大貫妙子 名作のアナログ復刻盤が好調 道を切り拓き、40年を超えて「今が一番“歌える”」

「今が一番歌える。年齢を考えると今すべきことはライヴだと思う」

2016年にデビュー40周年を迎えた大貫妙子。今年5月23日に、1978年9月に発売され、名盤として今も聴き継がれている3枚目のオリジナルアルバム『MIGNONNE(ミニヨン)』(1978年)の、アナログ復刻盤が発売された。続いて7月25日には『ROMANTIQUE(ロマンティーク)』(4thアルバム/1980年)、『AVENTURE(アヴァンチュール)』(5thアルバム/1981年)のアナログ復刻盤が発売され、今、改めてシンガー・ソングライター大貫妙子が紡ぐ言葉とメロディに注目が集まっている。坂本龍一を始め、加藤和彦、清水信之ら豪華アレンジャー陣と、細野晴臣、高橋幸宏ら豪華ミュージシャンが構築した当時の最先端のサウンドは、今も瑞々しさと輝きを失うことなく、若いリスナーから評価も高い。今後も『Cliche(クリシェ)』『SIGNIFIE(シニフィエ)』『カイエ』の、人気作のアナログ復刻盤の発売が予定されているが、大貫に当時の制作現場の様子や、これらの作品への思い、そして現在の“心持ち”をインタビューした。

「今が一番歌える。今すべきことはライヴ」

Photo/島田香
Photo/島田香

「この20年くらいでしょうか、録音されたものをライヴ後に聴いても、平気でいられるように、やっとなったのは (笑)。20代の頃は、お客さまがハラハラするほどのステージでしたから。今が一番歌えると思います。なので、年齢のことを考えると、今すべきことはライヴなのかな、と思ったりもしますが」と、インタビュー冒頭で今の充実ぶりを語ってくれた。さらに自身の歌にコンプレックスを抱き続けてきたことを教えてくれた。それは1973年に山下達郎らとシュガー・べイブを結成してから、40代に入る頃まで消えなかったという。「あがり症で、それは未だに克服できていないですけど。人から全くそんな風に見えないと言われても…。現在はライヴで3曲目くらいまでには、なんとかするようにしていますが、心臓の音が聞こえるし。でも、少しでも向上したいし楽になりたい。もともと声量がないので、それをしてどのようにすれば自分の声がもっとのびのび出るようになるか」。

坂本龍一との2人でのツアーを完遂できたことで、「歌う」ことが楽になった。「もうあれ以上の試練はない」

2010年に坂本龍一とともに作り上げたアルバム『UTAU』を携えての、二人でのライヴツアーを成功させたことがきっかけだった。「ライヴが苦手でも、ステージに上がらないと鍛えることができませんから。身体の使い方を工夫すると、こういう声が出るんだという発見は、やり直しのきかない場に立たないと、身体も本気にならないんですよね。スポーツ選手も同じだと思います。坂本さんの曲はすべて聴いていますし、いい曲だなぁ、いつか歌詞を書いて歌わせてもらえないかなぁ、と周りのスタッフになんとなく話してはいたんです。坂本さんのスケジュールはいつもだと大体3年先までいっぱいなんですね。その話が坂本さんのスタッフに届いて、たまたまスケジュール調整すれば実現できる、ということがわかって。レコーディングからツアーまでが決まってしまいました。こうしちゃいられないと、お尻に火がついたように色々大変でした(笑)。ライヴは、坂本さんのピアノと私の歌だけですから。私の歌がこけたらライヴ自体が台無しですよね。自分にとって究極のライヴ。独特の緊張感と静寂の中で、いらして下さったお客さまもお疲れになったのではないかと思いますが」。それによって“歌う”ということに対して得たもの多く、楽になったと言う。「もうあれ以上の試練はない」とも。

坂本と大貫は、大貫がシュガー・べイブ解散後、ソロデビューして以来の関係だ。二人は様々な音楽性を提示した作品を発表し続けた。先述の、アナログ復刻された3rdアルバム『MIGNONNE』はアメリカンの音楽がベースになっている、シュガー・べイブの残り香が漂う作品で、「横顔」「突然の贈りもの」など、収録曲がのちに多くのアーティストによりカバーされた。いわゆる“シティポップ”として聴き継がれ、語り継がれる一枚になったが、当時大貫は、この作品に関しては内容に納得がいかず「音楽をやめようと思った」ほどだったという。

アルバム『MIGNONNE』を作り「業界が嫌になり、音楽を辞めようとも思った」

『MIGNONNE(ミニヨン)』(1978年)
『MIGNONNE(ミニヨン)』(1978年)

