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秋川雅史 若手声楽家とのコンサートが話題。「クラシック界の活性化には次世代のスターが不可欠」

田中久勝音楽&エンタメアナリスト
写真提供/BSフジ

『秋川雅史コンサート~日本の未来を担う若手声楽家との共演~』

キャリアを重ね、その歌声の響きはさらに深みを増し、多くの人の感動を与え続ける秋川雅史。究極のテノールを目指し活動を続ける秋川が近年注力しているのが、若手声楽家との共演だ。「シーンの活性化にはスターは不可欠」と、クラシック界のために後進の育成を“使命”のひとつと受け止め、若手声楽家にスポットが当たる“場”を設けている。それが2020年にスタートした『秋川雅史コンサート~日本の未来を担う若手声楽家との共演~』だ。今年も4月26日東京・紀尾井ホールで開催される。中川郁文(ソプラノ)、長島有葵乃(メゾソプラノ)、岡昭宏(バリトン)の3人と共演する。このコンサートについて秋川にインタビューした。

「コロナ禍で、活動がままならなくなった若手から相談を受けたことがきっかけで、このコンサートが生まれた」

きっかけは、コロナ禍でコンサートもできなくなって、表現する場を奪われ思うように活動ができなくなった後輩からの相談だった。

「2020年、コロナ禍で他の業界もそうでしたが、音楽業界も壊滅的な状況で活動ができない時間が半年くらい続きました。その時に色々な後輩から活動がままならず、歌をやめることも考えているという悩みを相談されることが多くなって。もし自分が30代の時、2年間も活動できない状況になっていたら、本当にどうしていいのかわからない状態になっていたと思います。2020年、そんなタイミングで自分のコンサートを企画していたのですが、若手の声楽家達との共演、彼らに歌う場所を提供したいと思いました」。

「次の世代のスターが出てこなければ、クラシック界は廃れていく」

秋川雅史のファン、その音楽に興味を持っている人達の前でパフォーマンスできるチャンスを、クラシックシーンの未来を担う若手声楽家に提供した。2020年に埼玉と福岡で開催し、昨年9月にはサントリーホールで行なった。

「予想以上に高評価をいただき、自分への刺激にもなって、シリーズ化したいと思いました。必ずコンサートを行なう場所にゆかりのある若い声楽家をゲストに呼ぶようにしています。昔から次の世代のスターが出てこないと、クラシック界は廃っていくと思っていました。400年の歴史があるクラシック音楽というのは、放っておくと廃れていくジャンルなんです。新しい刺激的な音楽がどんどん生まれているので、古い音楽というのはいつしか見向きもされなくなるという危機感はいつも持っています。我々が色々な努力をしながら、次の世代に引き継いでいく。これが一番必要なことで、このコンサートもそういう思いが込められています。昨年はサントリーホール、今年も紀尾井ホールで開催できて、これらのホールは普通にコンサートを企画しても、なかなか立てる場所ではないので、そういう舞台で歌える機会を作ることができて、自分も頑張ってきてよかったなと思います」。

スターの存在がシーンの活性化につながる。秋川は若手がスポットライトを浴びるこの場所を大切にしている。この刺激あるステージが自身の成長にもつながると教えてくれた。

「若手に負けないように常に向上心を持って歌っていますが、かといって自分にあまり執着しないようにしています。自分だけがよければいいという歌い手にはなりたくない。自分の時代でクラシック業界が沈んではダメだし、盛り上げて次の時代の人にバトンを渡したいし、100年200年先までちゃんとクラシック音楽の世界が残るための繋ぎの時代に、自分はいるのかなと思っています」。

中川郁文、長島有葵乃、岡昭宏と共演。「きらりと光るものを持っている、次のスター候補生達にスポットライトを当てたい」

中川郁文(ソプラノ)
中川郁文(ソプラノ)

長島有葵乃(メゾソプラノ)
長島有葵乃(メゾソプラノ)

共演する若手音楽家はどうやって選んでいるのだろうか。コンサート会場の地域にゆかりがあるということ以外で、選考の基準はあるのだろうか?

