桑田佳祐 最新作『がらくた』が全チャート1位 進取な気風と、初期衝動への拘りが生んだ、最強ポップス集

Photo/岸田哲平

各種チャートを制覇。桑田が『がらくた』に込めた想い

桑田佳祐の6年半ぶりのオリジナルソロアルバム『がらくた』が8月23日に発売され、初動で約17万枚を売上げビルボード週間アルバムセールスチャート1位を獲得した他、オリコン、iTunes、moraなど配信チャートでも1位を獲得し、好調なスタートを切った。改めて“強い”というしかない。桑田の作品はなぜこんなにも愛されるのだろうか。その答えは『がらくた』が教えてくれる―――。

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このアルバム、ひと言でいうとキャリア30年にしてもなお、いや、だからこその進化を、見せつけられた。まずは“がらくた”という言葉の響きに惹かれるし、想像力を掻き立てられる。桑田はこのアルバムについて「ありとあらゆる要素が無作為に交錯する現代社会の見立てであり、そんな無意味に積み上げられた『がらくた』の中にこそ、物事の本質や素晴らしさが宿る」と、コメントしている。ここで「がらくた」の本来の意味を探るのは野暮というもの。必要のないものの中にこそ大切なものは存在する、アルバムタイトルにそう想いを込めた桑田。桑田がサザンオールスターズでデビューして39年、ソロデビュー30年の長きに渡って、ポップスという名の大衆音楽を通して、時代を鋭く切り取り、時に憂い、時に喜び、恋愛の切なさを正面から描き、時に男女の仲をいやみのないエロで表現してきた。その経験からこその視点であり、そういう視線でものを見る事ができるのだ。

桑田のフェイバリットミュージック、自然と体の入っている音楽の変遷を感じる事ができる15曲

その“センスのいい泥臭さ”で多くの人の共感を得てきた。もしかしたら音楽は本来あってもなくてもいいものなのかもしれない。でも音楽によって救われ、背中を押され、生活には欠かせないものになっている人は圧倒的に多い。だから桑田が国民的ポップスターと言われ、サザンが国民的バンドと言われるのだ。ポップスはあらゆる音楽を、様々なアーティストや作家が咀嚼し、生まれてきたもの。よりカッコよく、より切なく、より胸を打つメロディやサウンド、言葉を求め辿りついたのがポップスなのかもしれない。1970年代の日本の音楽シーンはまさにそんなうねりが生まれ、波が押し寄せ、その波によって、砂浜の上に残された美しい貝殻=名曲の数々が生まれていった。

桑田は50年代後半から60年代の音楽、浪曲の流れを組む演歌や歌謡曲、美空ひばりや坂本九、加山雄三、ビートルズなどの音楽を近くに置き、70年代の歌謡曲やポール・マッカートニー、エリック・クラプトン、ボブ・マーリィーなどの音楽をさらに貪欲に体に入れ、1978年6月サザンオールスターズ「勝手にシンドバッド」でデビューした。今回の『がらくた』は、そんな桑田のフェイバリットミュージック、自然と体の中に入っている音楽の変遷を感じる事ができる15曲が詰まっている。

秘密基地で仲間と、”がらくた”という最高の宝物を持ち寄り、最高の時間を過ごす

Photo/岸田哲平
Photo/岸田哲平

去年還暦を迎え、しかしその音楽に向かう意識は決して衰える事なく、むしろ激しく、そして進化している。そしてこちら側の憶測にすぎないかもしれないが、2010年に大病を患い、昨年還暦を迎え、色々な事を経験したからこそ見えてきた事、気づく事も多々あり、「とにかくこれからはやりたいことを、やりたいようにやる」という、強い意志が『がらくた』というアルバムを生んだのではないだろうか。

