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35周年、60歳を迎えた気高き音の職人・千住明「50代までは修行、これからが僕の人生の始まり」

田中久勝音楽&エンタメアナリスト
写真提供/BSフジ

東京藝術大学在学中から、クラシックからポップスまで多岐に渡り活動を続け、今年が35周年、60歳というアニバーサルイヤーの作曲家・編曲家・音楽プロデューサーの千住明にインタビュー。12月23日には久々のコンサート『千住明 カレンダーコンサート2020』を開催する。60歳になったことについて「今やっと一歩、これからが人生の始まり」と語る千住に、キャリアを振り返ってもらうと共に、これからやりたいこと、そして『カレンダーコンサート2020』について話を聞いた。

「父からの言葉を胸に活動を続けてきた。60歳になってやっと一歩を踏み出して、これからが人生の始まり」

――活動35周年ですが、最初のお仕事は覚えていらっしゃいますか?

千住 大貫妙子さんアルバム『アフリカ絵動物パズル』のアレンジが最初です。最初に世の中に名前が出たのは大貫さんとのお仕事でした。今でも姉貴のような存在で、節目節目で一緒に仕事をする機会に恵まれています。今年も12月20日に4年ぶりに「大貫妙子Symphonic Concert 2020」を行ないます。

――35周年でもあり、60歳になった記念すべき年ですが、60歳になった時の心持ちを教えて下さい。

千住 50歳になった時はきっと夢のような50代になるんだろうと思って、実際に素晴らし50代になりました。でも60歳からは次のステージなので、何か嫌な感じです(笑)。うちの兄弟は皆そうですが、父から「人生ロングレースだから焦るな」とずっと言われてきたので、ひと通り修業が終わったのが50代だと思っています。だから今やっと一歩、これからがやっと僕の人生の始まりです。今まで色々な仕事をやってきて、そのほとんどが、特に40代半ばくらいまでのはオーダーされた仕事です。だから自分を押さえてというか、殺してやってきたという感覚があります。

「40歳の時、人の仕事はたくさんやったけど、自分の仕事を残していないと感じた。そこから音楽への意識が変わった」

――とにかく作品を立てるための音楽、ということですか。

千住 そうですね。特に大河ドラマや連続テレビ小説などの映像音楽は、主人公の感情や物語に寄り添うものです。僕は職業作曲家からスタートしていて、アレンジも含めてクライアントの発注通りにやらなければいけません。そういう制約の中で、そこに自分はいないというか、少しはいますけど、そういう感じでこれまでやってきました。ただ僕の場合、兄(日本画家・千住博)と妹(ヴァイオリニスト・千住真理子)が二人共自分のブランドでやっています。これが羨ましくて羨ましくて、40代の時に僕もスタイル変えようと思いました。人生は本当に不思議だなと思うのが、僕の場合20年毎のブロックに分けられていて、それまでずっと慶應育ちでしたが、二十歳の時に藝大に進もうと決意して、同時にそれまでの隠れるようにやっていたバンド、つまり日陰の身だった音楽を日なたに引っ張り出す作業をスタートさせました。それから20年間音楽を作り続けて、40歳の時に父が亡くなるのですが、その前に病室で、父と一緒に二十歳からの、音楽を許されてからの僕の歴史を二人で話をしながら振り返ったんです。その時に感じたのは、人の仕事はたくさんやったけど、自分の仕事を残してないということでした。その時に世間に対して自分のブランドで勝負できるアーティストになりたいと思いました。元々アーティスト志向だったし、アルバムアーティスト的な発想で作品を書いていきたいと思いました。

――お父様の言葉があったからこそ、今「これから」と思えるということですね。

千住 そうですね。“百里の道も九十里を半ばとせよ”という父が好きだった中国の言葉がありますが、小さい時からそれを言われ続けてきて、九分どおりきて半分ということは、60歳の自分にとってはまだ一歩にすぎないと。兄弟はみんなそう思っていると思います。

「これからは自分のためにたくさん曲を書いて、自分のジャンルを作りたい」

――一リスナーからしてみると、ドラマなどの映像の音楽を千住さんが手がけていると、それを観るひと押しになります。。

千住 もちろん膨らませる作業は自分の感覚なので、ただやっぱりオーダーの仕事をするということは、同時に無理やり仕事をすることでもあるので、それはすごく修行になります。あと自分を再発見できるというか、こういう面があったんだと気づく場でもあって、それは自分のための音楽に生かそうと思うこともあります。

――千住さんは本当に色々なジャンルの作品を手がけていらっしゃいますが、これからはもう少し「自分の音楽」を発信していこうと。

千住 これからは自分のために曲をいっぱい書きたいと思うし、自分のジャンルを作りたいと思っているので、もちろん映像音楽とのコラボレートもやりたいと思っていますが、今度は逆に僕の音楽を利用してほしいということです。すでにある音楽を使って、映像作品をクリエイトしていくという形もいいと思います。

