リスナーに衝撃を、のちの多くのアーティストに大きな影響を与えた、1984年の名盤『玉姫様』と『裏玉姫』がアナログLPで甦る

『玉姫様』
『玉姫様』

『裏玉姫』
『裏玉姫』

戸川純の音楽活動40周年を記念して、アルファ/YENレーベル時代にリリースしたソロデビューアルバム『玉姫様』(1984年)と、ライヴアルバム『裏玉姫』(同)が、アナログLPで9月29日に再発売された。戸川は1980年に女優デビュー。映画、テレビで活躍する一方で、ゲルニカでボーカルを担当し活躍していたが、そのソロデビュー作が『玉姫様』だ。当時、タブー視されていた女性の生理をテーマに掲げ、世の中に衝撃を与えたニューウェイブの名盤として、後のアーティストに直接的、間接的に大きな影響を与えた。

『裏玉姫』は、1984年2月19日、東京・ラフォーレミュージアム原宿で収録されたライヴ音源で、バックのヤプーズ(泉水敏郎/中原信雄/比賀江隆男/立川芳雄/里美智子)と共に、全編パンクで、突き抜けた演奏を聴かせてくれている。約30分という演奏時間だが、圧倒的な熱量をそのままパッケージした名ライヴ盤として聴き継がれてきた。この作品は当時カセットのみで発売され、1993年にCD化されるまではカセット以外では流通されなかった。

音楽活動40周年を迎えた戸川純にメールインタビューで、改めてこの両作品について聞かせてもらった。

戸川とヤプーズにとっての「始まりの一枚」になる『玉姫様』『裏玉姫』と改めて対峙してみて、この2作は自身にとってどんな作品になっているのだろうか。

「音圧が厚くなったこと以外、あまり今と変わってないのでは、と思います。ただ『隣りの印度人』は、さすがにコミックソングのようで、恥ずかしいです。当時は『諦念プシガンガ』や『蛹化の女』などが真面目すぎるのではと、それが恥ずかしくて、入れたのですが。『諦念プシガンガ』『蛹化の女』は、ずっと歌ってきて、一生歌っていきたい曲です。『裏玉姫』は『パンク蛹化の女』が入ってて、これも体が許す限り、歌っていきたいですね」。

「『玉姫様』という曲は、禁忌なテーマに挑む、という気負いもあまりなかったのが本音」

表題曲の「玉姫様」(作曲/細野晴臣)は、当時はまだ正面切って取り上げることがタブー視されていた「生理」をテーマに作品を作り、“表現”の禁忌がないことを世の中に高らかに提示したその姿勢は、今も語り継がれている。そういう意味で「問題作」であり「傑作」だと思うが、それは女優として活躍していた戸川が歌ったということで、さらにインパクトを与えたという見方ができる。元々女優志望でミュージシャンにはなるつもりはなかったと、以前何かのインタビューで読んだことを記憶しているが、そんな戸川をミュージシャンという表現者に向かわせた、最も大きなきっかけ、影響はなんだったのだろうか。

「まだあの頃は、今以上に女性蔑視の時代で、君は子宮で考える人だね、と言われたんです。Hしたいか否かで物事を決める、という意味らしいのですが、そんなひどい言葉とは知らなくて、でも十分、傷つきました。頭で考えるのではなく、すべて感覚的に物事を決める、という意味にとって。で、タフになろう、とあの歌詞をつくったのです。子宮で考える、と言われても『そうですが、何か?オホホ!』っていう感じに。わたしに限らず、女性の少なくない方々が、そんなことを言われるんじゃないか、という気持ちもありました。だから、単純に生理のことだけを歌うつもりはなかったのですが、あまり広い意味だと、わたしにも抵抗があったので、感覚的イコール生理の歌に集約することにしたのです。あの頃は、そんなに意味が正確に伝わらなくても、今までなかった歌を歌おう、という気持ちもありました。だから、禁忌なテーマに挑む、という気負いも、あまりなかったのが本音です。結果的に、ずいぶん叩かれもしましたが、共感してくれた人も、わたしが思っていたよりずっといてくださり、驚きました。女優からミュージシャン、というか、歌手になりたい、と思ったのは、その前にゲルニカというユニットをやっていて、歌う楽しさを覚えて、続けたい、と思ったから、というのが単純だけど一番の理由だと思います」。

