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川嶋あい 一番大切な“8.20ライヴ”を「自分から辞める決断をする日が来るなんて」

田中久勝音楽&エンタメアナリスト
写真提供/つばさレコーズ

2003年から続く恒例の8月20日のライヴを、今年で最後にすることを発表

今年20周年を迎えるシンガー・ソングライター川嶋あい。川嶋とファンが大切にしてきたデビューした2003年から続く毎年8月20日に行なっているライヴ(『Ai Kawashima 20th Anniversary~820~』)を、今年で最後にすることを発表した。喉の手術後「フルサイズのライヴで納得いくパフォーマンスができなくなった」ことが理由だ。この大きな決断に至るまでのいきさつ、そして20周年を迎えての改めて思うことをインタビューした。

「デビューしてから20年間、ターニングポイントになったこと」という質問にもやはり「8月20日のライヴです」という答えが返ってきた。それほど大切な毎年8月20日、川嶋の育ての母親の命日に行なわれるライヴについて、思いを語ってくれた。

川嶋 あのライヴを続けるようになったことが、私にとってはとても大きなことでした。デビューした2003年の8月20日に第1回目の公演を渋谷公会堂(現LINE CUBE SHIBUYA)を行なうことができて、でも私の中では1回で終わるイメージでした。終演後スタッフと話している中で「来年もやろう」ということになって、みんなでそこに向かって進んでいきました。

川嶋あいとチームを成長させてくれた8.20ライヴ

現所属レコード会社は、当時はまだできたばかりで「素人集団だった」(川嶋)というように、熱意はあったが全てが一からのスタートで、会場を押さえるのにも苦労していた状況だった。

川嶋 毎年毎年必死に作っていくうちに、スタッフも川嶋あいというアーティストの成長を昇華させる場所のひとつとして、8月20日のステージを最高のものにするんだという熱い思いを持っていました。それを感じた私もこの日で燃え尽きてもいいという覚悟を持って臨んでいました。それで5、6年経った頃「毎年やりたい」という強い感情が自分の中で湧き立ってきて。それは観に来ていただける皆さんの気持ちも伝わってきたからです。みなさんがこの8月20日のライヴを特別な意味があるものとして捉えてくださって、「この日は絶対に観に行く」と全国から集まってくださるようになったからです。だからなかなか言葉では表現し辛い感情ですが、自分の中では前日の8月19日が大晦日で、20日から新しい一年がスタートする感覚で続けてきました。

川嶋はインディ―ズ時代に「自主制作CD5000枚手売り」「路上ライヴ1000回」「渋公でライヴ」という目標を達成し、大きな注目を集めた。そして2003年2月14日にI WiSHのボーカルとして『あいのり』の主題歌「明日への扉」でデビューし、いきなりビッグヒットになった。その後も「・・・ありがとう・・・」(2005年)、卒業シーズンの定番ソング「旅立ちの日に」(2006年)、「My Love」(2007年)などの多くのヒットを出し、IWiSH時代も含めこれまで200曲を越える作品を歌ってきた。透明感のある声、語尾の表現やブレスの入れ方も含めてその独特の歌で、聴き手の心に言葉を真っすぐ、かつ深く届けてきた。

5~6年前から喉に違和感を感じ始める。2022に手術

しかし5~6年前から喉に不調を感じ始めた。声帯結節だった。うまく付き合いながらも歌が“しっくりこない”状態が続き、昨年病状をファンに発表し手術に踏み切った。

川嶋 30歳を過ぎてから喉に違和感を感じ始めて、でも声帯結節を抱えて活動している歌手の方もいらっしゃいます。手術をすることで、むしろ今の持ち味とかが消える可能性もあるということで3年ぐらい結構悩んでいました。でもライヴはプロだったらどんな状態でも、80%以上の完成度のパフォーマンスを見せないと、お金払って来ていただいている以上成立しないと思っていて。でも「本来の50%の力も出せていない」と思うライヴが増えてきました。今までライヴでは100%以上ものを出せていたとう自負があったので、納得いかないライヴが増えてきて「何で?何でなの?」って自分が許せなくなってきました。自分自身に対してとことんイライラ、モヤモヤして、「諦めないといけないのかな」って絶望もして。でも時折納得できるライヴができたこともあって「やっぱりやれるかもしれない」って希望を持って、また落ち込んで、その繰り返しでした。それで手術をしてて解決するかどうか確信はありませんでしたが、手術をする決断をしました。

今年3月、20周年記念イベントを行ない、復帰

今年3月デビュー20周年を記念したイベントを行ない、2022年5月の声帯手術からの本格復帰を飾った。この日はI WiSHのメンバーだったnaoも駆け付け、一日限りの再結成と話題を集めた。そこで透明感ある声を響かせファンをホッとさせた。しかし本人は内心穏やかではなかった。

川嶋 あのステージでは何曲か歌ったのですが「明日への扉」だけが鬼門でした。喉の状態が悪くなって、ずっとあの曲を乗り越えられない自分がいたので、どうしても乗り越えたいって思いで臨みました。

