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上白石萌音 「“演じること”と“歌うこと”、両方ないと私は私じゃない」

田中久勝音楽&エンタメアナリスト
写真提供/ユニバーサルミュージック・ユニバーサルJ

2年ぶりの新作、ミニアルバム『i』は、5つの恋物語が描かれた、こだわりが詰まった一枚

ミニアルバム『i』(7月10日発売/通常盤)
ミニアルバム『i』(7月10日発売/通常盤)

上白石萌音の2年ぶりの新作、ミニアルバム『i』(アイ)が7月10日に発売された。前作『and...』もそうだったように、歌手、そして表現者・上白石萌音のこだわり、思いがつまった一枚だ。思わせぶりな恋、終わった恋、幸せな恋、誰にも言えぬ恋、そして片想いの恋、“5つの恋物語”を丁寧に紡いでいる、短編小説集のような作品だ。5曲だが、フルアルバムのような濃密な時間が流れている。「妥協したくなかったので、たくさんわがままも言って(笑)、話し合いを重ねて作りました」という上白石に、このミニアルバムについて話を聞いた。

「まず、5つの恋の物語を描くというテーマが決まって、それを一編一編ちゃんとストーリーにしたいという思いがあって、“裏”テーマとしては、きちんと思いを伝えて作ろうという決意でした。なので、『こういう風な曲調で、楽器はこういうのが使いたいんです』とか、明確なイメージをスタッフさんに伝えました。20歳を超えて初めての作品なので、自分の意見、考えをしっかりぶつけたいと思いました」。

「前作から2年間空きましたが、ますます音楽、歌への思いが深くなった」

前作の『and...』を作り、ますます音楽、歌に対する思いが深くなって、少しでもいい作品を作りたいという、いい意味で欲が出てきた結果、出てくる言葉だ。  

「アルバムは出していませんでしたが、音楽番組で歌ったり、ミュージカルに出演したり、そういう中で色々な学びもあって。だから2年間決して無ではなくて、少しずつ気持ちも、そして色も溜めていた時間で、もどかしい思いもありましたけど、音楽への愛が深まる時間でもありました」。

上白石にとっては女優も歌手も、同じメインの舞台なのだ。上白石というシンガーに魅力を感じて、前作『and...』には秦基博、世武裕子、名嘉俊(HY)、藤原さくら、多保孝一、内澤崇仁(androp)が楽曲を提供し、素晴らしい一枚が完成した。今作も、YUKIが作詞、今大きな注目を集めているバンド・ヨルシカのn-buna(ナブナ)が作曲した「永遠はきらい」を始め、前作に続いてandrop内澤が手がけた、主演映画『L〇DK ひとつ屋根の下、「スキ」がふたつ。』の主題歌「ハッピーエンド」など、今、上白石が歌いたい、今の上白石に歌って欲しい5つのラブソングが集まった

YUKI×ヨルシカ(n-buna)という異色のタッグから生まれた「永遠はきらい」

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「『永遠はきらい』は、YUKIさんとn-bunaさんという、奇跡的な巡り合わせの中から生まれた、すごく瞬発力のある稲妻のような曲です。YUKIさんが本当に素敵な歌詞を書いてくださり、デモ音源でYUKIさんの歌を聴いた時、『もうこのままで!』と思ってしまうほど、世界ができあがっていて、一方で『これは試練だ!』と思いました(笑)。思わせぶりな恋をテーマにした曲で、最初聴いたとき、本当に駆け引きをしているような気持ちになって、ドキドキしました。n-bunaさんが書いてくださった曲は、聴いた瞬間にヨルシカさんだってわかるし、でもすごく寄り添って書いて下さり、どのフレーズもサビのような強さがあって興奮しました」。

この作品についてYUKIは「気に入っている“ごはんの粒”のくだりは、倍音のあるレンジの広い萌音さんの歌声だから、さらりとした歌い方が似合うだろうなあと想像しながら仮歌を入れてみました。とても楽しく作りました」(抜粋)とコメントし、n-bunaは「新しい関わりでの制作というのはよく心踊らされるもので、楽曲打ち合わせから戻ってすぐ上白石さんに合うコード感、メロディはどんなものだろうと想像が膨らみました。童心に帰った気持ちの制作でした」とコメントしている。上白石の歌、声が作り手の想像を掻き立て、彩り豊かで、上白石の歌も表情豊かだが、結果的に純度が高いピュアな作品に仕上がっている。

 

「曲自体が持つカラーと力が強いので、私はまっすぐ、ニュートラルに歌おうと思いました。でもたまに遊ぶところは遊んで、楽しみました。この曲に限らず、アルバム全体を通して言えるのが、歌に関しては装飾をなるべく外し、引き算という感覚で歌いました」。

YUKIが紡ぐ言葉から生まれるリズムと、n-bunaが作るメロディとサウンドがひとつになっている生まれるグルーヴの中で、上白石は泳ぎ、でもしっかりと泳ぎきり存在感を残している。

「曲と向き合う時間は、役と向き合う時間と似ている」

「アルバム制作にあたって、曲と向き合う時間は、役と向き合う時間と似ています。台本や台詞を反芻するように、歌詞を頭の中で思いめぐらせたり、バックトラックだけを聴いたり。そうして「永遠はきらい」も自分なりに答えをみつけ、まさに曲の中で泳いでる感じというか、水掻きをしていました(笑)」。

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「Ao」は“終わった恋”をテーマにした楽曲で、美しいストリングスが物悲しく響く、シンプルかつ深い一曲。切ない歌声が胸に響く。

 