「歌手に表現の新しい活路を見いだした」

主張するというよりは「伝えたい」ことを全て「表現したい」という思いの強さが、戸川純の音楽につながっている。女優とミュージシャンという表現方法は、どこかでそれぞれが補完、補填する関係にあったのだろうか。

「女優の仕事では、脚本家の方もいるし演出家の方もいます。自分の考えで出来るスペースというのは、すごく限られている、と感じていました。だからといって、自分の案を演出家の方にきいてもらう、などということはしようと思いませんでした。ひたすらに言われたことを一生懸命やる、それだけです。でも、あるときから、歌なら脚本家にも演出家にもなれる、つまり自己プロデュース、そこに、表現の新しい活路を見いだしたという感じでした」。

『玉姫様』は「諦念プシガンガ」がアンデス民謡「EL BORRACHITO」、「昆虫軍」はハルメンズの「昆虫群」(群を軍にしたのは、元ハルメンズであったヤプーズの比賀江の希望)、「憂悶の戯画」はコールユーブンゲン「No.26のC」、「踊れない」は8 1/2というハルメンズの前身バンドの同名曲、さらに「蛹化の女」はヨハン・パッヘルベルの「カノン」に、戸川が歌詞を付けたものと、カバー曲が多いことで、パンクやニューウェイヴというカテゴリーに入れられていたものが、逆にポピュラリティを持ったという見方、聴き方もできる。それは戸川の音楽の原風景が影響しているのだろうか。

「そうですね。パンク以外ロックをほとんど知らなかったのですが、結構広く聴いていましたね。音楽の原風景でいうと、クラシックやナツメロをよく聴いていましたし、あと、向こうのナツメロである50‘sやアーリー60‘s、それと日本の古い童謡も入ります」。

「歌詞は書くスピードが速いものほど評判がいいし、自分でも納得いくものが多い」

『玉姫様』以降、戸川が書く歌詞は文学的で、知的で刺激的な世界を構築しているという評価を得、その後のアーティストにも大きな影響を与えている。2016年には初の歌詞解説集『戸川純全歌詞解説集――疾風怒濤ときどき晴れ』(Pヴァイン)を発売するなど、今もその歌詞世界は注目されている。どのように歌詞を紡いでいくのだろうか?

「一気に書き上げることが、圧倒的に多いです。書くスピードが速いものほど、評判がいいし、自分でも納得のいくものが多いのです。間欠泉のように噴き上げる感じですね。ただ、それはワンコーラス目でして、ツーコーラス目からは、ワンコーラス目を参考にして、結構、熟考したりもします。書けないときももちろんあって、そういうときは一文字も浮かびません」。

戸川の歌詞には「難しい」と言われる言葉も度々登場するが、その言葉が持つ細かいニュアンスや響きを「正確に」伝えるために選んだ言葉たちだ。

時代を経て、キャリアを重ね、現在もライヴ活動を行ない表現し続ける戸川の目に、今の音楽シーンはどのように映っているのだろうか。

「お恥ずかしい話なのですが、わたしは若い方々の音楽にメチャクチャ疎いんですよ。単に知らないだけで、素晴らしい曲もたくさんある、とは思ってはいるのですが。同世代じゃないか、と思われるとは思いますが、ヤプーズとは正反対とも言える個性の、Phew(フュー)の10月の新譜(22日発売のニューアルバム『ニュー・ディケイド』)を楽しみにしています。先行シングルを送ってもらったので、よく聴いています。シングルはデジタル配信オンリーのリリースらしいです。彼女の曲は聴かせてもらうたび、わたしのリビングのいつもの光景がまるで違った新鮮なものに見えるんですよ。このように、わたしが聴ける範囲なら、聴く形態が変わっても便利なら良いと個人的には思ってます」。

■10/22(金)大阪・Umeda TRAD(ヤプーズ・ワンマン)

■11/11(木)CLUB CITTA’川崎(戸川純・ワンマン)

「otonano」 戸川純特設ページ

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