「あのときのままで表現しないと、自分の歌じゃない」

ミリオンセラーを記録したデビュー曲「明日への扉」を今の自分の歌で歌うのではなく、あのまま、あの頃のままの歌で表現したい――「いつも心のどこかにあの当時の歌声を聴きたくて集まってくれる人がたくさんいる。それに応えたい」というのが川嶋の譲れないこだわりだ。川嶋は10代の時に書いた曲は一度書き上げるとほとんど修正しなかったという。20代になってそれは変化したが、当時は「これがベストでしょうって、どこかドヤ顔をしている自分がいた気がします(笑)」。それは若さ故かもしれないが、その時の衝動や熱さが純度が高いままパッケージされているということだ。「その爆発的なものは、あの時だから、あの時ときしか出せなかったことだったと思います」。だからこそ“そのまま”で届けたいという気持ちが強いのかもしれない。

川嶋 8月20日のライヴもそうですが、やっぱり過去曲を聴けるからファンの皆さんは、喜んでくれたり、色々な感情が湧き上がってくると思います。あのときのままで表現しないと、自分の歌じゃないって思っています。10代のときの歌声とか歌い方、ひとつ一つのフレーズについてブレスの位置とかも含めて「あの歌い方をしたい」って、どこかで思ってる自分がすごくいます。テクニックである程度はカバーできるかもしれないけど、あくまで“ある程度”なんです。「今の歌で全然大丈夫だよ」って言って下さる方もいますが、自分が納得できない。乗り越えられていない自分が8.20のステージに立って歌を届けているその自分が許せない、お金を払って来ていただいてるファンの方に申し訳ない、という気持ちが大きいです。新しい曲たちを並べたセットリストにして、皆さんを裏切るような何の楽しみもない、独りよがりのライヴはやりたくなくて。だからこの長丁場のライヴは今年を最後にしようと判断しました。「毎年続けたい」という感情から「いや、続けなければ」という気持ちに変わっていったこのライヴを、自分から辞める決断をする日が来るなんて、思ってもみませんでした。

決断への背中を押してくれた、スタッフからの言葉

この5~6年不安を抱えたまま「休んだらまたきちんと歌えるかもしれない」「でも年を取るだけで歌えるとは限らない」等、“絶望、時々希望”の日々を過ごした。そんな川嶋を見守り続けたスタッフから「そんなに悩み苦しんで……これからはもっと違うことを考えて生きようよ。8月20日のライヴは今年で最後にしよう。20年も続けてくれて本当にありがとう」という言葉をかけられ、決断への背中を押してくれたという。

「音楽は憧れであり、難解で厄介で、なかなか辿り着けない大きな山」

川嶋は3歳の時歌と出会って「音楽が自分にとってはずっと憧れで、今もそうです」と、音楽というものの存在を、そう表現してくれた。でもだからこそ「すごく難解で厄介で、なかなかたどり着けない大きな山」でもあるということを日々感じている。その大きな山に常に真摯に向き合い「こういうふうに歌いたい、こういうものを表現できる自分になりたい」と理想の自分を追求してきた20年だった。「今でもふとした時に、こんなことができない自分だったらやめたいという思いが顔を出してきます」と語ってくれたが、8月20日のライヴを今年で最後にしたいという決断も、この揺るがない、どこまでも真っすぐでまじめな性格が影響していると感じた。

ミニアルバムに込めた今の気持ち

ミニアルバム『Document』(6月23日配信リリース)
ミニアルバム『Document』(6月23日配信リリース)

でも6月23日に配信リリースするミニアルバム『Document』には、少し肩の力が抜けた川嶋の姿を映し出した曲も収録されている。「Journey」には<生きることは それだけで宝探しかな><旅の途中><あせらず気ままに 生きて行くんだ>という言葉が散りばめられ、20年を迎えた川嶋の、“こうでありたい”という現在の素直な気持ちを表現している。

川嶋 今回のミニアルバムが、割と光よりも影に焦点当てたような1枚になったので、ひと筋の光が入ってきたのが、一番最後に作った「Journey」なんです。<あせらず気ままに生きて行くんだ>て、色々あるかもしれないけど、自分の中での結論、希望を見出して生きていこうと思えたということです。そういう生き方を“感じていきたい”と思って、自分の今の気持ちとはかなり共鳴、共感できるフレーズです。

聴く人の心に寄り添う曲を作り、歌い続けてきた川嶋だが、でもその根本にあるのは、大好きだけど難敵でも音楽と向き合って、どうしようもない不安にかられた時の「自分を救いたい」という気持ちだ。自分に向けて書いているところが大きい歌詞とメロディが、同じように色々な悩みや不安を抱える多くの人から共感を得て、広がっていった。

「正直今はモヤモヤしている状態。でも8月20日が終わって、先に向けて歩いて行く中でいつか晴れてきて、色々なことが見えてくるはず」

盛りだくさんのセットリストで、長丁場になる8月20日のライヴは今年で最後になるが、現時点では全てのライヴを辞めるということは考えていないという。もちろん作品は変わらずリリースし続けていく。

川嶋 まだ8月20日が終わっていないので、正直モヤモヤしているところはありますが、ただそれでも歩いて行こうとしてる自分がいるので、歩いていく中でいつか晴れて色々なことが見えてきた時、色々な活動がまたできると思っています。

川嶋あい オフィシャルサイト

音楽&エンタメアナリスト

オリコン入社後、音楽業界誌編集、雑誌『ORICON STYLE』(オリスタ)、WEBサイト『ORICON STYLE』編集長を歴任し、音楽&エンタテインメントシーンの最前線に立つこと20余年。音楽業界、エンタメ業界の豊富な人脈を駆使して情報収集し、アーティスト、タレントの魅力や、シーンのヒット分析記事も多数執筆。現在は音楽&エンタメエディター/ライターとして多方面で執筆中。

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