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スピッツはなぜ時を超えるのか? 「想像力」を掻き立てる「懐かしさ」という名の魔法

田中久勝音楽&エンタメアナリスト
左から崎山龍男(D),草野マサムネ(V),三輪テツヤ(G),田村明浩(B)

今年に入って、オリジナル、カヴァー含めてスピッツの曲を耳にする機会が増えている

春になるとスピッツの曲が聴きたくなる。全く個人的な意見だが、もちろん春夏秋冬、どの季節にも彼らの音楽は合うし、季節がその音楽をより印象的なものにするのか、音楽が季節をより色濃く感じさせてくれるのかはわからないが、とにかく春はスピッツの音楽が似合う気がする。

たぶんそれは、このいい季節にスピッツの曲を耳にする機会が多いからなのかもしれない。まず1月中旬からSUBARU『フォレスター』のCMで「スターゲイザー」を耳にし、そしてまさに春の陽ざしの温もりを感じさせてくれる、藤原さくらがカヴァーした「春の歌」(映画『三月のライオン』(後編主題歌/主演:神木隆之介)も印象的だ。ボサノバ風にアレンジされた同曲を、あのスモーキーでキュートさとポップさも感じさせてくれる声で歌うと、オリジナルとはまた違う春の匂い、風を運んできてくれる。さらに女優・杉咲花が出演しているリクルート「SUUMO」のCMでは「空も飛べるはず」を、泉まくらがカヴァーしたバージョンが流れていて、感動的な映像にすこぶるマッチしている。そして、朝の情報番組「めざましテレビ」(フジテレビ系)のテーマソングとして、スピッツの2017年目一発の新曲「ヘビーメロウ」が4月3日からオンエアされている。こうして、春の訪れと共にスピッツのメロディを耳にする機会が増えている。色々な事情、タイミングがあるとは思うが、やはり春になるとスピッツの曲、草野マサムネの声が聴きたいと思う人が多いということで、様々なシーンで起用されるのではないだろうか。

それにしてもスピッツほど、他のアーティストにカヴァーされている=愛されているバンドも珍しい。作品になっているもので、その数は優に200を超える。2002年には『一期一会 Sweets for my SPITZ』(2002年)が、2015年にはスピッツの代表的アルバム『ハチミツ』の発売20周年を記念して収録曲+「俺のすべて」を、12組のアーティストがカヴァーしたトリビュート・カヴァーアルバム『JUST LIKE HONEY ~『ハチミツ』20th Anniversary Tribute~』がリリースされるなど、結成30周年、デビュー26年を迎えてもなおその楽曲は輝きを失うことなく、幅広い世代から愛され、確実に次代に歌い継がれていっている。

なぜスピッツの曲がそんなにもカヴァーされるのか、という事にも繋がるが、なぜここまでスピッツの楽曲が愛され続けているのだろうか。その答えを求めてこれまで色々な音楽評論家やライター、また、そういうプロと呼ばれている人よりも、よっぽど彼らの音楽を理解し、愛しているファンによって語られている。語りつくされているといっても過言ではない。ただひとつ言える事は、気になる、追いかけたくなる、語りたくなるバンドであり、作品だという事だ。その「複雑すぎない、幅広い世代が口ずさめる事ができるシンプルなメロディ」は「一度聴くとハマってしまう中毒性があって、いくら聴き続けても飽きない。そこに帰りたい、帰ってきたという感覚が強い」。そして草野が書くその独特の感性による歌詞と共に、誰もが「想像力」を掻き立てられる音楽だ。だから追求したくなり、気になってしまい、語りたくなるのだ。

