ピアニスト仲道郁代「今こそ、昔を懸命に生き、作品に思いを綴った作曲家の音楽を聴き、力を得たい」

Photo/Kiyotaka Saito

ピアニスト仲道郁代。その卓越したテクニックとたおやかな詩情を感じさせてくれる音色で、幅広いファン層に支持されている名実ともに日本を代表するピアニストだ。仲道は、クラシックの奥深さを、言葉と共に細やかに丁寧に伝えるコンサートを精力的に行なっているが、コロナ禍で昨年はコンサートが次々と中止になってしまった。改めて音楽というものに向き合う時間ができた中で、名ピアニストが改めて感じたこと、“気づき”とは?そしてこれまで注力してきた東日本大震災の復興支援活動も丸10年を迎え、今思うこととは?

「昔生きた人と今生きている人の、心と心が響き合って、喜びや感謝、勇気を受け取ることができるのがクラシック音楽」

「音楽が好きで音楽に携わっているのだから、自粛期間中、家で思う存分ピアノを弾くことができて、大好きな音楽に触れることができるのならそれで十分幸せだろうと思っていました。でもそれは違っていて、ものすごい不全感を感じました。なぜだろうと思った時に、私にとって音楽は、音楽という名詞として存在するのではなく、音楽を奏でることと、音楽を受け止めたいと思ってくださることの、その双方の能動的な行為があることによってはじめて意味をなすものなのだということに気がつきました。なので、音楽とは動詞なのだと思いました。私達クラシック音楽を演奏する人間は200年も前に生きた作曲家の思いが詰まった曲を演奏していますが、そこには今を生きる聴き手の方たちが共鳴できることがたくさん存在しています。その共鳴が心の震えを与えてくれて、そしてその心の震えは、たぶんとても大切なものなのだと思います。時代や時間、国は関係なく、昔生きた人と、今生きている人の心と心が響き合って、私たちがはそこから喜びや感謝、勇気を受け止めることができるのです。その橋渡しの位置に演奏家はいるのだと改めて思いました」。

コロナに包まれてしまった2020年。表現者として大きく変わった考え方や心持ちは?という質問にそう答えてくれた。準備したコンサートがキャンセル、新たに準備したコンサートもまたキャンセルを繰り返し、さすがに精神的にも厳しかったという。しかし震災、自然災害、そして新型コロナウイルスの感染拡大と、次から次からへと襲いかかってくる試練の中においても「共感」こそが心の大きな支えになってくれると語ってくれた。

音楽は理屈ではなく、自分の心が求めたことに対してスッと応じてくれる度量の深さがある

「人は、人生にこんなに苦難が待ち受けているとは思わず生まれてきて、だけど、実際苦しいことや辛いことがあることの方が当たり前なんですよね。でも色々なことに直面して心が疲弊している今の私たちも、懸命に生きて作品に思いを綴ってきた作曲家たちの作品から、力を得ることはできるのではないかと思います。大きな地震とか、コロナというようなことがなくても、ひとり一人の人生の中には、とてつもない辛いこともあるわけです。そういった中で一緒に心を通わせることができるとか、共感することができるっていうことのかけがえのなさというのを、人に会えない期間にはとても感じました。音楽は理屈ではなく、自分の心が求めたことに対してスッと応じてくれる度量の深さがあります。こちらが何かを能動的に求めるとき、その音楽の中に見出すことができる世界があって、それはとても豊かなんです」。

Photo:Taku Miyamoto
Photo:Taku Miyamoto

「(震災復興支援を続けてきて)私にできるのは小さなことで、大きなことにつながるとは思っていません。でも人の暮らしとは小さな思いの積み重ねだと思う」

仲道は「東日本大震災復興支援 チャリティコンサート」への参加や、6か年支援プロジェクトなどを通じて、復興支援を積極的に行なっているが、震災から間もなく10年。この10年を振り返ってみて、改めて被災地への思い、復興支援を通じて感じたこととは?

