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台湾最高峰ビル「台北101」、年越しカウントダウン花火の舞台裏

田中美帆台湾ルポライター
前回は初めて花火とスポットライトで構成された(写真提供:台北金融大樓股フン公司)

年越しの一大イベントの始まり

 台湾最高峰のビル、台北101。台北市内のどこにいても、市の東側に座すそのスタイリッシュな姿は、紛れもなく台北のランドマークだ。台湾ではイーリンイーという名で親しまれるこのビル最大の目玉イベントが、大晦日から元旦にかけて放たれる年越しの花火だ。

 大晦日の夕方6時を回ると誰もが101のある東へ向かう。周辺では7時から年越しライブが始まり、この日のために設置された簡易トイレは長蛇の列ができる。夜が更けるにつれ、トイレにたどり着くのさえ難しくなる。101周辺にあるMRTのいくつかの駅は人で埋め尽くされ、あちこちに整理員が立つ。エリアは交通規制がなされ、車両は進入禁止。そして、巨大な歩行者天国ができあがる。

 「これほど大がかりな花火が始まったのには、日本とも深い関係があるんですよ」と話すのは、101を運営する会社の副社長で広報を担当する劉家豪(リウ・ジャーハオ)さんだ。

101広報担当の劉さんは、台湾の男性誌でも取り上げられるほどファッショナブル(撮影筆者)
101広報担当の劉さんは、台湾の男性誌でも取り上げられるほどファッショナブル(撮影筆者)

 101ビルは、ブランドショップが並ぶショッピングエリアと、企業が入居するオフィスエリアに分かれている。建築の複雑さも相まって2つのエリアの完成には時差が生まれた。2003年12月31日、先に完成したのはショッピングエリア。それから遅れること1年、タワーも含めたオフィスエリアが完成した。

 「台北101としてすべてが完成した、それを祝うために2005年の0時を回った瞬間に30秒の花火を打ち上げました。つまり我々にとって完成祝いでした。ところが年が開けると、『今年もやるよね?』と期待の声が聞こえてきて、本当に驚きました」

 その声に押される形で、次の花火が計画されたのだという。だが、当然のことながら問題になったのはコストだ。

 「実に幸運だったのは、ソニーさんとの出会いでした」

 折しも、2005年8月にデジタルハイビジョンテレビ「BRAVIA」を発売し、テレビ部門の巻き返しを図ろうとしていたソニーから、スポンサードを受け、花火開催の資金が調達できたという。実際にその年、花火を打ち上げた101の壁面には「HD1080 SONY」と表示され、大いに人目を引くことに成功した。

 「最初の打ち上げ時間は30秒でしたが、今では約5分にまで延びました。おまけに、花火は建物の4面すべてに設置しますからね。2016年末は5,000万台湾ドル(=2億円弱)かかりました。この費用を一企業がすべて賄うには、あまりにも負担が大きすぎる。それで台湾観光局からの補助と、スポンサー企業を募ることで、一度も途切れることなく花火を続けてこられました」

 「建物」と「観光」、この2つが結びつくには、101ができた経緯を遡らねばならない。

そもそも101とは、どんな建物なのか?

 そもそも101はどういう経緯で建てられたのか。

 101のある台北・信義地区を副都心にする開発計画が持ち上がったのは、1970年代のこと。94年に民進党の陳水扁氏が台北市長になり、「台北をアジアのマンハッタンに」というスローガンが定められた。マンハッタンといえば、いわずと知れた高層ビル群である。

 こうして計画段階では30階にすぎなかった建物が、台湾一どころか、世界一高い建物を目指すことになった。当時、台湾には、台北市内に地上51階建の新光三越ビル、南部の高雄市には地上85階建の高雄85ビルがあった。それを超える高さが目標とされ、結果として完成したのが地下5階、地上101階、高さ508mの101、というわけだ。完成から3年の間は、まぎれもなく世界最高峰のビルだった。

 101のオフィスエリアには、台湾証券取引所のほか、世界各地の銀行や証券会社など、常時100社を超える企業が入居する。1日の利用者数は平均1万2,000人。そして、劉さんが所属する建物全体の運営会社は台北金融大樓股フン公司という(フンは「人分」で1字)。日本語なら、台北金融ビル株式会社である。

 「弊社は、台湾で初めてBOT方式でこのビルの運用を任されました。70年後には市政府へ返却することになっています」

 BOT方式とは、「build, operate and transfer」の頭文字から名付けられた土地の運用方法を指す。「外国企業が相手国から土地を提供してもらい、工場などの施設を建設して一定期間運営・管理し、投資を回収した後に、相手国に施設や設備を委譲する開発方式」(デジタル大辞泉)とある。101は、台湾最大手の通信会社・中華電信など台湾企業10社が共同で投資会社を設立し、市政府から土地を借り受け、建設運営する。劉さんは続ける。

 「与えられた70年の間の、我々の大きなミッションの一つが“Branding TAIPEI to the World”です。世界中の人に台北という街を知ってもらうこと。台北101には、このような使命があるのです」

左はショッピングエリア、タワーの展望台からは360度の台北が広がる(撮影筆者)
左はショッピングエリア、タワーの展望台からは360度の台北が広がる(撮影筆者)

超高層ビルの放つ花火が注目される理由

 Branding TAIPEI to the World--101のミッションは花火によって果たされている、といっても過言ではない。

 「超高層ビルを利用した花火は世界中でも初めての挑戦です。その上、101建設当時は、世界一の高さでしたし。今となっては高さでは世界一ではなくなりましたが、この高さでの花火は類を見ないと自負しています」

