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民謡界の貴公子・剣持雄介 「民謡は古臭い、という空気をぶち破りたい」

田中久勝音楽&エンタメアナリスト
写真提供/ソニー・ミュージックダイレクト

「民謡はお年寄りがやるというイメージが強いみたいだけど、若手もいるんだということを広く伝えたい」

講談界に神田松之丞、浪曲界に玉川太福という、伝統芸能の次世代を担う“革命児”が登場し、新たな“うねり”を起こし、ファンの裾野を広げている。民謡界も、剣持雄介という革命児が熱い思いを持ち、民謡を少しでも若い人に聴いてもらおう、興味を持ってもらおうと奮闘している。全国の様々な民謡を唄い、三味線・太鼓の演奏、また、ユニット『和奏団 樂謡座』や様々なジャンルとのコラボレーションなど幅広く活動を展開している剣持が、「唄うことが好きだ、民謡が好きだ」という気持ちと改めて向き合い、表現した作品が『謡-Uta-』(2019年12月4日発売)だ。この作品に込めた思い、そして改めて民謡に対するその思いをインタビューした。

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剣持雄介、1983年生まれの36歳。人気と実力を兼ね備えた“イケメン”若手民謡歌手だ。民謡というとお年寄りがやるもの、聴くものというイメージが先行していることが、もどかしいという。

「民謡はやっぱりお年寄りがやるというイメージが強いみたいなので、若手もいるんだよということを伝えたいです(笑)。若い人の中には『民謡って演歌みたいなものでしょ』という解釈をしている人も少なくないので、ちゃんと聴いてもらえさえすればわかってもらえると思いますが、まずは民謡は民謡、ということをわかって欲しいです」。

役者、ギターデュオ、サラリーマン…異色の経歴の民謡歌手

剣持は民謡歌手の中では異色の経歴の持ち主といえる。両親が元々民謡を唄っていたため、生まれる前から民謡に触れ、三歳で初舞台に立った。その後様々なコンクールで優勝し、将来を嘱望されながらも、中学一年の時に役者の世界にも飛び込む。

「中1から高1までNHKのドラマ『中学生日記』に出演していました。両親が勝手に応募したら合格し、中3の時には主演をやらせていただきましたが、役者は難しいなと思ってしまって。あと、その時ちょうど音楽が好きで、そっちに興味があったからです。高2の時に相方と出会って、当時ゆずが人気だったのでギターデュオを組んで、オリジナル曲を作ってオーディションにも出ました。相方が曲を書いて、僕が歌詞を書いていました。全国4000組くらいの中からファイナリストに選ばれて、東海・北陸代表として東京で行われる決戦大会に出場しました。その時、メジャーレーベルから声をかけていただいたのですが、担当の方に『3か月で100曲書いてきて』って言われて、その時に現実を突きつけられて、プロの道の厳しさを思い知らされました。将来は音楽で、ポップスで飯を食べていけたらいいなと思いながらやっていましたが、難しいかなって思いました」。

23歳の時に再び民謡の世界に戻り、本格的に取り組み、コンクールで実績を残し注目を集める存在に

もちろん民謡は並行してやっていた。しかし大学4年の時、ギターデュオは解散して、民謡も含めて音楽を全て辞めようと思い、信用金庫に就職した。しかし体調を崩し、半年で退職し、数か月休養の時間に充てた。その時間に改めて民謡と向き合い、23歳の時に津軽民謡の唄付け(津軽三味線)を松田隆之氏に師事し、再び民謡の道に戻り、本格的に勉強を始めた。

「僕らの世界で有名になる、売れるためにはコンクールに挑戦して、そこでいい成績を収めて名前を売るという方法しかなくて、大阪のNHKが、“民謡の甲子園”と呼ばれている大会『日本民謡ヤングフェスティバル』をやっていて、そこで優勝してから、2009年に『それいけ!民謡うた祭り』(NHK総合)のレギュラーが決まったり、転機がいくつかありました」。

「民謡は唄の背景やどんな思いが込められているかを、わかりやすく説明しなければ、若い人には難しい部分もある」

ラジオのパーソナリティという仕事も転機のひとつだ。その巧みな話術と民謡歌手としては異色の経歴が制作サイドの興味を引き、NHK-FM『FMトワイライト』(東海・北陸地方)のパーソナリティを担当した。「民謡はしゃべり、説明がないと伝わらない部分が多いと思います。正直唄だけ聴いてくださいと言っても、きちんと伝わらないかなって。唄の背景やどんな思いが込められているかを、わかりやすく説明しなければ、特に若い人には難しいのかもしれません」。

そして2012年にミニアルバム『音心伝心』でCDデビューを果たす。

「高校の時、音楽を始めたのは単純にモテたいという動機でした(笑)。今はこの唄のよさを一人でも多くの人に伝えたくて。ある時、お客さんが涙を流しながら聴いてくださっているのを見て、その時鳥肌が立って、以来、そういう人が増えたらいいなという思いで唄わせていただいています。盆踊りは音楽が流れると自然と輪になって踊りますが、それが民謡なので、夏だけではなく春も、秋も、冬も、もう少し身近に感じて欲しいです」。

「胸の熱くなる」民謡をセレクトし、唄った『謡-Uta-』

『謡-Uta-』(12月4日発売) ジャケット写真も着物ではなく、カジュアルなファッションで、幅広い層に訴える
『謡-Uta-』(12月4日発売) ジャケット写真も着物ではなく、カジュアルなファッションで、幅広い層に訴える

