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三遊亭兼好 今観るべき落語家の矜持。「噺家は作家、演出家の一人三役。どこか欠けているから続けている」

田中久勝音楽&エンタメアナリスト
写真提供/BSフジ

今チケットが獲りにくい落語家の一人、三遊亭兼好が芸歴25周年を迎えた。軽妙な語り口の、その明るく華やかな高座で観る人全てを兼好ワールドに引き込む。観る人の想像力を絶妙にくすぐる高い表現力で、爆笑へといざなう。今観ておくべき、聞いておくべき江戸落語を代表する表現者にインタビューし、現在地とこれからを聞かせてもらった。

「コロナ禍を経てお客さんのありがたさを改めて感じる」

2019年、20周年を迎えた際のインタビューでは「あっという間、まだまだこれから」と語ってくれたが、すぐにコロナ禍となってエンタメの世界も状況が一変し、それを経ての25周年をどんな思いで迎えたのだろうか。

「我々の場合は芸歴が30年40年っていう先輩がたくさんにいらっしゃいます。定年がない世界で生きてるので、15年、20年はぼんやりしていてもすぐに来てしまいます。なので25周年といってもそんなに感慨深いものはないけれど、個人的に飽きっぽい性格なので、25年続けることができている仕事があるのは嬉しいですね。コロナ禍を経て、お客さんというのは本当にありがたいということを改めて感じました。コロナ前5~6年は、落語界が一番元気でした。若い人の中ではブームになっていたし、とにかく幅広い層のお客さんが観に来てくださって、どの寄席も会場も活気がありました。お客さんが来るのが当たり前の状況になっていました。でもそれがピタッとなくなった時には、お客さんのありがたさをものすごく感じました」。

「お客さんがますます落語家を選ぶ時代になった」

しかしコロナ禍で一度止まってしまったファンの足は、以前とは様子が変わったという。

「ある程度規制が緩和されたら、必ず落語を見に行くというお客さんも、今まではその会に一人でも知っている落語家が出演していれば観に行く感じだったと思いますが、今は明らかに“選ぶ”ようになったと思います。若いファンの方は、配信などで色々な落語家と出会い、その中から好みの落語家を見つけ、年配の方は、一回外に出なくなったら出づらくなっていると思います。なのでこの状況で毎回ある程度のお客さんを集めることができる噺家は、もちろんそこに至るまでの本人の努力もあると思いますが、相当すごいと思います。落語会自体もだんだん変わってきて、独演会といえば必ず夜でしたが、今は昼間の方がお客さんが入ったりします」。

兼好も各地で独演会を行なっている他に、二人会や三人会など様々な落語会で一年中引っ張りだこだ。ホームページでスケジュールを見ると、毎日どこかで喋っている。アウトプットばかりでインプットする時間はあるのだろうか。

「仕事を選ばないので(笑)、毎日のようにどこかで喋っています。インプットは日々できています。電車に乗っていても買い物していても、例えばおばさんが何か喋っていればそれだけで面白いです。この間もコンビニで買い物をしてレジに持って行ったら、店員さんが私が買ったもの袋に入れながら『袋要りますか』って聞いてくるんです。彼女は笑わせようと思ってなくて、本気なんです。そういう話を拾って面白くするのが我々の仕事なので、インプットということに関してはそんなに苦労しないです」。

「芸人目線ではなくサラリーマン目線で物事を見ることができるのは、芸をやる上でプラスになっている」

軽妙にしかしズバッと世相を切る時世ネタから古典落語へと入っていくが、このマクラが観客から圧倒的な共感を得、爆笑の渦に巻き込み、古典落語の世界にスッといざなってくれる。切れ味鋭い時世ネタのマクラは、元サラリーマンで28歳の時に落語界の門を叩いたという兼好の、物事を見る視線、切る視点が、我々と変わらないからだ。

「例えばニュースを見た時、芸人目線ではなく、いまだにサラリーマンの視線で見る方が多いので、そこは変わっていないし、芸をやる上ではプラス、強みになっていると思います。ものすごく捻くれた見方、考え方をしていないところが他の芸人とは違うのかもしれません。お客さんの心をある程度掴むためには2つ方法があると思っていて、喋ったことに対して『ほー、そんな見方があるんだ』というお客さんに特別感を感じてもらう方法と、私の場合は多くの人がなんとなくモヤモヤ感じていることを、言語化することで喜んでもらっていると思っています」。

「これから身体を鍛えて、今まで通りの喋りができるように努力するのか、身体に合わせて話を変えるのか、迷い時」

1970年生まれの53歳。芸歴25年、そして真打ちになって15年。ベテランの域に入ってきた自身の現在地をどう捉えているのだろうか?