 世界最高の高さから放たれる花火は、1年に1度きりの特別なショーだ。台湾のケーブルテレビ各局で生中継されるし、今ではネットで過去の花火の様子だって見ることができる。だから意地悪な言い方をすれば、いつでも観賞できる、ともいえる。だが、劉さんはこう言い切る。

 「テレビやネットの前で見るものとはまったく異なります。何より、花火を横で見ている人が大勢いる。去年は約150万人が来場しました。その瞬間を一緒に体験する人がそれほどたくさんいるわけです。その体験を“特別な瞬間”と感じた世界各国のメディアが、報道するわけですよね。素晴らしい、と。そのうち一生に一度はカウントダウンを過ごしてみたい場所として選ばれ、世界中から台北にやってくる方が出てきました」

101のバルコニー部分に置かれた花火の先からは市内が見える(写真提供:台北金融大樓股フン公司)
101のバルコニー部分に置かれた花火の先からは市内が見える(写真提供:台北金融大樓股フン公司)

花火が実施されるまで

 その特別な瞬間は、どのようにして準備されているのだろうか。おおよそのスケジュールは次のようだ。

 3月 花火制作チームのアプライ締め切り

 5月 花火制作チームのプレゼン締め切り

 6月 花火制作チームとテーマの決定+スポンサー探し

 12月 花火の運び込み、テスト開始

 台湾では例年、秋口になると台湾メディアによる花火の実施について報道が続く。多くは、計画に対する予算確保が十分でなく、実施が危ぶまれる内容だ。以前は筆者も誤解していたのだが、花火は最初から実施が決まっているわけではない。「実際、これまでに何度もやめようと言う話が出ました」と劉さんは告白する。

 さらに、今年のアイデアは複雑な内容を予定している。そのため、取材した11月初旬も、観光局とも検討を重ねていた。

 「超高層ビルからの花火というのは変わりませんが、毎年、新しいやり方に挑戦することにしています。今年の花火が成功すれば、台北有史以来、初めてのことになると思います。何しろ、すごいアイデアですからね」

 検討事項には、安全性確保も含まれる。理由は、花火を実施する12月31日から翌1月1日にかけての天候にある。

 「12月の台北というと、1年のうちでも東北の季節風がかなり強い時期にあたります。そのため、設置するバルコニー部分から花火が落ちないよう、しっかりと固定している必要があります。また、高湿度で雨も多い時期です。季節条件として万全とはいえない状況、かつ、この高さで花火をコントロールしなければなりません」

 通常、花火大会というと海辺や川辺で行われるが、それは火の危険性を考慮してのことだ。水辺なら落ちても水の中だが、101は違う。

 「我々の場合、落ちた先には人がいます。ですから、水辺と同じ大型のタイプの花火は使えません。その上、絶対に失敗が許されない。『ちょっと待って、もう一度最初からやらせて』なんてできません。時間は待ってくれませんし、世界中が見ているわけですから」

 当日の運営には、300人のスタッフが、101に入居する企業の業務に影響を与えないよう最大限の配慮をしながら、かけがえのない時間を皆で迎える準備をしているのだ。

その年のコンセプトにあわせて花火の位置や角度、量が変わるため、入念なテストが行われる(写真提供:台北金融大樓股フン公司)
その年のコンセプトにあわせて花火の位置や角度、量が変わるため、入念なテストが行われる(写真提供:台北金融大樓股フン公司)

2018年の主催者おすすめスポット

 ようやく実施の決まった今年の花火だが、劉さんからとっておきの情報を2ついただいた。

 1つめは、101の内側からも花火を見ることができるという。世界最高峰の高さでしか見られない花火の姿とあって、売り出されるチケットは例年、あっという間に完売する。

 「実は2008年に台北101で迎える日の出というチケットを発売し、日本の多くの方に買っていただいたことがあります。ただ、残念ながら大晦日から元日の天気リスクが高すぎる、ということで、この企画は取りやめになってしまいました。今回のチケットは、ぜひ多くの方に買っていただきたいですね」

101の内側から見た花火の様子。ここでしか見られない貴重な景色だ(写真提供:台北金融大樓股フン公司)
101の内側から見た花火の様子。ここでしか見られない貴重な景色だ(写真提供:台北金融大樓股フン公司)
ビルから吹き出す花火(写真提供:台北金融大樓股フン公司)
ビルから吹き出す花火(写真提供:台北金融大樓股フン公司)

 2つめは、花火を見る位置について。ネット上では、101の花火をどこから見るか、メディアや個人のブログも含め、さまざまな人が絶好のロケーションを提案している。通常、101の隣駅にある標高183mの象山は、花火の観賞スポットと推薦されるのだが、今年は違うと劉さんは言う。

 「今年は、ぜひ101の北側で見てください。101の北には、市政府、Wホテル、大直、内湖などがあります。強調しておきたいのですが、それ以外の方角だと、今年のハイライトは見られませんので、ご注意ください」

 今年の花火を北側から見るか、内側から見るか想像を巡らせながら原稿をまとめていた11月末、大きなニュースが飛び込んできた。それは日本の伊藤忠商事が、台湾企業から101の株式取得のために交渉を進めている、という内容だ。花火のスタートにも大きく関わった日本企業の存在だが、これからの花火の行方にも大きく関与することになりそうだ。

台湾ルポライター

1973年愛媛県生まれ。大学卒業後、出版社で編集者として勤務。2013年に退職して台湾に語学留学へ。1年で帰国する予定が、翌年うっかり台湾人と国際結婚。上阪徹のブックライター塾3期修了。2017年からYahoo!ニュースエキスパートオーサー。雑誌『& Premium』でコラム「台湾ブックナビ」を連載。2021年台湾師範大学台湾史研究所(修士課程)修了。

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