今回の制作にあたっては、今や桑田のレコーディング、ライヴに欠かせないキーボーディスト片山敦夫、ビクタースタジオ所属のエンジニア中山佳敬、プログラマー/マニュピレーターの角谷仁宣の3人が、まるでユニットのようなスタイルで進めていったという。それを聞き、ビクタースタジオの401スタジオという、サザンの、桑田の聖地でもある“秘密基地”にこもって、ガキ大将・桑田を中心に3人は役割分担を決め、“がらくた”という最高の宝物を持ち寄って、時間を忘れて楽しんでいる――そんな少年時代の桑田を勝手に想像し、現在の桑田と一瞬重なってしまった。かつての少年たちにとって、秘密基地は仲間との最高の遊び場だった。家にあるものや、思い思いのがらくたをどこからか持ってくるのが楽しかった。

ソロ30周年、還暦、大病を克服…様々な経験を経て生まれたと推察する、「これからはやりたいことを、やりたいようにやる」という感覚

今が「とにかくこれからはやりたいことを、やりたいようにやる」モードだとしたら、やはり少年時代から聴いていた、自分の“素”になっている音楽が、どれくらい濃いものなのかを今一度確認、振り返りたくなったのかもしれない。もちろんこれまでにも自身の音楽的ルーツを辿る旅は、2009年の『昭和八十三年度!ひとり紅白歌合戦』や『昭和八十八年度!第二回ひとり紅白歌合戦』、そして極めつけは昨年リリースされた映像作品『THE ROOTS~偉大なる歌謡曲に感謝~』と、まだまだ続いているが、今回はこのオリジナルアルバムも、その旅の一環に位置付けているのではないだろうか。それはこのアルバム全体が、切なく、粋で、情緒溢れる、多幸感を感じさせてくれるポップスの塊だからだ。

ブルース情緒溢れる歌が印象的な「愛のささくれ~Nobody loves me」と、桑田メロディの大きな特長であり、武器のひとつでもある“望郷感”がせつない「君への手紙」には<ラジオ>という歌詞が登場する。ラジオから流れてくる音楽に、胸を熱くしていた桑田の多感な時期を想像してしまう。特別な存在だったラジオ。桑田のラジオ愛は、パーソナリティを務める「桑田佳祐のやさしい夜遊び」(TOKYO FM)が22年間も続いている事でも伝わってくる。

桑田の言葉がリズム生み出す“桑田節”全開の、小気味いいロックンロール「過ぎ去りし日々(ゴーイング・ダウン)」は、決して懐古主義に走らず、“今”を見つめている。「若い広場」はNHK朝の連続ドラマ『ひよっこ』の主題歌という事もあり、昭和歌謡を彷彿させる、ノスタルジーを感じるメロディとコーラスワークが印象的だ。ノスタルジーを感じさせてくれるといえば、1960年代~1970年代に盛り上がった日本のR&Bへのリスペクト、オマージュなどを詰め込んだ「Yin Yang(イヤン)」のみ、2013年に制作された作品。ビブラフォンが差し色になっていて、これも昭和歌謡を彷彿させてくれる。

古き良きポップスと共に、日本語の美しい響きや意味を大切にする桑田

ミステリアスな空気を醸し出すイントロから始まる「大河の一滴」は、桑田が40年以上前、青山学院大学時代によく遊んだ渋谷が舞台だ。宮益坂、ラケル、御嶽神社という場所、そして暗渠、谷底と、変わりゆく渋谷の街を見事に描いている。ボブ・ディランの名曲のタイトル、歌詞を歌の中に散りばめ、Dylanと書いて<神>と読ませ、あの時代へのオマージュを完成させている。ちなみに「ヨシ子さん」にも<ディラン>は登場する。

