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歌うヴァイオリン、踊る旋律――充実の時を迎え躍動する美しきヴァイオリニスト・小林美樹

田中久勝音楽&エンタメアナリスト
写真提供/ソニー・ミュージックダイレクト

2020年という年はとにかく不安に包まれた一年だった。コロナ禍では、一瞬でも一秒でも何か希望を感じさせてくれるものに触れたい、包まれたい、その積み重ねでどうにか心を落ち着かせることができる――音楽が果たすその役割は大きいのではないだろうか?

改めてそう感じたのが、ヴァイオリニスト・小林美樹のコンサートだった。このコンサートの数日後に彼女にインタビューする機会に恵まれ、コンサートのレポートとインタビューを織り交ぜて、彼女の魅力に迫りたい――。

輝かしいキャリアを誇る美しきヴァイオリニストの、フランクなコンサート

「舞台に出た瞬間から“自分はスターだ”と思っています(笑)。そうじゃないと緊張に負けてしまいそうだから」
「舞台に出た瞬間から“自分はスターだ”と思っています(笑)。そうじゃないと緊張に負けてしまいそうだから」

11月17日、横浜市栄区民文化センター リリスホールで行われた「午後の音楽会 第121回プレミアムコンサート 小林美樹ヴァイオリンリサイタル」は、客席を50%に減らし、万全の感染対策が取られる中、駆け付けたファンが彼女のヴァイオリンの美しい音色に酔いながら、とにかくその時間を“楽しんでいた”。この日のコンサートは小林のメジャー第1弾アルバム『Anthology』(9月30日)の発売を記念したコンサートでもあった。小林は天才少女と呼ばれ、幼少時から頭角を表し、16歳で「レオポルト・モーツァルト国際ヴァイオリンコンクール」(2006年)でギドン・クレーメル氏より審査委員特別賞を受賞、そして5年に一度ポーランドで行われる、世界中の若手ヴァイオリニストが競う、伝統と権威のある『第14回ヴィエニャフスキ国際ヴァイオリンコンクール』(2011年)では、弱冠21歳で第2位を獲得し、その後様々なオーケストラと共演し、国内外で活躍する輝かしいキャリアの持ち主だ。

世界から注目を集める指揮者・山田和樹は彼女のヴァイオリンについて「美樹さんが奏でる音には『艶』がある。そしてその音楽には『香り』がある」と評し、絶賛している。そんな彼女の演奏を楽しみに、多くの老若男女が平日の午後、駆け付けた。

ヴァイオリンを弾く、その佇まいの美しさにひきこまれた。「それは留学先で叩き込まれました。だから弾き方って大事だなと思っていて。うまく弾くことはもちろん、それプラス自分の魅力を伝えられるような弾き方を考えて、舞台に出た瞬間から“自分はスターだ”と思っています(笑)。そうじゃないと緊張に負けてしまいそうだから。内心は緊張していますが、堂々と見せるということも大切だと思います」。

アルバム『Anthology』で、ほとんどの曲に参加している坂野伊都子のピアノと共に、アルバムに収録されているドヴォルザーク/クライスラー編「スラヴ幻想曲」、ガーシュインのオペラ「ポーギーとベス」組曲、武満徹『SONGS』より「めぐり逢い」「恋のかくれんぼ」「さようなら」、パガニーニ「カンタービレ」など古今東西の名旋律を、優美に奏でる。その圧巻のテクニックから繰り出される繊細で優しく、力強い音色は聴き手の心に響き、潤いを与えてくれる。そして一曲ずつ“普段着の言葉”で、優しく丁寧に曲の背景や聴きどころを教えてくれる。「難しい曲をやる前は、一旦下がって水を飲ませていただきますので、あ、次難しいやつをやるんだなって思ってください」「指が1cmずれただけで台無しになる曲」「武満さんの『SONGS』は大好きな曲で、CMにピッタリだと思いますので、どなたか使ってください」など、フランクなトークで客席とコミュニケーションを取る。そしてひとたび演奏が始まれば、その美しい音色に引き込まれ、心を掴まれてしまう。それは例えクラシックに興味がない人、詳しくない人でも、だ。音楽はとにかく楽しくて素敵なものということを、彼女は言葉と音で伝え続けている。

「歌」と「踊り」をテーマにしたメジャー1stアルバム『Anthology』

これまで3枚CDをリリースしているが、今回の『Anthology』というアルバムには特別な感情と愛着を持っている。

メジャー1stアルバム『Anthology』(9月30日発売) 唯一ギターとのデュオで収録されている「カンタービレ」では、名手・福田進一と共演
メジャー1stアルバム『Anthology』(9月30日発売) 唯一ギターとのデュオで収録されている「カンタービレ」では、名手・福田進一と共演