「それまでは、といってもソロになって2枚は自由に創っていたので、RVC移籍第一弾はプロデューサーを立てて制作することになったんですが。きっとマーケットを考えたものを作れ、ということだったと思いますけど、プロデューサーが小倉エージさんに決まったと聞いた時、シュガー・ベイブ時代には評論家の方にけっこう傷つくことを書かれていたので、嫌な存在じゃないですか(笑)。だから理解できなかった。今では何を書かれても平気ですが、若かったですから。でもこの時は、メロディも歌詞も書き直せと言われて。何度も書き直しているうちに自分でもわからなくなって、わかりやすくっていわれても、わかりやすいってどういうことなのかがわからないし。そうやっているうちに、自分の世界からどんどん離れていくので、その曲がいい曲なのかどうかさえもわからなくなったんですよね。売れるためにわかりやすいものをと言っていたはずなのに、それ以前より売り上げを落としたんですよね。なんだかつまらなくなってこれで音楽を辞めよう、この業界は嫌だなと思いました。でも『MIGNONNE』に収録されている「横顔」「突然の贈りもの」「海と少年」は人気の曲で、現在も歌い続けています」。

このアルバムの発売後、大貫は創作活動を一旦ストップさせ、山下達郎のツアーにコーラスとして参加するなど、制作現場との“距離”を作った。『MIGNONNE』とも距離を置き、「あの時の気持ちが蘇ってくるから」と、それ以降なるべく聴こうとしなかったという。しかし今回のアナログ復刻盤のリマスタリング音源を聴いた。「バーニー・グランドマンによって新たにリマスタリングされた音源を聴いてみると、あれ?嫌なところがどこにもないって思いました(笑)。流石だなと思いました。海外で録音すると、とても勉強になるのは、音楽とは全体なのだということ。そのバランス感覚です」。

「囁くような歌の方が向いているかもしれないよ」と言われ作った、“ヨーロッパ3部作”第一弾『ROMANTIQUE』

『ROMANTIQUE(ロマンティーク)』(1980年)
『ROMANTIQUE(ロマンティーク)』(1980年)

続く『ROMANTIQUE』は、明確なコンセプトの元に作られた、“ヨーロッパ3部作”と呼ばれる作品の第一弾で、大貫の現在も変わらない、強く、美しさを湛えるボーカルと、独自のスタイルを見出したともいえる傑作だ。「音楽は好きで続けたいけど、売れるものをお願いします、と言われるのが嫌で、二の足を踏んでいた。そんな時、ある方から「たあぼおは、ほんとに音楽やめちゃうの?」と聞かれ、こんなアイディアを提案された。「声量を要求されるような音楽ではなくて、逆に囁くような歌の方が向いているかもしれないよ?」。

それがプロデューサー牧村憲一の「ヨーロッパっぽい音楽をやってみないか」という大貫への提案だった。大貫自身もフランス映画や、フランソワズ・アルディやジェーン・バーキンなど好きだったこともあり、興味を持った。牧村が用意した映画音楽、本などの膨大な資料を元に、それを大貫流に咀嚼しながら世界観を構築していった。「当時はヨーロッパに行ったこともないし、それはあくまでヨーロッパっぽいという個人的な、感じたままの世界観で、日本人なのにヨーロピアンって何だろう?とふと思ってしまったり。でもそれを言ったらアメリカの音楽を自分のものにしたいと思っていたのはなんなの、っていうことにもなってしまうわけで。ヨーロッパ映画も音楽も好きだったのに、当時ポップスにそれを取り入れた風は吹いていなかっただけで、レコーディングに入ってみると、坂本龍一さんを始め参加していたミュージシャンも、みんなヨーロッパの映画や音楽が好きだった、ということがわかったことでした」と、当時を振り返ってくれた。この作品の中で特にお気に入りの曲を聴いてみると「「雨の夜明け」ですね」と、ファンにも人気の名曲を挙げてくれた。大貫の透き通った声と相まって、まるで映画の1シーンを観ているかのような作品。このアルバムには大貫の代表曲のひとつ「新しいシャツ」も収録されている。坂本龍一のアレンジで、演奏はYMO。大村憲司のギターも印象的だ。さらにシュガー・ベイブ時代の『SONGS』に収録されている「蜃気楼の街」のセルフカバーも収録されている。音楽から距離を置こうとしていた大貫が、新しい、居心地がいい“居場所”を見つけた一枚なのではないだろうか。

「『ROMANTIQUE』を作ってわかったことを、さらに明快にしたのが『AVENTURE』」

『AVENTURE(アヴァンチュール)』(1981年)
『AVENTURE(アヴァンチュール)』(1981年)