――35年で何曲くらい手がけていらっしゃるのでしょうか。

千住 3000曲あるかないかぐらいだと記憶しています。色々な仕事をしてきた上で、いくつかのキーポイントがあって、忘れないものというのはやっぱりいまだに影響力があって。最初は『226』(1990年/五社英雄監督)で、いきなりロンドンのフィルハーモニー管弦楽団と録音したことは今でも忘れられません。その次がなんといってもアニメ「機動戦士Ⅴガンダム」(1993年)、それからドラマ「砂の器」(2004年)、大河ドラマ『風林火山』(2007年)、アニメ『鋼の錬金術師FULLMETAL ALCHEMIST』(2009年)があって、それで去年のNHK8Kの『ルーブル美術館』(2019年)と、この辺りは自分の中でも特に忘れられない作品、仕事になっています。

「野島伸司さんの作品の音楽は、引き算で音楽を書いていく作業で、“センスの出し方”を勉強させていただきました」

――『高校教師』(1993年)を始めとする野島伸司さんのタッグも印象に残っています。

千住 野島さんとのお仕事は、当時本当に勢いをつけてもらいました。あれはセンスが求められたというか、削ぎ落された、禅問答のような引き算で音楽を書いていくという作業で、仕事をする上での“センスの出し方”というのものを勉強させていただきました。野島さんの脚本というのは残酷に見えても、非常にナイーブで、音楽ではそのナイーブな部分を書いて欲しいと言われました。プロデューサの方に「野島伸司が父としたら、千住明は母である」という言い方をしていただいたのですが、例えばいじめのシーンでは、音楽では哀れんだり、野島さんが書かなかった部分の視線を、音楽にしていくという作業でした。

――野島さんが書かれている言葉や文章の行間にあるものを、千住さんの音楽が炙り出して、それで感動がさらに大きくなるという感じですね。

千住 そうだと嬉しいですね。『高校教師』の音楽は、主題歌の森田童子さんの音楽がベースにあって、それを全部アレンジするという職人的な発想というか、音楽がしゃべり過ぎないよう最低限のことを求められました。ひとつのメロディだけ引き立たせるという、当時同時にやっていた映画の音楽とは、相反する世界を求められたので、二つの世界を同時進行している感覚した。一方でフジテレビや日本テレビのドラマでは派手でゴージャスな音楽を求められて、またそれは勉強になりました。

「こういう状況になって、元に戻るというのはナンセンス。新しいものが表現できるようにならなければいけない」

――そうやって第一線でずっとやってこられて、60歳になる年に世界中がこういう事態になって、千住さんの中で大きく変わったものというのは。

千住 かえって安心したというか、リセットだと思います。僕も60歳になって、0歳へリセット、REBORNというか生まれ直した年だと思っています。いい意味でポジティブになれて、これで何かが変われるだろうと思います。つまりこういうことが起きて、また元に戻るというのはナンセンスな話です。絶対に元通りにはなりません。だからそれは音楽の在り方とか、映像音楽もそうかもしれないし、CDや配信もそうかもしれない。何か新しいものが表現ができるようにならないといけない。ライヴもリアルなライブと、VRを使った配信、両方がスタンダードになっていくと思うし、これは絵画でいうとリアルなライヴは原画、配信等々はシルクスクリーンとか版画だと思います。例えば原画=リアルなライヴを楽しみたい人は、響きのいいホールで自然の倍音を聴いて、いわゆるアルファ波を浴びるように音を浴びられる。で、配信の人たちは、デジタルな技術で擬似的なものを聴くことができる。こちらは割と生活密着型でインスタントなものだけど、ライヴの方は極上のワインを飲むような形だと思います。今、藝大でワークショップをやっていますが、その仲間たちも色々な配信の仕方を考えたり、他の学校や研究機関と一緒になってその仕組みを考えて、とりあえずやってみようの精神で、クリエイターたちが新しいことを考えています。その“生み”のエネルギーはやっぱり大したものだと思います。

――今音楽シーンでも藝大出身のミュージシャンが大活躍しています。

千住 やっぱり基礎ができているし、今までは非常に囲まれた世界の中での活動だったのですが、国の方針でそれが変わりました。「もっと新しいものを作りなさい、もっと外に出て行きなさい」と。先ほども出ましたが、僕は2015年からは「SENJU LAB」という藝大の全ての学生や卒業生を対象に創作ワークショップを主宰していて、プロフェッショナルになるための教育をやっています。僕は音楽は教えるものではないと思っていて、音楽ではなくクリエイションを教えています。だから美術学部、音楽学部、バリアを取り払って新しいコラボレーションからコンテンツを作るワークショップです。

「『カレンダーコンサート2020』では、実験的な音楽をやりつつ、森林浴をするような、体に優しい生音の響きに包まれて欲しい」

――12月23日に行う『千住明 カレンダーコンサート2020』で演奏するSENJUcoLAB Ensembleも、ここで学んでいる若手の音楽家の方達ですか?

