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竹渕慶 Goose houseからソロへ、そして「違うフェーズに入った」現在地――何を思い、歌うのか

田中久勝音楽&エンタメアナリスト
写真提供/Bard

一年三カ月ぶりの新作に込めた思い

竹渕慶の一年三カ月ぶりの新作が届いた。デジタルEP『Songs for You』が12月8日に配信リリース(11/24「The Rose」のカバーを先行配信)をリリースする。

Goose houseのメンバーとして活動を始めて今年で13年。Goose house、そしてソロとしてメジャーデビューしてから来年10周年を迎える前に、制作や活動環境を変えて新たな一歩を踏み出した竹渕が、誰もが知る名曲のカバーとオリジナル曲を通じて自身と改めて向き合った。そこには剥き出しの竹渕慶、全てを曝け出した歌が輝きを放っている。アーティストとしての出発点となったGoose house時代から現在地までを振り返ってもらいながら、『Songs for You』という作品に込めた思いをインタビューした。

「Goose houseでとにかく鍛えられた。あの時間があったから今がある」

まず竹渕のキャリアを語る上で欠かせない、7年間在籍したシンガー・ソングライターユニットGoose house時代を振り返ってもらった。当時の日本では珍しかったコライト集団の中で「とにかく鍛えられた」と語るあの時代、竹渕にとってはどんな時間だったのだろうか。

「チームに分かれて何曲も作って、それをとりあえず全部テーブルの上に広げて、自分達の作品が選ばれるか選ばれないかはわからないまま作り続けるということを、ずっとやっていたので本当に鍛えられました。やっぱり自分のチームの作品が選ばれたいじゃないですか、だから他のチームの動向も気になりながら、自分たちの切り口、個性を必死で探って戦っていました。でもその時間があったから今がある。そう思っています。Goose houseってYouTubeでずっと一発録りで生放送をやっていましたが、今人気の『THE FIRST TAKE』より私達の方が早かった!って思いました(笑)」。

「先へ先へとがむしゃらに走っていた」

7年間で名曲を500曲以上カバーし配信していたGoose houseのYouTubeチャンネルは、当時国内最大級の音楽系チャンネルとして幅広い世代から支持された。

「YouTubeもそうですけど、当時シンガー・ソングライターユニットという形態も他にはなくて、時にはこれでいいのかなって不安やもどかしさを感じながらも、先へ先へとがむしゃらに走っていたんだなって。一曲のカバーに対して10時間くらい練習して一発録りに臨む、毎日その繰り返しで、それを何年も続けてきて改めてミュージシャンとして鍛えられたと思いました」。

「ずっとグループとしてのメッセージを書いてきて、ソロになった当初は何を歌っていくべきかという不安があった」

2018年、竹渕はGoose houseを脱退しソロとして活動をスタートさせる。ソロアーティストとして楽曲を作っていく中である“違和感”を感じたという。

「それまではグループとしてのメッセージを書いていたし、グループの中の竹渕慶として何を書くかというスタンスだったので、一人になった時に何を歌っていくべきかという不安はありました。ずっと絆や仲間の大切さを感じているからこそ生まれてくる言葉を歌ってきていたので、突然一人になった時に悩みました。最初は考え過ぎずに、自分から出てくるものを素直に書いていって、だから自分の身の回りの人を思い浮かべながら作った曲が多くなったりしました。今、4年位経って個人的で内向きだった歌が、少しずつグループ時代の外向きのスケールの大きな内容も踏襲して、そのバランスが自分的にも心地いいし、しっくりくるってやっと思えてきたところです」。

コロナ禍で感じたこと

2019年にはソロツアーを行なったり、インドネシアやマレーシア、アメリカなどの海外イベントにも精力的に出演するなど、活発な動きで多くのファンに歌を届けてきた。しかし新型コロナウィルスのパンデミックの影響で、他のアーティストもそうだったように竹渕も不自由な活動を強いられ、精神的にもきつい時期があった。

「YouTubeやSNSを通じてみなさんとコミュニケーションもとれるし、断絶された感じとか孤立してる感じとかはあまり感じませんでした。ただライヴができなくなっていく中で、今自分が歌うことを辞めたとしても、困る人がいるのかなってその存在意義を考えてしまいました。やっぱり所詮音楽は娯楽なのかなって感じてしまって、もしかしたら他の道に行った方がいいのかな、と思ったこともありました。でもYouTubeがあったおかげでコンテンツを配信し続けることができて、私と同じように悩んでいる人がたくさんいることもわかって、その方達から『慶ちゃん歌ってくれていてありがとう』という声をたくさんいただくことができました。そうやって支えて合っていける土台というか、そういう場所を今まで作ってきていたんだということを実感したし、歌い続けていくべきなんだなって、精神的に落ち込んだた時があったからこそ、そう思えました」。

