「台湾の選挙」はハンコで投票 日本との違いを台湾在住のライターが解説

2018年の選挙当日の投票所。投票項目が多く、長い長い行列ができた。(撮影筆者)

台湾の選挙

 台湾で総統の直接選挙が行われるようになったのは、1996年のこと。戦後、1987年まで戒厳令の敷かれていた台湾が言論の自由を得て、民主化の道を一気に駆け上るターニングポイントとなる。その96年の選挙で選出されたのが、日本でもよく知られる李登輝氏だ。

 選挙前になると、投票のお知らせと該当地区で立候補している候補者の名前、顔、政策案などがまとめられた選挙公報があわせて各戸に配布される。当日は用紙と身分証、印鑑を持参し、指定された投票所へ行って投票する。投票所は地区によって異なるが、学校が多いようだ。

 また日本は候補者の名前を直筆で書くスタイルだが、台湾はちょっと違う。投票用紙には、候補者の写真がついていて、候補者の番号、写真、名前が書かれた欄が並び、票を投じる相手の欄にハンコを押す。つまり、日本のように名前を書かないのだ。投票所に写真が用意されているのは、識字に課題を抱える人への配慮。ハンコの位置が判別不能、あるいは2つ以上の欄に判の押されたものは無効とされる。

 日本の制度と少し違う点として挙げられるのは、期日前投票がないこと。そのため、普段は中国大陸やアメリカで働いている台湾人も、投票のために台湾に戻ってくる。この戻ってくる人たちの数が、投票率にも大きく影響するといわれる。

 投票後は即日開票で、おおよそその日のうちに大勢が判明する。ニュースチャンネルでは、日本と同じように選挙報道が行われ、どこの選挙区でどのくらいの得票を得て誰が当選したかが伝えられる。

台湾の選挙運動

 選挙期間中、日本と大きく違う点として顕著なのは、ポスターだろう。

 日本では公職選挙法で選挙ポスターのサイズや設置場所が定められている。ポスターの掲示場所は、公設掲示板、選挙事務所、演説会場などに限定されている。サイズは国政選挙が400×420mm、地方選挙では420×300mmとなっている。つまりはA3サイズだ。

3つのビル壁面を使ってアピール。台北市内で。(撮影筆者)
3つのビル壁面を使ってアピール。台北市内で。(撮影筆者)

 台湾にも、公人を選ぶための「公職人員選舉罷免法」があり、ポスターに関する規定がある。そこには「政党及び何人も道路、橋、公園、機関(構)、学校、あるいはその他公共の施設及びその用地において、スローガン、看板、旗、布などによる選挙もしくは罷免の広告物を掲げてはならない」(第52条。筆者訳)とある。公共の場所でなければよいということで、サイズも設置場所も多様なポスターが見られる。

交差点の両脇に並ぶ看板。右は無所属候補、左は国民党候補。嘉義市内で。(撮影筆者)
交差点の両脇に並ぶ看板。右は無所属候補、左は国民党候補。嘉義市内で。(撮影筆者)

 選挙が近づくと、ビルの壁面はさまざまに変化する。違うビルを使って総統候補から当該地区の立法委員候補まで見せる形や、道の両脇のビルを活用して対立候補のポスターが貼られていた。

 今回の選挙で見かけたのは、バイク隊だ。日本では選挙カーは走るけれど、バイクは見かけたことがない。これもまた、バイク利用の多い台湾ならではの応援方法だと感じた。幟を立てて列をなして走る様子に、台湾と日本の交通手段の違いはこんなところにも現れる。

列をなして嘉義市内を走るバイク隊。(撮影筆者)
列をなして嘉義市内を走るバイク隊。(撮影筆者)

 

緑と青、そして赤

 一般に台湾の政党は、色で言い表される。緑は民進党(民主進歩黨)の色、藍は国民党(中國國民黨)の色だ。党名の替わりに色で言い表す場面は実に多い。ちなみに色の由来は党旗にある。「深緑」もしくは「深藍」と言うが、これは「民進党の熱烈な支持者」もしくは「国民党の熱烈な支持者」という意味。筆者は台北の大学院に通っているのだが、教授陣は授業でも選挙や候補者の話題に触れるし、聞いていればどちら派なのかはわかるほどだ。だが、そのように政治的話題をタブー視しない姿勢は、若い世代に一定の目線を示唆することにもなるため、むしろ大事なことかもしれない、とも思う。

 ただ、こと友人や夫婦ともなると、この種の色の話題は微妙なようだ。知人に夫が青、妻が緑という夫妻がいるが、選挙前には必ず大きめのケンカになるという。歴史的な背景や立場、認識の違いなどがあるためだとはいえ、やはり簡単ではない。