「今までCDはただ録音して、完成したものを手にしてという感じでしたが、今回の作品は例えば細かいことでいうと、曲間の秒数を決めたり、曲の響きを削ってみたり、そういう作業まで見せて頂けたので、CDってこうやってできるんだということが、初めてわかりました。曲を自分で全部決めたのも今回が初めてですし、どうしてこういう曲を入れたいのか?ということもすごく考えたし、セルフライナーノーツも書いて、盤面の色や細かい部分まで決めたのも初めてでした。できあがった時、すごく感激しました」。

「どんな気持ちで弾いているのか、曲の聴きどころなど自分の思いを話してから演奏したほうが、色々な方に楽しんでいただけると思います」

そのこだわりのCDの曲をお客さんの前で初めて演奏した前述のコンサートは、やはり強く印象に残っているという。

 「コンサートは一人ひとりの貴重な時間を頂いているという気持ちで、いつも臨んでいます」
 「コンサートは一人ひとりの貴重な時間を頂いているという気持ちで、いつも臨んでいます」

「この状況の中集まってくださるか不安でした。でもたくさんの人が来て下さって本当に嬉しかったです。コンサートってスマホを見ない時間じゃないですか。そういう時間って今、本当に貴重だと思っていて。休憩はあっても2時間スマホを一回も見ないことって今、日常生活でなかなかないと思います。だから一人ひとりの貴重な時間を頂いているんだなっていつも思っています。やっぱりトークが入ると緊張します(笑)。でもただ弾いているよりは、“こういう思いで弾いている”とか“こういうところに注目して聴いてほしい”とか、自分の思いを話したほうが、色々な方に楽しんでいただけるのかなと思っていて。でも話すことによって自分がすごく緊張してしまって、難しい曲ですって言って間違えてしまったらどうしよう、というプレッシャーも感じていて(笑)。弾いて、すぐ喋っての繰り返しだと、曲の準備も頭の中でしつつ、トークもしつつなので本当に大変です。でも皆さんが喜んでくださるのでトークを入れるようにしています。やっぱり生の音を聴いて頂きたいといつも思っているので、コロナの時、ステージに立てないのが本当に辛かったです。動画配信はしましたが、やっぱりお客さんのエネルギーをもらいつつ演奏したいという思いが強いです。拍手を頂いて、笑顔を見れたりすることで私もすごくエネルギーを頂けるし、熱のこもった演奏もできるので、無観客とか動画配信とは、違う喜びを感じることができます」。

アルバムを聴き、コンサートを観てその佇まいと音からオーラを感じ、インタビューをして空気感を感じると、すべてが一本に繋がった気がした。「その作品に生命を吹き込むために一番大切なのは演奏者が一旦楽器のことを忘れ、『自分は歌っている』と想像することだと思う」と、“歌と踊り”をテーマにした今回のアルバムのライナーノーツに彼女は記している。情感豊かにヴァイオリンで歌い、思いを込めて、その作品の素晴らしさをきちんと伝える。品があって、人間らしい音を奏でる人――そんな感じがした。音楽に対する真摯な姿勢が言葉からも伝わってくる。

「弾いてる時と話してる時、別人みたいだよねって言われることがありますが、自分の中ではそんな感じはなく、全部私だと思っています」。

姉はピアニストの小林有紗で、海外のコンクールで優勝するなど注目を集めた。一時期は姉同様ピアノを習っていたという小林だが、小学1年生の時にヴァイオリンと出会い、すぐにその才能が開花し、頭角を表す。練習へのアプローチも姉妹で全く違っていたという。そして2010年からウィーン私立音楽芸術大学に留学し海外での生活も経験。それが刺激になったという。

「今日できなくても一回寝たら明日はできるかもしれないと思うタイプ(笑)」

左:パヴェル・ヴェル二コフ氏、右:マキシム・ヴェンゲーロフ氏(2011年留学時)
左:パヴェル・ヴェル二コフ氏、右:マキシム・ヴェンゲーロフ氏(2011年留学時)

