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林業に外国人労働者を入れる前に定着率を上げろ

田中淳夫森林ジャーナリスト
特定技能とは、人手不足業種につけた言葉?(写真:イメージマート)

 政府が、外国人労働者を受け入れる在留資格「特定技能」の対象に、自動車運送業や鉄道と並んで、林業、木材産業分野を加えることを検討している。林業は伐採搬出や間伐、草刈りなどの仕事、木材産業は製材など木材加工分野に外国人を入れようということのようだ。

 日本の人口が減り始めたことで人手不足は慢性化しているから、林業もそうなんだと思う人が大多数だろう。だが違和感がある。なぜなら、毎年少なくない若者が林業に就職しているからだ。

 2020年の全国の林業従事者数は4万4000人程度。1990年は約10万人、2000年は約6万7000人だから、右肩下がりが数十年続いてきた。つまり日本の人口が減り出したから人手不足になったのではなく、それ以前より減少は進んでいた。

 だが最近では年間3000人以上が新たに林業に就いているのだ。つまり全従事者数の約7%に当たる人が毎年新規参入している。

 しかも若年者(35歳未満)が多い。だから若年者率は高まっている(2000年は10%だったが、2020年は17%)。どちらも一桁の農業や漁業を大きく上回り、第一次産業の中では若返りが進んでいる職種となった。

 従事者数の減少は、高齢者の引退が多いためだが、その分新人が参入しているのだ。またUターンよりもIターンが多い。

 この点に注目すれば、林業は若者に比較的人気がある職種であり、人手不足対策の先進業界なのだと言えるだろう。若者が都会ばかりに憧れて3K仕事を嫌がっているわけではなく、田舎暮らしや自然の中で働くことを求める人も少なくないことがわかる。

 もし、この3000人が定着すれば、10年で3万人、15年で4万5000人と、林業従事者数を倍増させることも夢ではない。


 しかし、現実の従事者数は、増えるどころか減少にストップがかからない。このままでは産業としてだけでなく山村も消滅しそうなのだ。外国人労働者を受け入れようという声も、だから高まったのだろう。
 この減少は、引退する高齢者が多いことだけでは説明がつかない。

 気になるのが定着率である。

 林業への新規就業者は、「緑の雇用」研修を経ることが多い。これは林業技術などを研修しつつ雇用を促進する国の補助事業だ。林業経営体に雇用されている労働者の約3分の1がこの研修の経験者というデータもある。

緑の雇用研修生の1年目の定着率は7割を超すそうだ。これは全産業の数字と比べても悪くない。この調子で続けば若返りが進むだけでなく、林業人口が増えてもいいはずだ。

 ところが新規就業者は、5年後に約半数が辞めているという現実がある。その後もさみだれ式に退職者を出している。経験を重ねてようやく一人前になって活躍できるようになったところで辞めるケースが多いと思われる。

 なぜ辞めるのか。

 知ってほしいのは、林業界の雇用形態だ。

 一般に林業従事者と呼ばれる人は、森林組合など事業体の職員(社員)と現場で働く作業員に分かれる。作業員は雇用されるほか独立して一人で働く個人事業主もいる。現在人手が足りないと言っているのは、ほとんど作業員だ。緑の雇用でも、この作業員を育成している。

 現場の作業員の給与は、一般職員とは違い、働いた日数分だけ支払われる日給月給方式が多い。有給休暇もない。また雨の日は仕事がなくなる代わりに土日に働くこともある。厚生年金や雇用保険、労災保険などの社会保障制度に加入させない事業体も少なくない。ある意味、派遣や請負労働に近いのだ。

事故率が異常に高いのも特徴である。足場の悪い斜面の現場が多く、伐倒のように危険な作業が少なくないからだろう。毎年20~30人が亡くなっており、死傷事故は年間1000件以上。事故発生率(千人率)で見れば、2022年で23.5。全産業の発生率が2.3であることと比べると、10倍以上である。しかも、これは休業4日以上の労働災害として届けられている分だけであり、休業日数が3日以内を加えたら何倍になるかわからない。

 また仕事内容は、基本的に新人もベテランも大きな違いがない。それに、どこの山でどんな作業をするのかは、発注元に細かく決められている。とくに補助金事業の場合は、自分で判断できる幅は小さい

 若いうちは仕事を覚えることに夢中だが、ある程度経験を積むとキャリアアップが見えないことに不満がたまり、年をとっても続けられるかと将来を考え始める。林業へ新規就業した人の話を聞いたところ、希望に燃える若者が多くいた反面、将来への不安を口にするベテランも少なくなかった。

 逆に見れば、こうした問題点を解消して定着率を上げれば、林業従事者数は自然と増えていくのではないか。外国人に頼る必要もあまりないはずだ。

 たとえば大分県の佐伯広域森林組合では、100人以上を請負の形で雇用しているが、伐採作業に従事する者は年収1000万円を超えているそうだ。造林部門でも、若者は1000万円以上あるという。また仕事内容の裁量も、現場に多く下ろしている。おかげで就業希望者は引きも切らず、辞める者も少ないという。待遇によって定着率が上がる典型例だろう。

 今回の特定技能の改正を、とにかく頭数を増やしたい、外国人なら安く雇えるという発想で考えているなら、それは人手不足対策ではない。せっかく入った貴重な労働力も根付かない。そして地域社会に軋轢が増すばかりである。

 こうした点は、林業に限らず、自動車運送業などでも同じである。まず考えるべきは、外国人よりも雇用環境の改善であり、定着率を上げることだ。

 外国人を受け入れるにしても、必要なのは最初に緑の雇用のような研修をしっかり施すことだろう。まずは雇用前に基本的な日本語や地域の生活習慣、そして安全技術を身につけてもらう。さらに、その後もフォローする体制をつくっておけば馴染みやすくなる。もちろん給与など待遇面改善も欠かせない。そうすれば(日本の若者も含めて)定着率を上げられるに違いない。

 頭数だけ揃えて、安く使い捨てする意識を持っていては、外国人の反発を買うだけでなく、日本の社会にとってもプラスにならないだろう。

森林ジャーナリスト

日本唯一にして日本一の森林ジャーナリスト。自然の象徴の「森林」から人間社会を眺めたら新たな視点を得られるのではないか、という思いで活動中。森林、林業、そして山村をメインフィールドにしつつ、農業・水産業など一次産業、自然科学(主に生物系)研究の現場を扱う。自然と人間の交わるところに真の社会が見えてくる。著書に『鹿と日本人 野生との共生1000年の知恵』(築地書館)『絶望の林業』『虚構の森』(新泉社)『獣害列島』(イースト新書)など。Yahoo!ブックストアに『ゴルフ場に自然はあるか? つくられた「里山」の真実』。最新刊は明治の社会を揺り動かした林業界の巨人土倉庄三郎を描いた『山林王』(新泉社)。

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