「何かのテレビ番組で拝見した被災した方の言葉で、すごくハッとしたのが『世の中の人は震災から5年経ってどうですか、10年経ってどうですかとか時間で区切って聞いてきますが、当事者にとっては区切りはないんです』という言葉です。あのとてつもない経験をなさった方たちの心の中が、時間と共に進んでいくわけではない。もちろん生活は進んでいると思いますが、何かがあの瞬間で止まっているということがあるのだなと思いました。私ができることは小さなことです。けれども、少しでもできることはしていきたい、という思いで続けてきました。だから何か大きなことにつながるとも思ってはいないのですが、でも、人の暮らしとは、小さな思いの積み重ねだと思います。私は震災のずっと前から宮城県七ヶ浜町という町と深いご縁があって、最初は震災の時に七ヶ浜の小学校の一年生だった子供たちが卒業するまでの、6か年の支援プロジェクトとして、音楽ワークショップを通じて、子供たちの心に向けて音楽を奏でていく活動をスタートさせました。町から続けて欲しいと言っていただき現在も毎年伺っています。子供さんと音楽を分かち合う時間は、私にとって、かけがえのない時間です」。

「私はショパンは後ろ向きな人だったのではないかと考えています」

仲道は3月5日(金)に東京・紀尾井ホールで、コンサート『仲道郁代 ロマンティックなピアノ 2021』を開催する。今回はライフワークのひとつでもある、オールショパンの楽曲で構成される。今回のコンサートで一番伝えたいこと、そして改めてショパンの音楽の魅力を聞かせてもらった。

「ショパンが生涯をかけ作り上げたのはピアノ曲ばかりです。それはショパンの人生をピアノ曲で全部追えるということです。他の作曲家はそうはいきません。だからピアニストは、ショパンの最初から最後までその創作活動を追うことができます。私はショパンは後ろ向きな人だったのではないかと考えています。『〇〇だったらよかったのに』、とか『〇〇し得なかった自分とは何だったのか』など、それが帰ることができなかった故郷を思う気持ちと相まって、忸怩たる思いを抱えていたのではと思っています。でも、その思いの中に、大切な人、大切なことへの哀しくも清らかな思いが詰まっています。そんなショパンの作品を、今回は彼の人生を追いながら演奏します。ショパンの人生、思いを曲の中に追体験することによって、私は痛みを持つ方へ思いを致すことや、自分の中にある痛みへ寄り添えるような気がします。ショパンというと、美しいとか聴きやすいメロディとよく言われます。でもその美しいメロディの先に、非常に複雑で繊細な心のひだがあると思います。その彼の心のひだのレイヤーのどこかに、お聴きになる方の心の中のある部分がフィットするのではないでしょうか。そしてショパンの音楽はベートーヴェンのように『さあみんな頑張ろう』とは決して言いません。そこもいいのだと思います」。

「ピアノの音楽には言葉はありませんが、言霊はあると思っています」

仲道は音楽と共に言葉を大切にしている。コンサートでもその曲に込められた作曲家の思いを丁寧に掬い、しかし言葉で「伝え過ぎない」ようにしてピアノを弾き、その曲の世界へといざない、聴き手の創造力をどこまでも掻き立てる。一人ひとりの頭と心の中に、音が豊かに広がっていく。

「言葉にも音楽にも言霊があると思います。ピアノの音楽には言葉はありませんが、言霊はあると思っています。音楽の言霊は理屈抜きに直接感じてしまうものです。あまりに直接に感じたものは、今度は言葉に落とし込めないため、何を受け止めたのか釈然としないかもしれません。けれども、何か、感覚の世界において、とても共鳴できることに触れることができたという実感を持てたなら、それはとても“幸せな実感”になると思います。それが音楽なのだと思います」。

BSフジ『仲道郁代 ロマンティックなピアノ2021』オフィシャルサイト