 2000年の総統選挙から台湾中央部を分断する濁水溪という名の河川を境に「南緑北藍」といわれていたが、2014年秋に行われた選挙で一転、一概にそういえない情勢となってきた。

 というのも、最近では中国大陸系の支持を得ている層を「紅」つまり赤と称する風潮も見られ始めている。特に台湾の世界遺産ともいわれるタロコ渓谷など巨大観光地を抱える花蓮は、民進党が政権を握って以降、中国からの観光客が激減し、大きな打撃を受けている。国民党の地盤でもある場所で、国民党の立候補者は、中国からの観光客招致に力を入れると訴えた。

休暇に遅刻にスキャンダル

 今回、現総統で民進党の蔡英文氏と戦う最大の対抗勢力は、野党国民党推薦の韓國瑜氏である。韓氏は現役の高雄市長だ。2018年11月に行われた市長選挙で当選を果たし、19年6月に総統選に参戦。市長の立場は休暇を申請した上で、総統のイスを獲得すべく選挙運動を行っている。

 この韓氏、とにかく話題に事欠かない。

 市長に就任してすぐ、市議会における質疑の態度が話題になった。日本の議会でものらりくらり回答はよくある話だが、質問に少しも触れずに論点をずらして切り返す様子は、日本のものとは種類が違う気がした。

 日本との関係でいえば、自民党の訪問団との面会に遅刻した挙句、その次にあった台湾研究者の訪問には急に場所変更を連絡してきて相手が遅刻したと言わんばかりの発言をする始末。ちなみに、同じ党の重鎮をアポ無しで訪問したこともある。

 年末には、夫人ではない女性にマンションを買い与えていた上に、数度に渡る海外渡航が暴露され、窮地に追い込まれている。高雄市民からは、罷免運動が起こり、総統のイスどころか、市長のイス、そして家庭人としてのイスも失いかねないと囁かれている。

 休暇申請については、台湾の法的に問題があるわけではなく、先例も多々ある。ただ、市長就任から総統選参戦までわずか半年だったため、成果らしい成果のないまま出馬、というタイミングが疑問視された。

 率直にいって、この人が日本で議員をやっていたら、スキャンダルが出た時点できっと総理大臣候補から下ろされただろう。それを続行させているのは、適当な人材が見当たらないともいえるだろうし、よくいえばそれも許す度量の深さかもしれない。筆者は居留権のみで台湾国籍を持たないため、言ってみればひと事ではある。だが、そういったやり取り含めて、台湾の人たちが「どんな人を選ぶのか」が重要なのだ。

台湾で感じる政治との距離感

 前回の総統選が行われた2016年1月16日。蔡英文率いる民進党が圧倒的な勝利を決めた。それまで政権を握っていた国民党の候補者、朱立倫は完膚なきまでに叩きのめされ、早々と敗北を宣言した。

 その日の朝、投票する家人に同行し、投票所となっている近所の小学校へ向かった。マンションの入り口でお隣さん家族に会う。「投票行った? うちは今、終わって戻ってきたところだよ」とご主人が言う。家人が「これからです」と答えて会場へ向かった。着いてみると、訪れた人たちが学校のアチコチでおしゃべりしていて、ざわついている。投票が始まってだいぶ経つというのに、投票箱の設置されている教室には、長い行列ができていた。家人が投票を終え、校門を出ると、介護タクシーがちょうど車椅子用のリフトを車内に戻しているところだった。そういえば車椅子のおばあちゃんとすれ違ったのを思い出した。

 それでも終わってみると「台湾史上最低の投票率」だった。各種報道では 66.72%という数字が伝えられた。だが、この数字を日本で見るなら、2009年当時の衆議院選挙で鳩山由紀夫氏率いる民主党が大勝し、308議席を獲得した時の投票率が69.28%だった。台湾の史上最低と、日本の政界再編だと盛り上がりを見せた回の数字が互角という違いを思わざるを得ない。

 さらに、昨年から続く香港の抗議行動は、台湾でももちろん報道されている。「台湾は第二の香港だ」として危機感を募らせる声は小さくない。政治が日々の暮らしにどれほど影響するかを台湾の人たちはヒリヒリするような感覚で持っている。

 一方、日本はどうだろう。筆者は団塊ジュニア世代で、日米安保も安田講堂も、年齢を重ねてから知った出来事だ。「投票は大事」だといわれるし、頭では理解できるものの、日本では、日常生活の中で政治を論じる機会は多くなかった。周囲に気軽に「投票行った?」と声をかける、「どこに投票する?それはどうして?」と、無理強いではなく誰もが口に出す機会があったら--と想像せずにはいられない。

 ともあれ、注目の投票は明日1月11日。結果含めて今後の行方に注目したい。