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日食なつこ 故郷・岩手発、東京経由、自分の心が在るべき場所を巡る冬の旅 新作で総括する10年という時

田中久勝音楽&エンタメアナリスト
「『永久凍土』というタイトルは故郷・岩手の事を永久に忘れないという思いを込めた」
『永久凍土』(1月9日発売)
『永久凍土』(1月9日発売)

今年活動10周年を迎える注目のシンガー・ソングライター日食なつこ。彼女はピアノの弾き語り、ドラムとのセッション、バンドスタイルと様々な表現方法で、歌を伝えてきた。その歌には確実に聴き手の心に傷跡を残す鋭さと圧倒的な強さ、そして弱さを感じさせてくれ、時に悲しみに満ち、希望を残してくれたり、そうではなかったり、儚ささえ感じる。そんな彼女が10周年を迎えるにあたって、改めて自分と、そして音楽と向き合い、その“本質”は?という自身からの問いに答えを出したのが、2ndフルアルバム『永久凍土』(1月9日発売)だ。日食にインタビューし、10周年を迎えたシンガー・ソングライタ―の“本質”を聞かせてもらった。

「故郷を出て、東京で活動しているという罪悪感。でも岩手という雪国を、忘れたことはないという意志表示のアルバム」

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「10周年ということで、何かコンセプト作りたいなと思いました。色々考えていく中で、浮かんできたのが、東京に引っ越してきて4年目になりますが、岩手(県・花巻市)で育ったものとしては、東京に住んでいる“罪悪感”みたいなものをすごく感じているということでした。去年、岩手から東京に引っ越して、東京で仕事をしながら頑張っている「岩手県人会」のようなものを結成して、全員27歳でクリエイターやデザイナー、様々な職業に就いている人10人くらいで集まりました。その時、やっぱりみんな岩手に戻りたがっているし、なんとなく罪悪感を感じているということがわかりました」。

日食は2016年に地元のデパート、マルカン百貨店(通称:マルカンデパート)が閉店するにあたり、その思いを「あのデパート」という曲にしたためた。そんな、郷土愛に溢れる彼女が過疎化が進む地元の事を愁い「大事な土地をほったらかして東京に出てきて、自分の好きなことをやっている罪悪感がある。だからその罪悪感にせめて報いるというか、岩手という自分が育った雪国を忘れて、東京で活動している訳ではないんですよという意思表示をしたかった」という気持ちが『永久凍土』という、冬をコンセプトにしたアルバムにつながった。

「もちろん今しかやれないから東京にいる、ということが大前提としてあって、一刻も早くこっちで力をつけて、岩手をホームグラウンドにしても活動できるようになりたい、という焦りも少しあります。30歳を目前にそういうところも見えてきて、現実を見据えた上で、それでもやっぱり音楽を追い続けたいっていうことで、冬がコンセプトの今回の作品に着地したのだと思います。『永久凍土』というのは、自分の生まれ育った土地のことをずっと、永久に考えていますという思いにつながっています」。

アルバム『永久凍土』は、故郷を思いながら、東京という場所で4年間揉まれたからこそ、東京にいるからこそ描けたという見方もできる。その思いが表れている一曲が、リード曲にもなっている「white frost」だ。自分が生まれ、育んでくれた故郷のスピリットは忘れないという思いを歌っている。この曲のアレンジは前半は打ち込み、後半はストリングスとティンパニが登場するが、これ以外にもタップを使ったり、弾き語り、ピアノとドラムだけ、さらにアコギを爪弾きながら歌ったり、これまで以上に自分の言葉、歌詞を伝えたいという彼女の強い意志が伝わってくる。歌を歌う原動力には「反骨心」は欠かせない。幸せな曲をキラキラなバンドサウンドで、ノリノリにやっても、楽しい反面、ずっと残るものにはならないと彼女は考えている。

「バンドサウンドに歌詞が負けてしまっている感覚を持った。自分の部屋で壁に向かってピアノを弾いて、言葉をぶつけていたあの頃の、“そもそものスピリット”が、このままだとなくなってしまうという危機感を感じていた」

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「前々作の『逆鱗マニア』というアルバムでは、とにかくバンドサウンドで、激しいこと、強いことがやりたかったので、そこでは全然気にならなかったのですが、前作の『鸚鵡(おうむ)』でも同じことをやろうとしたら、かっこいいんですけど、ちょっとこれは方向が違うかもしれないと思いました。それは、やっぱりバンドだと、音の強さに歌詞が負けてしまうのかなと思って。ライヴもお客さんは音が激しくなってくるから、どんどん盛り上がってくるけど、それでいいのかな?って。日食なつこは果たして、そっちなのかなという思いが出てきました。バンドサウンド志向になったのも、東京に住み始めてからで、それはそれでいい傾向だったとは思います。でも岩手に住んでいたころは、自分の部屋で壁に向かってピアノを弾いて、言葉をぶつけていて、その時の“そもそものスピリット”が、このままだと多分なくなってしまうという危機感は、ずっと感じていました。なのでこれからも強いサウンドに向かったり、挑戦もするし、その中で必要であれば、結果としてバンドサウンドがついてくると思います。でもそこに向かうそもそものきっかけになった暗い部分や、思い悩んで落ち込んでいる部分も忘れずにここにありますという事実を、今回のアルバムで一回ちゃんとまとめておきたかったんです」。