「出るコンクールで全部1位を取ることができて、幼いながらもこれ以上自分に合うものはないと思っていたと思います。姉は真面目で、ちゃんと“今日はここまでできるようにしよう”って決めたらちゃんとやるし。でも私は“今日はできなくても一回寝たら明日にはできるかもしれない”って思うタイプで(笑)。できないからこそヒントをもらったりすることもあるし、できないんじゃなくてこのほうが本当はいいのかも?と思ったり、できることが、完璧なことがいいというわけではない、という考え方にもなっていました。もちろんちゃんと基礎ができていることが前提ですが、まじめにやろうとはあまり思わなくて(笑)。海外で、その空気感を感じるということは大事だと思います。外国の同世代のヴァイオリニストの演奏を聴くだけでも刺激的だと思います。表現の幅が違い過ぎて“こんな表現する演奏家、見たことない”という人がたくさんいます。留学先の先生にも、技術的なことよりも、とにかく表現のことを教えていただきました。それまではいかに間違えずに弾くかということに囚われていました。コンクールではそれが評価されるということもありましたが、でもいかに舞台で自分を美しく見せるかとか、そういうレッスンが多くて目から鱗の連続でした」。

「歌と踊りは音楽の原点。だから歌うようにヴァイオリンを弾くことで、曲の本質が見えてくる」

アルバム『Anthology』のセルフライナーノーツで、素敵な言葉を見つけた。「音符が踊り、私は歌う」というこのアルバムのコンセプトになっているキーワードだ。

「ヴァイオリンはメロディーを弾くことが多くて、伴奏とかはあまり弾かないのでやっぱり歌なんです。今までヴァイオリンで弾いていたニュアンスを歌ってみると、自然に歌えるというか。コンサートのプログラムにも書いたのですが、小さい頃からここは歌うとしたらどんな風に歌うかなと思いながら練習してきました。それが明確になると、ヴァイオリンに戻って弾いた時に“こういう風に弾くのが自然なんだろうな”って思います。なのでヴァイオリンだけ弾いていたら、ちょっと違和感のあるメロディーになってしまうというか、やっぱり音楽って歌なんだなって思います」。

「30歳からは今まで経験したこと、得たことを自分なりに花を咲かせていきたい」

かつて天才少女と呼ばれた小林も30歳になり、円熟期を迎え深く“深化”していくその音は高い評価を得ている。キャリアを重ねてきて、ヴァイオリン、そして音楽に対する思いは変わってきているのだろうか。

宮崎国際音楽祭特別公演『オータム・クラシック2020』(C)K.Miura
宮崎国際音楽祭特別公演『オータム・クラシック2020』(C)K.Miura

「20代まではずっと勉強だったと思っていて、30歳からは今まで勉強してきたこと、経験を、自分なりに花を咲かせなければと思っています。20代までは新星ヴァイオリニストと言っていただけて、色々なオーケストラとコンチェルトを弾かせて頂いたりとか、様々な経験を積ませて頂きました。でもヴァイオリンの世界はスタートが早いので、30代になるともう若くはありません。いかに今までやってきたことプラス、自分をどう見せられるか、ということを追求しなければいけません。それで20代後半は“私の個性って何なんだろう?”ってすごく悩みました。まだちゃんと見つけられていませんが、演奏がうまい人はたくさんいるので、その中で自分をどう見せるか、自分の個性はこれということを見せていかなければ生き残れないと思います。でも30代からが一番楽しいんじゃないかなとも思っていて。今本当に楽しんで演奏できるようになりました。もちろん辛いこともいっぱいあって、練習もたくさんしなければいけないですが、新しいことにももっとチャレジして、人がやっていないことをやりたいです。例えばサントリホールでコンチェルトリサイタルとか、大御所の方はやられていますが、20~40代でやった人はいないと思います。絶対実現させたいです」。

ヴァイオリンについて小林は「これまでも、これから先も、一番身近で私を応援し、守ってくれる存在」と言い、また、彼女はヴァイオリンからも愛されている、そう思わせてくれる演奏と音色で感動を与えてくれる。小林美樹の音楽は“なんかいい”。その“なんか”はクラシックに詳しくない人もアルバム『Anthology』を聴けばきっと伝わるし、コンサートにいけば明確にわかるはずだ。

OTONANO 小林美樹『Anthology』特設ページ

音楽&エンタメアナリスト

オリコン入社後、音楽業界誌編集、雑誌『ORICON STYLE』(オリスタ)、WEBサイト『ORICON STYLE』編集長を歴任し、音楽&エンタテインメントシーンの最前線に立つこと20余年。音楽業界、エンタメ業界の豊富な人脈を駆使して情報収集し、アーティスト、タレントの魅力や、シーンのヒット分析記事も多数執筆。現在は音楽&エンタメエディター/ライターとして多方面で執筆中。

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