“ヨーロッパ3部作”第2弾『AVENTURE』は、前作『ROMANTIQUE』より、少し霧が晴れ、雲間から陽が差してきたかのような、ポップさを感じる。「『ROMANTIQUE』を作ってわかったことを、さらに明快にしたのが『AVENTURE』です。「グランプリ」も気に入っています。「la mer, le ciel」と「アヴァンチュリエール」は今もコンサートで歌っています」。「グランプリ」は巨匠・前田憲男がアレンジを手掛けている。その他の作品のアレンジは坂本龍一、加藤和彦、大村憲司、清水信之が手がけ、豪華ミュージシャンが多数参加している。コーラスアレンジは山下達郎の名前もクレジットされている。大貫の言葉とメロディと共に、丁寧に構築されたサウンドは決して色褪せない。

現在、アナログ復刻盤が発売されているのは『AVENTURE』までだが、今後、『Cliche(クリシェ)』『SIGNIFIE(シニフィエ)』『カイエ』も順次発売予定だ。

「映画音楽がとにかく好き。一生メロディだけ書いていたい(笑)」

「映画音楽がとにかく好きで、サントラはかなり聴いています。映画を観ていなくてもサントラを買ったりしますね。曲を書いているときがいちばん幸せ。どこまでも自由に感情のおもむくままに書ける。でも歌うことを考えるとメロディは、1オクターブ半超えは無理なので引き返す。歌える範囲にメロディを閉じ込めちゃうってことです。歌わなければ、どんなメロディでも書けるし、自分の気持ちを好きなように表現できるから、涙を流しながら書いているときもあります。集中すればするほど溢れてくる。でも歌うとなると、ああダメかーって。一生メロディだけ書いていたい(笑)」。そう語ってくれた大貫のお気に入りの作品は、インスト中心のアルバム『カイエ』(1984年)だという。

アルバムのコンセプトを表現したMUSIC VIDEO(MV)を制作し、その“サントラ”がアルバムというわけだ。当時はまだMVは一般的ではなく、そういう意味でこの作品は画期的で、CMで活躍していた関谷宗介を映像監督に起用し、「モノクロ・フィルムを使用し、パリの切り取られた風景の連続性がテーマ」のフィルムが撮影された。「『SIGNIFIE』が一番売れた作品ではあるけど、もちろん『Cliche』があったから『SIGNIFIE』があるわけで、それまで合う音楽、そうじゃない音楽を取捨選択してきた中で、『Cliche』から、自分でプロデュースができるまでに、成長できたというか。でもやっぱり『カイエ』は思い入れがある作品。映画『男と女』のサントラが作られたパリのスタジオで録音して、それだけで大感激でした。『Cliche』と同じく、アレンジャーにジャン・ミュジーを迎えて作り、「若き日の望楼」はピエール・バルーがフランス語詞をつけてくれました」。

恒例のビルボードライヴで、充実の時を迎えている「歌」を堪能したい

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9月、大貫は恒例の『大貫妙子 Billboard Live Tour 2018』を、7日(金)ビルボードライブ大阪、20日(木)と25日(火)にビルボードライブ東京で開催する。「今年もまたビルボード、ではなく、「今年のビルボードは」って感じで、バンドも含めて全体の空気を今一度引き締めて臨みます(笑)。セットリストも、せっかくアナログ復刻盤を出したので、この中からもやろうと思っています。でも打ち込みが多い80年代の音を生バンドでどう表現するか、思案中です(笑)」。

出演する11月の「otonanoライブ」では、シュガー・べイブの曲も楽しめそう!?

さらに11月1日(木)に横浜・関内ホール(大ホール)で行われる、“シティポップ”フェスともいうべきライヴイベント“otonanoライブ”への出演も決定している。出演者は大貫のほかに、伊藤銀次、カズン、楠瀬誠志郎の4組。「バンドも含めて、このメンバー見ると、シュガー・べイブの曲をやりたくなりますね。「約束」とか「すてきなメロディー」とかいいですね。(伊藤)銀次さんと相談して、彼らが一番やりたい、楽しくやれるものを歌いたい」。

「今が一番歌える」という、充実の時を迎えている大貫の、唯一無二の声を楽しみたい。そして、アナログ復刻盤では、その歌はもちろん、ソングライターとしての才能、当時の超一流のミュージシャンが作り上げた素晴らしいサウンド、グッドミュージックの数々を堪能したい。

※『Cliche』の正式表記は、「e」の上に「'」が付いています。

大貫妙子「OTONANO」特設サイト