自分のアイデンティティを忘れないように、強く記しておきたいという思い。「もうちょっと遅かったら、多分気づいても戻れなかったと思うので、この10年目の直前というところで、軌道修正が間に合ったのかなと思います」。

「歌詞優先でアレンジを考えた。歌詞が伝わらないのなら、ピアノすらいらないと思った」

1曲目から12曲目まで想いを吐き出し、ラストナンバー「話」の最後の一節で<ねむれ ねむれ 本当のあたし>と、本当の自分を曝け出さないで終わるという、ある種の裏切りでもあり、その先、未来を予感させる曲にもなっている。

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「今まで聴かせてきたこれはなんなの?って思われるかもしれませんね(笑)。最後の一節までは考えていなかったのですが、この曲は最後に持ってこようと思いました。やっぱり日食なつこがピアノ弾いていない、まさかのギター弾き語りで終わるという意外な部分。これからの日食なつこは、色々なことにチャレンジするんだという展望が予測できる終わり方にしたかった。この曲も含めて、今回のアレンジはとにかく歌詞がどうやったら一番伝わるんだろうということ考えました。例えばフィドルとピアノがこの曲は一番強く伝わるだろうとか、思いっきり弦を入れたら、かっこよく伝わるだろうとか、タップとピアノ、生楽器と生楽器だから溶け具合がすごくいいなと思って、色々考え、歌詞優先で作ったので、決して自分のピアノを大事にしたいとか、ピアノを絶対聴いて欲しいという思いはなかったです。歌詞が伝わらないんだったら、ピアノすらいらないと思いました。とりあえず今一番使いやすいツールがピアノだけど、今後は楽曲の完成度を考えたら、それすらも変わってくるのかなって。でもやっぱりファンの方はピアノ弾いている私を観たいと思うので、反応を心配しつつも、逆にバンドじゃなければ、ギター、打ち込みじゃなければ歌詞が伝わらない、という曲も作っていかなければこれから広がりがないとも思っています」。

「「お役御免」では、私は本当にもう手遅れの人生の中で、毎日しがみつきながら曲を書いてるだけ、という事実をリスナーに見せたかった」

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リード曲でもある「white frost」以外に思い入れが強い曲を聞くと、「世の中に広く浅く出す意味でいうと(笑)、やっぱり「空中裁判」とかは聴きやすいと思いますが、個人的にはやっぱり「お役御免」は推したいです。最後の一行まで救いが出てこない、最後の最後で一瞬だけ救われるかなっていう(笑)。こうやって最後の最後まで、醜く足掻くという姿もアーティストにはあるということを伝えたかった。ファンの人に、這いつくばってやっている姿も見せたいと思いました。出だしの<神様の診断書によれば、僕の人生は残念ながら時既に遅し 手遅れなんだそうです>という歌詞が、私の人生です。本当に私の人生はもう手遅れだなっていつも思っているので。でもお客さんにはそう映っていなくて、やっぱり本人からお客さんの元に届くまでに、何重ものフィルターがかけられるんだなと思うと、ちょっと淋しいですよね。私は本当にもう手遅れの人生の中で、毎日しがみつきながら曲を書いてるだけなんですよ、という事実を見せたいという意味では、この「お役御免」は推したいし、この曲を聴いてお客さんがどう感想を持つのかが気になります」。

このアルバムを引っ提げて、2月からピアノ+ドラムとバンドスタイル、2つのスタイルの全国ツアーがスタートする。“肚を決めた”日食なつこの歌が、そこにいる全ての人の心に、感動という名の深い傷跡を残す。

日食なつこ オフィシャルサイト

音楽&エンタメアナリスト

オリコン入社後、音楽業界誌編集、雑誌『ORICON STYLE』(オリスタ)、WEBサイト『ORICON STYLE』編集長を歴任し、音楽&エンタテインメントシーンの最前線に立つこと20余年。音楽業界、エンタメ業界の豊富な人脈を駆使して情報収集し、アーティスト、タレントの魅力や、シーンのヒット分析記事も多数執筆。現在は音楽&エンタメエディター/ライターとして多方面で執筆中。

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