このアルバムには、美しい日本語がたくさん使われ、その字面さえ美しくて切ない。桑田は古き良きポップスと共に、日本語の美しい響きや、意味を大切にしている。『簪 / かんざし』は美しく“モダン”という言葉がよく似合うジャズテイストのバラードで、チェロやフリューゲルホルンがより儚さを演出してくれる。「ほととぎす 杜鵑草は男女の関係を真っすぐに見つめ、そこに感じる刹那をシンプルに歌った、熱くなりすぎない“人肌感”を感じさせてくれるバラード。バラードといえば、ラストに鎮座する「春まだ遠く」も、移ろう季節と人の心を鮮やかに映した言葉を、名手・島健のアレンジとガップリ四つで向き合い歌い上げている。その歌は、大きな川の流れのようなゆったりとした空気を醸し出し、全ての人々を抱きしめてくれるような雄大さと懐の深さを感じる。

JTBのCMでおなじみの2曲、「愛のプレリュード」はハッピーなメロディだが、<恋人未満の僕でいい>という歌詞に象徴される純愛ストーリー。こういう曲を何の衒いもなく、嫌みも行き過ぎた感じもなく伝える事ができるのは、やはり桑田の声、歌、メロディだからこそのなせる業だと思う。「オアシスと果樹園」は一転、躍動感のあるリゾートソングという感じで、ライヴで盛り上がる一曲。「あなたの夢を見ています」は、リゾートソングではないが、イントロはドライブにピッタリの80年代のAORのようで、ミディアムテンポの明るい曲調と、冬の季節に佇む、哀しい男の心情を描いた歌詞とのコントラストが見事な一曲。

ビルボードライブ東京(7月10日)
ビルボードライブ東京(7月10日)

「サイテーのワル」はヘヴィなバンドサウンドで、度々ニュースになる、ネット社会に巣くう“最低の悪”を皮肉り、同時に警鐘を鳴らしている。シニカルな歌詞も健啖家・桑田の真骨頂で、これを楽しみにしている人も多い。「とにかくこれからはやりたいことを、やりたいようにやる」という想いは「ヨシ子さん」にも感じる。オッサンにはわからない事ばかりで、<“サブスクリプション”まるで分かんねぇ “ナガオカ針”しか記憶にねぇよ><なんやかんや言うても演歌は良いな>と言いながらも、最新サウンドをしっかり取り入れている。そしてインド、中南米、多国籍なサウンドが降り注ぐこの斬新さは、決してそこに落ち着くことなく、前進あるのみという想いの表れだ。7月10日、『この夏、大人の夜遊びin日本で一番垢抜けた場所!!』をビルボードライブ東京で観たが、この曲を披露した時に、ライヴハウスでもあの演出は成立するのだろうかと思っていたら、こちらの心配をよそに、ダンサーがステージ狭しと踊りまくり、白無垢の姿の「ヨシ子さん」が、狭い客席の間を練り歩き、場所がどこであろうと一切手を抜かない、桑田のサービス精神には感服だ。

『がらくた』は先述のユニット体制で作り上げたものだが、桑田の音楽作りにもう一人欠かせないキーマンといえば原由子だ。「百万本の赤い薔薇」は編曲に原の名前がクレジットされている、ストリングスが駆け上がる、フィリー・ソウルテイストのサウンドの王道ポップス。一度聴くと耳から離れない親しみやすいメロディが印象的だ。

桑田佳祐が”無敵のポップス王”であることを、改めて世の中に知らしめる一枚

『がらくた』(8月23日発売/通常盤)
『がらくた』(8月23日発売/通常盤)

「君への手紙」の最後の一節に<ひとり 夢追って 調子こいて><こんな男のために 小粋なバカが集まったな>という歌詞がある。これまで自分に関わった人、ファンへの感謝の気持ちを述べると共に、これからもよろしくという、ここから新たな物語が始まるような、いってみれば初期衝動のような“きっかけ”と“勢い”を感じさせてくれる一枚だ。ルーツを辿っても、昔はよかったという郷愁的な雰囲気に終始するのではなく、キャリアを積んだからこその深みを感じさせてくれつつ、持ち前の進取な気風が全面に出ていて、まさに桑田佳祐おそるべしというしかない。桑田が“無敵のポップス王”であることを、世の中に改めてしらしめた作品、それが『がらくた』である。

桑田佳祐『がらくた』スペシャルサイト