人が”いいなぁ”と思う音楽には「懐かしさ」を感じる要素がある。草野の声、メロディ、歌詞、スピッツの音楽にはそれを感じ、想像力を掻き立てられる

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そして草野の“独特の透明感”を感じる、美しく伸びのある声こそが、スピッツと言ってもいい。もちろん歌詞やメロディ、サウンドも大きなフックになるが、その声の存在こそが、アーティストの、バンドの“意味”といってもいいほど大きい。例えばクラシックの歌手の声は楽器のひとつであり、交換可能なものであるが、ロック、ポップスの歌い手は、その声自体がオリジナリティという意味をもつ。草野が紡ぐ歌詞、そして人懐っこいメロディをそんな「想像力を掻き立てる」声で歌われると、心の深いところから、得も言われぬ心地いい“懐かしさ”が溢れてくる。誰もが持っている“思い出”という宝箱の中に入っている言葉が、歌詞の中に散りばめられ、草野が自身の体験を歌う事で郷愁感が生まれ、そこは多くの人の懐かしい場所になる。多くの人が「いいなぁ」と感じる音楽には、どこか“懐かしさ”を感じるものだ。それは決まった世代ではなく、あらゆる人が懐かしいと感じるものでなければいけない。こんな音楽は絶対に狙って作れるものではない。でもスピッツの音楽はまさにこれだと思う。だからカバーされる事が多いのもわかる。デビュー26年を迎えても、あらゆる世代のアーティストから支持され、あらゆる世代のファンから愛され、若いファンの新規開拓がしっかりできているのも理解ができる。

新曲も収録され、メンバーの意思がしっかり反映された「シングルコレクション」で、初めてスピッツの音楽にも触れるもよし、改めてその底力を感じるもよし

スピッツの人気の秘密なんて大それたテーマで書くのはおこがましいと思っていたが、やはりいざ触れてみると書きたくなってしまう。気になってしまうのだ。草野の声、メロディ、歌詞、そしてスピッツというブランドのカラーをより明確に、特徴的に仕上げているのは、なんといってもその演奏力の高さだ。強靭なロックサウンドと草野の声が相まって、独特の心地よさを生み出している。多種多様な音楽を作り上げている三輪テツヤのギター、田村明浩のベース、崎山龍男のドラムは、それぞれの音の存在感をしっかりと出しつつ、草野マサムネというボーカリストの歌にぴったりと寄り添っている。この歌にこの演奏以外は考えられないと思わせてくれる強固な関係性と音。1987年の結成以来、一度も活動休止する事も、メンバーチェンジをする事もなく音楽を奏で続けている、唯一無二のバンドだけが作り出せる音、作り出せる世界観、空気感。

そんなバンドの歴史が詰まった、結成30周年記念アルバム『CYCLE HIT 1991~2017 Spitz Complete Single Collection-30th Anniversary BOX-』(7月5日発売/3枚組BOX・¥3,900)で、その底力を改めて感じるべきだ。彼らの音楽にまだ触れた事がないという人は、全シングルに加え、新曲が3曲収録され、4人の今現在の“意思”をしっかり感じ取ることができるこの作品は、低価格という点でも入門編としても最適だ。そしてスピッツの”魔法”にかかって欲しい。

<Profile>草野マサムネ(Vo/Gt)、三輪テツヤ(Gt)、 田村明浩(B)、崎山龍男(Dr)の4人組ロックバンド。1987年結成。1991年3月シングル『ヒバリのこころ』、アルバム『スピッツ』でメジャーデビュー後、1995年リリースの11thシングル『ロビンソン』、6thアルバム『ハチミツ』のヒットを機に、多くのファンを獲得。以後、楽曲制作はもちろん、日本国内をくまなく廻る全国ツアーや自らオーガナイズするイベント開催など、マイペースな活動を継続している。最新オリジナルアルバムは『醒めない』(2016年)。7月5日に結成30周年記念3枚組CD BOX『CYCLE HIT 1991~2017 Spitz Complete Single Collection-30th Anniversary BOX-』を発売する。7月1日の静岡エコパアリーナを皮切りに『SPITZ 30th ANNIVERSARY TOUR”THIRTY30FIFTY50”』を行う。

※崎山龍男の「崎」の正式表記は、立つ崎(たつさき)。

音楽&エンタメアナリスト

オリコン入社後、音楽業界誌編集、雑誌『ORICON STYLE』(オリスタ)、WEBサイト『ORICON STYLE』編集長を歴任し、音楽&エンタテインメントシーンの最前線に立つこと20余年。音楽業界、エンタメ業界の豊富な人脈を駆使して情報収集し、アーティスト、タレントの魅力や、シーンのヒット分析記事も多数執筆。現在は音楽&エンタメエディター/ライターとして多方面で執筆中。

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