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能登半島地震の山林被害と特異な林業を俯瞰する

田中淳夫森林ジャーナリスト
能登半島地震では山林被害も大きい。(写真:ロイター/アフロ)

 令和6年能登半島地震の発生から約20日経った。今も被災の様子が大きく報道されている。

 死者はもちろん、孤立集落の発生や家屋が全半壊したり水道、電力などの不通になったりしたため避難を続ける人も多い。また大規模な海岸隆起によって漁港が使えなくなったことも報道されている。さらに輪島塗などの伝統産業、輪島の朝市など観光産業も大きな被害を受けた。

 ただ山林・林業の被害、そして対策に関しては、ほとんど報道されていない。そこで少し状況を追いかけてみた。

 発災後、林野庁は、まず森林管理局が県と連携し、山地災害・林道被害の発生状況を広域で把握するためのヘリ調査を実施した。

 その後、能登半島地震山地災害緊急支援チーム(MAFF-SATと呼ぶ農林水産省・サポート・アドバイスチーム)を新たに編成した。そして石川県と連携しつつ、奥能登地域における避難所や集落周辺の森林や治山施設の危険度を、約100箇所点検し、山地の被害状況の把握や復旧対策に向けた技術的な支援を行う体制づくりを行っている。

 1月16日時点で石川県を中心に確認した林野関係被害は、林地荒廃30箇所、治山施設8箇所、林道等80箇所、木材加工・流通施設19箇所、特用林産施設(キノコ栽培)等84箇所となっている。
 すでに山間部の道路の崩壊が孤立集落を生み、支援復旧を難しくしていることは報道にもあるとおりだ。

 もちろん調査中であるから、今後もっと増加する見込みだ。なお石川県だけでなく、富山県は氷見市など43カ所で林道の損壊や山腹崩壊が確認されているほか、新潟県は佐渡島で林道に亀裂が入った報告がある。長野県でも特用林産施設に被害は出ている。

 林野庁は、治山・林道技術者を派遣し、今後の点検や進捗に応じている。斜面に亀裂等が確認された場合は、提供を受けたブルーシートを被せ、崩壊を防ぐ応急措置を実施するよう手配しているそうだ。

 ところで、能登半島の林業についても少し紹介しておこう。実は、ちょっと珍しい林業地帯なのだ。

 能登で有名なのは、「アテ林業」だ。アテとは、ヒノキ科アスナロ属ヒノキアスナロのことでアオモリヒバと同種だ。建築材として優れた性質を持ち、能登の家づくりの要となっている。また輪島塗の漆器の木地にもなる。「石川県の木」でもあり、能登を象徴する樹種である。石川県内にはアテ人工林が面積1万2389ヘクタールも広がっている。

 アテ林業の特徴は、1つの林の中で年齢の異なったアテを同時に育て、さらに、それにアカマツやスギなど他樹種を織り交ぜながら、継続して収穫できる「択伐林」経営であることだ。

能登のアテの元祖と言われる木(筆者撮影)
能登のアテの元祖と言われる木(筆者撮影)


 一方、能登半島の富山県側、氷見市には「ボカスギ林業」がある。こちらは、非常に成長の早いタイプのスギで、明治期に電柱需要で伸びた。現在は「ひみ里山杉」というブランド名を付けて、建築材中心に転換している。

 注目すべきは、ボカスギの植え方とは、苗木をまばらに植えて、その間に小豆や大豆、ソバといった作物を育てるという農業と林業が一体化させるのが昔ながらのやり方だった。今風に言えばアグロ・フォレストリーである。

 戦後は、こうした農林複合経営は衰退したが、今も里山の集落と水田の間にスギ林が広がる文化的景観となっている。

 つまりアテ林業も、ボカスギ林業も、今の日本では珍しい複層林・混交林の林業地帯だったのだ。

 現状は、ご多分に洩れず不振に陥っている林業地帯だが、地震が林業の継続を諦めさせることにならないことを願いたい。

森林ジャーナリスト

日本唯一にして日本一の森林ジャーナリスト。自然の象徴の「森林」から人間社会を眺めたら新たな視点を得られるのではないか、という思いで活動中。森林、林業、そして山村をメインフィールドにしつつ、農業・水産業など一次産業、自然科学(主に生物系)研究の現場を扱う。自然と人間の交わるところに真の社会が見えてくる。著書に『鹿と日本人 野生との共生1000年の知恵』(築地書館)『絶望の林業』『虚構の森』(新泉社)『獣害列島』(イースト新書)など。Yahoo!ブックストアに『ゴルフ場に自然はあるか? つくられた「里山」の真実』。最新刊は明治の社会を揺り動かした林業界の巨人土倉庄三郎を描いた『山林王』(新泉社)。

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