千住 卒業生だけではなく、こういうコロナ禍の中で演奏したい、でもできない若い人たちの有志が集まって、核になっているのはSENJU LABから出たグループですが、全国から、藝大出身、卒業生はもちろん他音大生も含めて集まって、新しいスタイルの20代のアンサンブルを作りました。2015年に発売した『CALENDAR SUITE カレンダー組曲』という作品があって、春夏秋冬12ヶ月の自然を音楽と写真で描いた作品です。今年当たり前だったカレンダーが崩れてしまって、でも日本には変わらない四季というものがあって、改めて美しい日本の風景を思い出して欲しいという気持ちを込めて企画しました。もちろん今までやってきたおなじみの曲もやりますし、実験的な音楽もやろうと思っていて、音だけではなく映像もコラボレートした内容になります。SENJU LABの作品も出てくるので、新しいジャンルというかメディアというか、そういうものを率先してやっていこうと思います。会場の紀尾井ホールで、生の響きの中で、さっきも出ましたが自然の倍音を感じてもらって、本当に森林浴をするような音にしたいと思っています。ある意味体に優しいコンサートになると思いますし、その空間で休んでいただきたい。寝てしまう方がいてもいいと思っているくらい、極上の瞑想空間を作りたいと思っています。過去に思いを馳せ、未来に夢を巡らせる時間を、日本の風景映像、そして千住明の楽曲ともにお届けします。そしてウィーン在住のソプラノ歌手、田中彩子さんも特別ゲストとして出演して頂ける事になりました。

「日本人は自分達の文化にもっと気づくべき。サブカルチャーだと思っているものが、実はメインカルチャーだと気づくべき」

ベストアルバム『ビサイド・ユー~メインテーマⅡ』(10月21日) 60歳の誕生日に発売された最新ベスト盤。ジャケットは、リアリズム絵画で注目を集める画家・諏訪敦の描きおろしによるポートレイト
ベストアルバム『ビサイド・ユー~メインテーマⅡ』(10月21日) 60歳の誕生日に発売された最新ベスト盤。ジャケットは、リアリズム絵画で注目を集める画家・諏訪敦の描きおろしによるポートレイト

――35年活動されてきて、日本の音楽シーンをずっと見てきて、千住さんの目には現在の音楽シーンはどう映っていますか。

千住 僕の子供の頃からポップスはアメリカを見て、クラシックではヨーロッパを見てきました。それが例えばシティポップスやアニメ、ゲーム音楽が世界的に流行して、今は世界中の人が日本を目指してアプローチをしていて、立場が変わった気がします。本当は気づかなかった自分達の文化にもっと気づくべきです。美術品でもなんでも逆輸入が多いじゃないですか。サブカルチャーだと思っているものは実はメインカルチャーだということに気づかなければいけない。それで藝大も変わって来たのだと思います。カルチャーとして守っていたものが、よくわからなくなってきて、混沌としてしまっていると。何をもってカルチャーというのか、カルチャーが学問になったらカルチャーじゃなくなってしまうのでは?ということですよね。だからやっぱり活気があるところに、文化は宿ると思います。そこに若いミュージシャンたちは気づいているのだと思います。それからよく「シンフォニックコンサート」というのがあると思いますが、僕も色々なアーティストとたくさんそういうコンサートをやっていますが、みんながやり始めて、もうオーケストラが凄いとかそういう時代ではないと思っています。お客さんも見せかけだけでは飽きていると思います。シンフォニック、クラシカルとか銘打つ以前に、必要であればきちんとリズム隊も入れて、“極上のポップス”を作っていくべきです。ポップスはそうあるべきだし、お客さんもそれを望んでいると思います。

BSフジ『千住明 カレンダーコンサート2020』特設サイト

千住明 オフィシャルサイト

音楽&エンタメアナリスト

オリコン入社後、音楽業界誌編集、雑誌『ORICON STYLE』(オリスタ)、WEBサイト『ORICON STYLE』編集長を歴任し、音楽&エンタテインメントシーンの最前線に立つこと20余年。音楽業界、エンタメ業界の豊富な人脈を駆使して情報収集し、アーティスト、タレントの魅力や、シーンのヒット分析記事も多数執筆。現在は音楽&エンタメエディター/ライターとして多方面で執筆中。

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