航は解禁されたが、9月8日現在、なおも14日間の隔離が必要とされている。

 これまでは、自らが現地へ足を運ぶことが旅だった。ただ、そろそろ皆、気づいているはずだ。以前と同じ旅をすること自体、難しいということを。これまでは、店の住所と商品、そして写真とマップがあるガイドブックが、旅の水先案内人を務めてきた。それも、この先、同じやり方は通用しないということを。

 今、青木さんがやろうとしているのは、誰もやったことのない、現地へ行かない旅のあり方だ。

 台湾の品々を手元に求め、台湾料理を習って自分で手作りし、街の様子を一緒に歩くような気分を味わう。リアルな旅との差は少なくない。ただ、体験のありようは、さまざまな形が考えられる。青木さんが模索しているのは、まさにそのありようだ。

 9月初旬、1号店の閉鎖を決め、10月には閉店イベントをやることにした。「少しでも買ってもらえたら、在庫が楽になるんです」という。

 誰もやったことのない旅の形を模索する、青木さんのチャレンジはこれからも続く。このチャレンジが花開くよう心から願うばかりだ。