「私の感覚では、70歳過ぎるとベテランで、62~3歳から70にかけてくらいの師匠が重鎮と言われている。よりしっかりした落語ができるという意味では、64~5歳から70までの間だと思います。一番面白いのは、やっぱり55~6歳から65歳くらいまでの10年がまさにあぶらが乗ったという言い方ができるのはないでしょうか。最初にも出ましたが、落語界には引退がないので私はまだまだ若手扱いなんです。それこそ会によっては下っ端です。でも世間的にはそれなりの年齢なんですよね。なのでそこのギャップが自分の中にもあって、まだまだ諸先輩方の域にいっていないので、そんなに落ち着いてはできない。といって若々しくやろうと思っても、今度は身体がついていかない(笑)。明らかに喋るスピードは落ちているし、ブレスも変わってきていて。今までだったらひと息でここまで話せたのが話せなくなってきているし、それが影響して、それまでここで笑いが取れたのに、というところでとれないこともあります。逆に全然意識してないところで笑いがとれたり、なんでここで笑ってもらったのかがわからない時もあります。ちょうどこの何年かがそういう時期なんです。だから自分が今まで稽古をして培ってきた話し方ができなくなってきているんです。自分の息が長く続くように、身体を鍛えて努力をするのか、身体に合わせて話を変えていくのか、迷い時でもあります」。

「10年、20年後も今のスタイルから変わらないと思う」

三遊亭兼好が理想とする“型”とは?

「私も含めて多くの落語家が目標にした偉大な師匠、三遊亭圓生師匠や金馬師匠、古今亭志ん生師匠、柳家小さん師匠等にはそれぞれ“型”がありますが、その師匠たちも、落語家になって40代くらいから、俺はどういう落語家になるんだろう、どのあたりにいくんだろうなって思いながらやってきたのだと思います。ところが例えば立川談志師匠も三遊亭円楽師匠は40歳くらいから頭角を表してきて、その時からさほど変わらず亡くなりました。今、柳家権太楼師匠にしろ、古今亭志ん輔師匠もみなさん50歳前くらいから変わっていないんですよね。春風亭昇太師匠なんて、もっと歳とってくださいよっていうくらいお元気だし(笑)、柳家喬太郎師匠も落ち着くかと思ったら、ますます落ち着かないじゃないですか(笑)。なので自分も基本的には今のスタイルから変わらないのかもしれません。誰かを目標にするとか、例えばこの人が若かった頃にすごく似ているから、ここにいけば間違いないというのがないんです」。

「落語家は、演者であり作家であり演出家。いつもどれか納得いかない部分があるから続けられる」

兼好の高座は、軽妙で切れ味鋭いマクラから客席を一気に、しかし自然に江戸の街へと連れ出す。着物と羽織、そして扇子と手拭い、そして喋りと表情、所作だけで、江戸の風情を感じさせる。誰も江戸時代に生きたことがないなのに、そこにいる全ての人が江戸の街の空気や匂いまでを感じている。落語は気楽に楽しめる娯楽であると共に総合芸術でもある。それを、プロデュースし、自ら演じるのが噺家だ。音楽シーンでいうとシンガー・ソングライター兼プロデューサーだ。

「作家と演出家と演者の3つをひとりでやっているので、いつもどこか納得いかない部分があるのがいいのだと思います。作家の自分がいて、それを演出家として演出する。でも演者として納得いかない部分が出てくる。そうやっていつもどこか欠けているので飽きずにできていて、3つがピッタリはまっていたら、自分としては続いていなかったかもしれません」。

「お客さんファーストの高座を心がけている」

高座で一番心がけていることとは?