「待っていてくれる方がいるって、改めて凄いことだなって思います」

試練を乗り越えて“強く”なって自身を“更新”した竹渕は、2022年3月に東京と大阪のビルボードでライヴを行なった。しかし客席の声出しは制限され、今年5月に行なったライヴ「竹渕慶INNER CORE〜Heartbeat〜」(代々木・LIVE STUDIO LODGE)で3年半ぶりに客席と一緒に歌い、コール&レスポンスを楽しんだ。この日を待ちわびていたファンの思いが会場に充満していた。竹渕はメッセージを込めた新曲をたくさん届けた。繊細で強くて、聴き手の感情を揺さぶる歌、表現力はさらに破壊力を増していた。

「ファンの方と周りの方にもたくさん助けていただき、背中を押していただきステージに立つことができました。本当にみなさん温かくて。待っていてくれる方がいるって改めてすごいことだなって思いました。歌えることに感謝しました。もちろんGoose houseに所属していたおかげもあるし、そこを離れても待ち続けてくれていた、楽しみに待っていてくれるみなさんのお陰だと改めて強く思いました」。

「今、グループ時代とも、ソロになった時ともフェーズが違うところに来ている感じがしていて」

シンガー・ソングライターとして進化を続ける竹渕は、12月8日にリリースするデジタルEP『Songs for you』では、ベッド・ミドラー「The Rose」、レオン・ラッセル「A Song for You」、サイモン&ガーファンクル「Bridge Over Troubled Water」、レナード・コーエン「Hallelujah」など、世界中の歌手がカバーしている名曲をカバー。シンガーとしての部分を強調し、自分の声、歌と改めて向き合っている。

「環境や制作の体制も変わって、2023年のうちに何か作品を出したいという気持ちが強くなって。来年33歳になりますが、グループ時代とも脱退してソロになった時ともフェーズが違うところに来ている感じがしていて。一人の女性として、これから改めて竹渕慶として何を歌っていくべきなんだろうって考えました。それで、ルーツミュージックや歌を歌い始めた頃に立ち返ってみると、結局自分が言いたいことは点が線になって今につながっていると思いました」。

幼少期を過ごしたLAの教会で歌った時、歌うことの素晴らしさに触れ、それが原点であり今も原動力に

竹渕は小学生の時に過ごしたLAの教会で、初めて人前で歌い、歌の素晴らしさに触れ、それが歌手としての原点になっている。

「小学生の時に住んでいた時、クリスマスに教会で『きよしこの夜』を一人で歌う機会があって、緊張のあまり途中で声が出なくなって号泣してしまったんです。でも聴いてくれていた人たちが『本当に天使の歌声だった。素晴らしかったありがとう』って言ってくれて。フォローしてくれるというよりも、心からの言葉だったと思うし、そう信じることができたし、歌ってすごいなって感じたことが私の歌うことの原点なんです。あれがなかったら歌っていなかったというくらいの経験でした。なので原点回帰という意味を込めて、今回のEPの中の唯一のオリジナル曲に『Voice of an Angel』というタイトルを付けました」。

「歌って、上手い下手ではないということを、実体験として肌感覚で感じさせてもらえたことが、歌っていくきっかけになった」

「ライヴでいつも感じるのが、目には見えないけどお客さんと私の間には何かある気がしていて。その感覚を一番最初に感じたのが、教会での出来事でした。あの時はみんなが間にある何かを一緒に見ているというか。声は鳴っていなくても歌いたいと思っている気持ちや、聴こえないものを聴こうとする気持ちが溢れていたと思います。歌って、上手い下手ではないということをそこで知ることができたというか、実体験として肌感覚で感じさせてもらえたことが、歌っていくきっかけになりました。決して上手くない歌だとしても、号泣するほど感動する歌ってあるじゃないですか。そういうことを思いながら今も歌っています」。

ライヴはアーティストとファンの感情を交感する場である。感じ合うことで感動が生まれる。竹渕にとっての原点回帰は、幼少期の教会での体験であり、「英語であり、カバーをすごくやってきたこと、生で一発録り、そういうキーワードが浮かんできました」。

「ソロになった時カバーを封印することも考えた。でもカバーすることで得た表現や引き出しもある」

ソロで活動している現在、Goose houseに在籍していた時代とは違ってシンガー・ソングライターとして、他のアーティストのカバーをすることへの躊躇はないのだろうか。

