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紅白歌合戦 歌う女優、演じるシンガー・上白石萌音、薬師丸ひろ子が卓越した表現力で届けた、言葉と思い

田中久勝音楽&エンタメアナリスト
写真提供/ユニバーサル ミュージック

強く優しい「言葉」と素晴らしい「音」を、“きちんと”届ける

12月31日に放送された「第72回NHK紅白歌合戦」(以下紅白)、観どころ、聴きどころ、印象的なシーンがたくさんあった。今年の紅白のテーマは「Colorful~カラフル~」。新型コロナウイルスの影響で、彩りの欠けた日々や景色が当たり前になってしまった日々、その最後の日の夜を少しでも「カラフル」に彩りたいという、そして多様な価値観を認め合おうという思いも込められていた。番組のロゴも紅と白を明確に分けることなく、グラデーションのデザインに変わり、ステージのセットもフラワーアーティスト東信がプロデュースしたカラフルで美しい花達が彩り、華やかな空間の盛り上げ役ではなく、主役になっていたように感じた。そんな制作サイドの強い意志が、強い陽射しのような明るさとなって、放送中ずっと出演者たちを照らしていたように感じた。

そんなテーマの元、心を鼓舞させてくれる力強さと優しさがあふれる「言葉」を、バンド、オーケストラ、ストリングスによる素晴らしいアレンジ・演奏が紡ぐ「音」がしっかり浮かび上がらせ、それを歌い手が思いを込めきちんと「伝える」という、シンプルに「音楽」を楽しむという時間を贈ってくれた。それが音楽番組の使命といえばそうかもしれないが、そんな当たり前のことを「きちんと」やってくれたという感が強かった。そして「きちんと」伝えてくれたことで、誰もが、音楽は不要不急ではないということを、改めて実感できたのではないだろうか。

楽曲の中に流れる作者の思いを丁寧に掬い、届ける上白石萌音、薬師丸ひろ子の歌

前半に歌った、上白石萌音の歌に引き込まれた。その表現力の素晴らしさは瞬きをするのも惜しいほどだった。いきものがかりの水野良樹が書き下ろした「夜明けをくちずさめたら」を、昨年「第18回ショパン国際ピアノコンクール」にも出演し、Cateen(かてぃん)名義で演奏をYouTube配信するなど、ジャンルを越えたアプローチで知られる名ピアニスト角野隼斗のピアノとストリングスで披露。シンプルかつ豊かな音色を響かせるアレンジと歌が、孤独な人も孤独じゃない、繋がっているんだという内容の歌詞を、ひと言ひと言心の奥深くまで届けてくれる。

水野良樹は国民的グループいきものがかりのリーダーとして、聴き手の心に寄り添い、優しく背中を押してくれるポップスを、数多く手がけてきたポップスマスターだ。水野が紡ぐ言葉とメロディは、とことんポップネスを湛え、幅広い層の人の心に響く。そんな歌の中に流れる作者の思いを上白石が100%掬い、そこに彼女の根底にある優しさ、誠実さをそのまま映し、120%のものを届ける。その歌っている時の表情も伝える“手段”のひとつだ。表情の動き一つひとつが、切なさ力強さを聴き手に感じさせる。彼女は歌う女優であり、演じるシンガーだ。しかしその歌に貫かれているのは、ピュアネスな心だ。歌と演奏、照明演出、全てが交錯し、ひとつの眩い光となって、聴き手の心に差し込んできたのではないだろうか。

オーケストラアレンジが感動を運んだ薬師丸ひろ子『Woman“Wの悲劇”より』。松本隆の歌詞が鮮明に浮かび上がる

歌う女優といえば、デビュー40周年を迎えた薬師丸ひろ子『Woman“Wの悲劇”より』も名演だった。1984年に発表された、作詞・松本隆、作曲・呉田軽穂(松任谷由実)、編曲・松任谷正隆という強力布陣が手がけた、80年代を代表する一曲と評価する人も多いこの名曲を、松任谷正隆のアレンジ、ピアノで東京フィルハーモニー交響楽団と共に披露。圧倒的かつ繊細な豊潤な音と、薬師丸の少し硬質で、変わらない透明感を湛えた声が重なると、得も言われぬ感動の波が押し寄せてきた。薬師丸も上白石同様、曲の中の隅々にまで流れる作者の思いを丁寧に掬い、歌に映し出す。<ああ時の河を渡る船に オールはない 流されてく>、松本隆の、陰影を帯びた匂いが神々しくさえある歌詞の言葉一つひとつが、鮮明に浮かび上がる。演じるシンガーのその圧倒的な歌に誰もが引きつけられたはずだ。

「Woman“Wの悲劇”より」で素晴らしいサウンドを作り上げていた東京フィルハーモニー交響楽団は、YOASOBIの「群青」でも存在感のある音を聴かせてくれた。170人のダンサーと厚いコーラス、人の声と熱量が高いオーケストラの音、エレクトロニックなサウンドがひとつになって、温もりがありながらも爽やかな風が吹いたような感動を運んできた。

まふまふ、藤井風、初登場組のインパクト

『命に嫌われている。』——まふまふは、そんな刺激的なタイトルの刺激的な歌詞、高低差のあるメロディを、規格外のハイトーンボイスでエモーショナルに歌い、伝えた。歌詞をスクリーンに映し出し、右手に持つマイクを包帯のようなものでグルグルと巻き、全身全霊で届ける。忘れらないインパクトだった。インパクトといえば、なんといっても藤井風だ。藤井風の原点である岡山の実家から「きらり」を披露したかと思うと、会場の東京国際フォーラムに登場し、「燃えよ」をピアノで弾き語るというにくい演出には誰もが驚いた。さらに大トリでMISIAと共に「Higher Love」をコラボと、間違いなくこの日の主役だった。音楽シーンにはとんでもない天才がいるんだということを、世に知らしめた瞬間だった。

選ばれたアーティスト達のパフォーマンスはどれも素晴らしく、一人ひとりが曲の中に込められた思いと、自身の思いを余すことなく表現していた。音楽の力、歌のチカラをどれだけ純度を高く保ったまま伝えるか。そんなアーティスト、制作サイドの熱い意志が伝わってきた255分だった。

【この記事は、Yahoo!ニュース個人編集部とオーサーが内容に関して共同で企画し、オーサーが執筆したものです】

音楽&エンタメアナリスト

オリコン入社後、音楽業界誌編集、雑誌『ORICON STYLE』(オリスタ)、WEBサイト『ORICON STYLE』編集長を歴任し、音楽&エンタテインメントシーンの最前線に立つこと20余年。音楽業界、エンタメ業界の豊富な人脈を駆使して情報収集し、アーティスト、タレントの魅力や、シーンのヒット分析記事も多数執筆。現在は音楽&エンタメエディター/ライターとして多方面で執筆中。

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