そんな思いを込めて剣持自身「胸の熱くなる」民謡を選曲し、魂を込めて歌った作品が『謡-Uta-』だ。2000年の『全国尾鷲節コンクール』で優勝した経験を持つ剣持の十八番であり、地元の唄として愛してやまない「なしょまま~寄せ太鼓~尾鷲節」(三重県民謡)、そして「佐渡おけさ~選鉱場おけさ」(新潟県民謡)、「津軽三下がり」(青森県民謡)、「いかとり唄」(神奈川県民謡)の4曲が収録されている。深い哀しみが漂うものあり、心躍る唄あり、わずか三十一文字の歌詞をひと言ひと言かみしめるように唄う、自身が三味線、太鼓を演奏している作品ありと、その表現力の豊さに驚かされる。なにより剣持の声が持つ力が、心の深くまで響いてくる。まずは何も先入観を持たずに聴いて欲しい。

「民謡界は高い音を出すことがいいという風潮があるが、心地いいキーで唄った方が、聴き手も聴きやすいと思う」

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「僕自身が小さい頃から、尾鷲の地元の方たちが叩く、寄せ太鼓の音に感動していたので、今回絶対1曲目は『尾鷲節』と決めていました。尾鷲節保存会の方たちになんとかお願いをして、演奏してもらいました。自分には柱、中心となるものがあるのかなと時々不安になることもありますが、『尾鷲節』は30年以上唄っているし、2曲目の「佐渡おけさ」は父の故郷の民謡で、生まれた時から聴いていました。こういう唄があるから、自分の柱は太いのかもしれないと思えるし、だからこそ色々できるのかなと思っています。現在でも地元の人にもお世話になっているし、色々な思い出ありきの唄なので、感情的にもすごく入りこんで唄っています。20代はとにかく高いキーで勝負していましたが、30代になって、いよいよ味を出していきたいと思うようになりました。最近はすごく冷静にお客様のことを考えて、自分の唄った音源を聴いてみて、聴きづらいなと思ったら敢えてキーを下げています。特にコンクールではそうですが、民謡界では、高い音を出すことがかっこいいという風潮があります。でもショーでは、ちょっと下げて、心地いいところで唄った方が、お客様も聴きやすいかなと考えるようになりました」。

普段は玉置浩二や久保田利伸という、日本を代表するシンガーの音楽をよく聴いているという。

「玉置浩二さんと久保田利伸さんは尊敬するお2人で、とにかく歌がうまい。玉置さんは毎回歌い方が違います。そうなりたいと思っていて、僕が唄う民謡でも1番、2番、3番で変化をつけ、歌うようにしています」。

「民謡は下火だとずっと言われていて、このままだと無くなってしまうと、とても危機感を感じています」

現在、剣持の元には下は小学3年生から上は80代まで、様々な人たちが民謡を学びに来ている。

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「年齢が上になればなるほど、すごくお稽古をしてくれます。指導すると、次にレッスンのときにはちゃんとアップデートできていて、すごいです。唄うことが長生きの秘訣と言ってくださるし、民謡をやっている方は、確かにみなさん若いです。昨年、小学3年生の弟子が少年少女全国大会で優勝をいただきました。こんなにも嬉しいことはなく、改めて私自身も成長しないと、と強く思いました。若い人たちには全然無理強いはしません。僕が色々な経験をしているので伝えることができると思いますが、色々なことをやってみて、何が自分に合うのかを見極めて、そこから決めればいいと思っています。民謡がやりたいと思ってくれるのが一番いいのですが、唄がうまいのであれば、全然違う音楽をやってもいいし。でも民謡をやっている基盤があるのは、絶対強いと思います。民謡は下火だとずっと言われていて、このままだと無くなってしまうと、とても危機感を感じています。なんとかしなければいけないし、そういう志を持っている仲間もいます。だから色々な公演を打って、全国で学校公演を行なったり、子供たちにもっと興味を持って欲しいと強く思っています。民謡を広めるための火付け役も欲しいですよね。僕自身もその一人になりたいとは思っていますが、一人ではどうにもならないので、今一緒にやっている人達全員で、色々発信していきたいですし、『和奏団 樂謡座』での活動もそのひとつです。民謡は古臭いよ、という空気をぶち破りたいと思っています。難しいとは思いますが、それが僕の使命だと思っています」。

心に響く唄は、民謡もポップスもロックもジャンルは関係ない。その歌が持つ“熱”や世界観を、歌い手がどれくらいの思いを込めて、どう聴き手に伝えることができるか――歌い継がれ、聴き継がれてきた日本の心=“謡-Uta”を、剣持雄介という民謡家が、大きな波を作り、伝えようとしている。

otonano 剣持雄介「謡-Uta-」特設サイト

音楽&エンタメアナリスト

オリコン入社後、音楽業界誌編集、雑誌『ORICON STYLE』(オリスタ)、WEBサイト『ORICON STYLE』編集長を歴任し、音楽&エンタテインメントシーンの最前線に立つこと20余年。音楽業界、エンタメ業界の豊富な人脈を駆使して情報収集し、アーティスト、タレントの魅力や、シーンのヒット分析記事も多数執筆。現在は音楽&エンタメエディター/ライターとして多方面で執筆中。

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