「Goose houseはシンガー・ソングライターの集まりだったので、当時からそれはみんな感じていたことでした。でもアーティストのカバーアルバムもたくさん出ているし、『THE FIRST TAKE』の影響もあったかもしれませんが、プロがカバーをすることって恥ずかしいことではないというか、アーティストへのリスペクトだったり、別の価値観が生まれることの尊さがあると思っていて。当時とは考え方も変わってきていると思います。ソロになった時も、カバーは封印した方がいいんじゃないかって思ったこともありました。でも自分をここまで世間に知らしめてくれてたのは、やっぱりカバーのおかげだし、カバーをし続けてきたからこそ手に入れることができた表現とか引き出し、感覚もある。それは今の自分にとって切っても切り離せない過去だから、封印するのは意味がないことだと思いました。ソロになって発表した作品で、今回のようにたくさんカバー曲を入れることはなかったのですが、でも原点ということを考えると英語で歌う、今だからこそ伝えたい曲を選びました」。

エディットなしの一発録りでレコーディングした新作

今回竹渕はピアノの鶴谷崇と共にスタジオに入り、エディットなしの一発録りに挑戦した。

「実はレコーディング当日まで録ったままを出すということを知らなくて、でも今までやってきたことの集大成というか、やっている時は怖さもなくいつも通りの感じで歌えたので、ちゃんと点は繋がるんだなって思いました」。

「完璧じゃない私も感じて欲しかった」

歌が恐ろしいくらい剥き出しになっている。しかし竹渕の今の気持ち、これまでとこれからを強く感じることができる歌だ。

「だから完璧じゃないんです。いつもだったら気になるところがあったら歌い直しますが、今回は本当はもっと伸ばしたいのに切れてしまったり、震えているところとかもあって、でもそれが逆に新しいというか、自分としても『このパーフェクトではない状態の曲を出せる自分ってかっこよくない?』ってちょっと思ったり(笑)。先ほども出ましたが、上手い歌だけが心を打つわけではないし、パーフェクトなアーティストさんなんていないし、聴いてくれている人たちにリアルを見せるというか。私も決して完璧ではないというころを感じて欲しいです」。

「The Rose」は昔、母親と観た映画で聴いて以来大好きな曲で、祖父の告別式でも歌った大切な曲だ。

「祖父にライヴを一度も観てもらえていなかったので、母に、何か歌って送ってあげなさいと言われ、最初は『Amazing Glace』とかかなと思ったのですが、母がこの曲がいい、と」。

「誰にでも自分では気づいていないいいところがある。そこに気づいて欲しい」

「The Rose」、「A Song For You」、「Bridge Over Troubled Water」、「Hallelujah」という、不安しかない現代社会に生きる全ての人に、今だからこそ届けたい曲を全てを曝け出して全身全霊で歌った。そして原点を思い出して、レコーディング直前に制作、完成させた日本語のオリジナル曲「Voice of an Angel」で、自分の言葉でメッセージを発信している。

「教会のエピソードもそうですが、自分には見えていないけど他人には見えている自分のいいところが誰しもあって、そのことに気付けていない人が多いと思うんです。自分の知ってる自分が全てで、人のいいところばかりが気になる人が私も含めて多いと思います。私自身が周りの人達から、自分の見えていないところを教えてもらったし、みなさんにも気づいて欲しいと思って曲にしました」。

12月23日ワンマンライヴ「Kei’s Attic 2023 Christmas~屋根裏部屋からメリークリスマス~」開催

2023年12月23日(土)には、ワンマンライヴ「Kei’s Attic 2023 Christmas~屋根裏部屋からメリークリスマス~」を渋谷duo MUSIC EXCHANGEで行なう。

「カバーもオリジナルも含めて、曲数は今までのライヴで一番多くなりそうです。昔住んでいた実家に屋根裏部屋があって、そこは私と家族の思い出の品がたくさん置いてあったんです。思い出に繋がるような感覚があって、秘密基地のようなその空間が好きでした。だからこのライヴは心の中にしまっている思い出とか、ノスタルジックな気持ちになるものを、私の音楽で一緒に見返すというか思い出す、そんな時間になったらいいなと思ってこのタイトルにしました。来年も色々と企んでいることがあります(笑)。皆さんの前に立つ機会がたくさんあると思うので楽しみにしていてください」。

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音楽&エンタメアナリスト

オリコン入社後、音楽業界誌編集、雑誌『ORICON STYLE』(オリスタ)、WEBサイト『ORICON STYLE』編集長を歴任し、音楽&エンタテインメントシーンの最前線に立つこと20余年。音楽業界、エンタメ業界の豊富な人脈を駆使して情報収集し、アーティスト、タレントの魅力や、シーンのヒット分析記事も多数執筆。現在は音楽&エンタメエディター/ライターとして多方面で執筆中。

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