「もちろんお客さんに喜んでもらいたいといつも思っています。自分がやりたい噺をやるのがお客さんも一番嬉しいだろうと思う演者と、お客さんこれが聞きたいんだろうなというのを察して、合わせる演者とに分かれると思います。どちらかというと私は後者のほうだと思います。喬太郎師匠のように、今日のお客さんが明るい話を期待しているってなればなるほど、暗い話をしたりする噺家もいます(笑)」

豪華ゲストを迎え、25周年記念公演『まるっと兼好』を開催

その柳家喬太郎を始め、人気落語家をゲストに迎え25周年記念公演『まるっと兼好』を10月25日東京・きゅりあん大ホール(ゲスト/柳家喬太郎)、29日福島・御蔵入交流館文化ホール(ゲスト/春風亭昇太)、11月27日東京・銀座ブロッサム中央会館ホール(ゲスト/立川志らく)で開催する。

「あるアーティストからこんな話を聞いたことがあります。その方がオーケストラとコンサートをやる時、最初はオーケストラに負けないように頑張らなければと思っていたけど、回を重ねるごとに、オーケストラの素晴らしい演奏があればこちらが多少どうなっても、お客さんには満足してもらえるはずと思えるようなったと。それからは気持ちがすごく楽になって、パフォーマンス自体もよくなったそうです。今回も私が何かしくじったとしても、これだけのゲストの方々がいれば、お客さんは全然面白くなかったと思って帰ることはまずないと思うし、そう思うと気持ちが楽なって楽しくできると思います。ゲストの師匠方のファンの方にも、兼好の落語も面白いじゃないないかというより、やっぱり落語って面白いんだなって思っていただくことが大事です」。

「落語界には面白い先輩、後輩がたくさんいる。その存在を世の中に発信したい」

落語界全体をもっと盛り上げたいという思いが強い。得意のイラストやエッセイの連載も一人でも多くの人に落語に興味を持って欲しい、落語の楽しさを知って欲しいという思いが込められている。

「そういう気持ちが強くなったのはここ5年くらいです。それまでは自分のことで無我夢中でした。でも最近は落語界全体を見ると先輩も後輩も面白い人が多いということに気づいて、こんなに面白い人たちがたくさんいるので、それが伝わる場を作ったり、お客さんが色々と興味を持ってくれればもっと広がる、という思いは強いです。若い人たちもたくさん観に来て下さいますが、若い人達は他にやることも楽しみもいっぱいあるので、ワッと増えてその人たちがずっと残るかというと、そうではありません。『俺、結構落語見るよ』という若者も、大体2年に一回くらいしか観ていない人が多いと思います。それでもいいと思うんですよ。逆にずっと落語を聞いているような若い人にも問題あると思うんですよね(笑)。日本の将来が不安になる(笑)。落語が目新しくて面白かったという人が多いだろうし、でも他にもっとやることがあるだろうにって(笑)。だからこの人たちが50歳くらいになって、また落語でも聞きに行くかって寄席やホールにもう一回足を運んでもらえた時、面白い落語界でありたいじゃないですか」。

「アナログのスピード感が落語にはちょうどいい」

兼好はアナログ人間だ。というよりそれを楽しんでいるようだ。ケータイも最近までガラケーだった。

「情報もほぼ新聞から得ているので、その情報を娘に話をすると、大体一日半遅れくらいになっているようで『いつの話してるの』って(笑)。でもアナログの方が面白いかなと思っていて、新聞と人の口からしか情報を聞かないので、3人から同じ話題が出れば、それを落語でしゃべれば外れることはないです。テレビで見たりYouTubeで見たことを、これ面白いって喋ると、お客さんの半分以上にはまだその話題が伝わっていなかったり、興味がないから知らなかったりします。だからアナログのスピード感が、落語にはちょうどいいです」。

「この10年が大事。これからはゲストで呼ばれるような落語家にならなければ」

30周年、40周年、次のステージに向けて改めてどんな思いで進んで行こうとしているのだろうか。

「この10年は大事だと思います。それ以上になると本当に歯が抜けたりしますから(笑)。諸先輩方を見ていると、勉強することがまだまだいっぱいあります。25周年記念公演には素晴らしい先輩方に来ていただきますが、これからは自分もゲストで出るようにならなければいけないという思いが強いです。後輩にも、是非出て下さいと言われる噺家になりたいです」。

BSフジ『まるっと兼好』特設サイト

音楽&エンタメアナリスト

オリコン入社後、音楽業界誌編集、雑誌『ORICON STYLE』(オリスタ)、WEBサイト『ORICON STYLE』編集長を歴任し、音楽&エンタテインメントシーンの最前線に立つこと20余年。音楽業界、エンタメ業界の豊富な人脈を駆使して情報収集し、アーティスト、タレントの魅力や、シーンのヒット分析記事も多数執筆。現在は音楽&エンタメエディター/ライターとして多方面で執筆中。

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