「何かきらりと光るものを持っている、次のスター候補生ということでしょうか。共演した人が5年後、10年後にヨーロッパの歌劇場でデビューしたりすると、すごく嬉しいですからね。だから本当に純粋に応援したい。今回出演していただく中川郁文さんは、去年コンクールで歌った時僕が審査員の一人で、長島有葵乃さんは色々な人から推薦された歌い手の一人で、YouTubeで彼女の歌声を聴いてすごく感動しました。岡昭宏さんも人に誘われてコンサートを観に行って、実際に歌を聴いて出演をお願いしました。オーディションにはしたくないんです。誰かを落とすのが心苦しくて…。だから日頃から様々な音楽コンクールはチェックするようにしていて、信頼を置ける人からの推薦、情報も大切にしています」。

岡昭宏(バリトン)
岡昭宏(バリトン)

若手が台頭し、秋川のライバルになっても本人は「そういう感覚に全くならないと思う」と意に介さない。

「自分が若かった時には、それこそ三大テノールや先輩達のライバル列伝を見たり聞いたりして、自分が歌手になった時はどうなるんだろうって思っていましたが、いざ活動を始めていると、ライバルという存在を意識したことが一度もありません。逆の見方をするとそういう自信もついてきたのかなと思ったり。例えば自分は(ルチアーノ)パバロッティみたいなことはできないけど、パバロッティにできないことも自分はできるんだという、そういう絶対的な自信もあるので自分のポジションを奪われるかもと思って、誰かをライバル視したことは全くありません」。

「このコンサートではリハをやりすぎず、新鮮な気持ちで舞台に立ちたい」

このコンサートではリハーサルも本番も秋川がリードしていく、というスタイルではなく「出演者がフラットな立場でやっている」ことが特徴だ。

「やりたいことをどんどん言って欲しいので、いつも雰囲気作りを大切にしています。それとリハーサルにはあまり時間をかけません。その方が新鮮な気持ちでステージに立てるので最低限の歌の呼吸合わせと、立ち位置の確認だけで、後は本番でその時に感じたことをどうやって歌に昇華させるか、という柔軟な対応力を大切にしています。今回はピアノの演奏でマイクなしの生の歌声を楽しんでいただきたいです」。

「若手には幅広い視野を持って欲しいと思う反面、オペラももっと盛り上げて欲しい」

コンサートではクラシックの名曲からポップスまで様々な曲をソロ、デュエット、四重奏とスタイルを変えながら披露していく。もちろん秋川の代表曲「千の風になって」も聴くことができそうだ。「千の~」は発売から今年で17年。秋川はこの曲のヒットをきっかけに、クラシックから演歌まで幅広いジャンルをマイクを使って歌う、クラシックのスタイルとは違うコンサートを行なってきた。クラシックの道を進んできた秋川にとって、クラシック以外のものを歌うことについて最初はどんな心持ちだったのだろうか。

「もちろんクラシック歌手へのこだわりを持っていました。でもイタリアに住んでいる時、三大テノール(ドミンゴ、カレーラス、パヴァロッティ)が来日公演で『川の流れのように』を歌っている映像を観たら、お客さんが最高に沸いていて、それを見て感動して、日本の歌も歌ってみようと思いました。だから今の自分のスタイルを切り拓いてくれたのは三大テノールでした。今も心がけているのは、ひと声出しただけで『クラシックの人だ』ってわかる歌い方をしています。このクラシックの発声を変えるということは絶対にしたくないです。その中でポップスを歌うのはOKという線引きが、自分の中であるのだと思います。クラシックの発声を勉強した人間が、もっと幅広いジャンルを歌うということが受け入れられる時代になってきたからこそ、自分も世に出ることができました。若手声楽家にはそういう幅広い視野を持って欲しいと思う反面、でもオペラももっと盛り上げて欲しいと思っています」。

「自分が進化するには日々精進するしかない。今も音大に通っていた頃とやっていることは変わらない」

今年55歳。テノール歌手として円熟期に差し掛かってきた。しかし気持ちは大学時代と何も変わらないという。

「気がつくと55歳という、歌い手としては円熟という言葉出てきてもいい年齢になってきました。17年前に発売された『千の風になって』のCDを今聴くと『こんなレベルだったんだ』ってすごく恥ずかしい(笑)。でも気持ち的にはずっと若手のつもりです。毎日歌の練習も楽譜の勉強もしていて、音大に通っていた頃とやっていることは変わっていません。歌い続けていれば声はとことん進化するということを実感しています。20代の頃はテクニックを身に付けようと必死でした。でもわかってきたのは、どれだけ声を出してきたか、それに尽きると思う。だから後輩にはテクニックのアドバイスはしません。いつも言っているのは結局歌がうまくなる特効薬はなく、毎日の積み重ねしかないということです」。

BSフジ『秋川雅史コンサート~日本の未来を担う若手声楽家との共演~』

秋川雅史 オフィシャルサイト

音楽&エンタメアナリスト

オリコン入社後、音楽業界誌編集、雑誌『ORICON STYLE』(オリスタ)、WEBサイト『ORICON STYLE』編集長を歴任し、音楽&エンタテインメントシーンの最前線に立つこと20余年。音楽業界、エンタメ業界の豊富な人脈を駆使して情報収集し、アーティスト、タレントの魅力や、シーンのヒット分析記事も多数執筆。現在は音楽&エンタメエディター/ライターとして多方面で執筆中。

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