「悲しいだけではなく、どこか安ど感がある失恋の曲になるといいなと思いました。ちょっと背伸びした恋が終わって、1人に戻ったとき、ちょっとホッとした感じを出したかった。この曲も色々なものを削ぎ落して、かろうじて一本糸が残っているという感覚で歌いました」。 

この曲も含めて今回の作品には、歌詞の中に「星」や「月」という言葉が出てくる曲が多いが、人が人を想う様々な恋愛の光景やシーンを、想像させてくれる。

「結果的にそうなりました。私が作詞した『ひとりごと』にも<ムーンライト>って使っているし、やっぱり恋愛のことを考えるのは夜なんだなと思って。21歳の私的には、まだそこにしか達してない(笑)。『ひとりごと』は『アコギを使った、シンプルで静かめの、ゆったりとした曲がいいです』というお願いしました。『でも暗くなりすぎない、ちょっと前向きな片想いにしたいです』と、前向きな明るさも感じる雰囲気の曲にしたかった」。

作家、スタッフみんなで言葉を出し合い、曲の輪郭を具体的に固めていく作業が「まだ見ぬ曲について語り合うという新鮮な経験」で楽しかったという。「巡る」は“誰にも言えぬ恋”をテーマにした、口には出せない感情が爆発している胸の内を歌っている。  

「言えないので歌いますという感じで(笑)。それと、やけくそ感と、青さ故の、ぐちゃぐちゃな感じが入っている男性目線の曲もあると面白いかなと思って、作詞家さんにお伝えしました。結果的に一番難しくて、一番エネルギーが必要な曲になりました。多分これを歌って、痩せたと思います(笑)。静かに始まって、本当にどうしようもなくて、一杯一杯になっていく様子、ふつふつと思いが煮えたぎる感じを出して歌うのが、本当に難しかったです」。

「『ハッピーエンド』は、2年間片想いをしていた曲」

前作『and...』に収録されている、androp内澤が手がけた「ストーリーボード」という、上白石にとって特別な存在の、ファンの間でも人気の作品がある。今回収録されている「ハッピーエンド」は、「ストーリーボード」とつながっている、上白石が「恋した」特別な一曲でもある。

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「『and...』の時に、「ハッピーエンド」の元になる曲と「ストーリーボード」の2曲を内澤さんが書いてくださって、その時はアルバム全体のバランスを考えて「ストーリーボード」が収録されました。でもやっぱり「ハッピーエンド」のことを忘れられなくて、ずっと2年間思い続けていました。映画の主題歌のお話をいただいたときに、この曲のことが真っ先に浮かびましたが、もしかしたら他の人の手に渡っているかもしれないと思って、すぐ確認してもらいました。結果的に歌えることになって、まるで片想いが成就したという感じです(笑)。連絡先も知らずに、離れ離れになった人と再会できた、みたいな(笑)。内澤さんからも『やっぱり萌音ちゃんの声で完成させたかった』って言っていただいて、嬉しかったです」。

「ストーリーボード」は男性目線、「ハッピーエンド」は女性目線で、「歌詞にも同じ言葉がちらっと出てくるので、そこにも内澤さんの愛を感じました。二つでひとつという感覚が強いので、ライヴでは絶対この2曲を続けて歌いたいです。これから色々経験していく中で、曲への印象や歌い方も変わっていくのかもしれないけれど、変わりながら、でも繋ぎ止めながら、歌っていけたらいいなって」と、改めて、この曲への愛情を教えてくれた。

「レコーディングをしていて、ふとした言葉が、過去に演じた役に繋がっていく瞬間が何度もあった」

役者としても映画、ミュージカル、舞台に引っ張りだこで、歌でも確固たる世界観を構築できる実力を兼ね備え、とても器用な人間、表現者に見えるが、本人は否定する。

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「すごく不器用です。ひとつのことしか考えられないです。18歳ころの方が柔軟に、器用に色々なことを同時に考えることができていたと思うんですが、それがどんどんできなくなっている気がします。だから作品に入っている時はその作品のことしか考えられないし、歌も一曲のことしか考えられないんです。でも「演じること」と「歌うこと」は両方ないと、私は私じゃないとは思っていて。今回歌を録っていて、ふとした言葉が過去に演じた役に繋がる瞬間が結構ありました。自分ではなくて、自分の体に入ってきてくれた誰かを、パッと思い浮かべることが何回もあって、それってやっぱりお芝居をしていないと、わからないことだと思います。お芝居をする時、最初は、自分が共感できないと思うその役の人間性にも寄り添っていく作業が必要なので、その役がふとした瞬間に出てきてくれて、相互作用だと思いました。今まで演じた役は、こういう風になれたらいいなという役が多くて、自分の体の中にいつまでも、その役を置いておきたいのかもしれません」。

女優・上白石萌音は、歌手である。アルバムのボーナストラックとして収録されている「ハッピーエンド」のスタジオライヴヴァージョンを聴くと、心から楽しそうに歌い、そして伝えようという強い思いが、きちんと伝わってくる。ミニアルバム『i』には、演技と歌、同じ熱量で向きあい、そして楽しんでいる、上白石萌音という21歳の“表現者”の魅力が詰まっている。

※映画『L〇DK ひとつ屋根の下、「スキ」がふたつ。』の「〇」はハートマークが正式表記です

上白石萌音 オフィシャルサイト

音楽&エンタメアナリスト

オリコン入社後、音楽業界誌編集、雑誌『ORICON STYLE』(オリスタ)、WEBサイト『ORICON STYLE』編集長を歴任し、音楽&エンタテインメントシーンの最前線に立つこと20余年。音楽業界、エンタメ業界の豊富な人脈を駆使して情報収集し、アーティスト、タレントの魅力や、シーンのヒット分析記事も多数執筆。現在は音楽&エンタメエディター/ライターとして多方面で執筆中。

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