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鹿救助隊が鹿虐待?奈良の鹿騒動の裏事情

田中淳夫森林ジャーナリスト
鹿苑に収容された鹿。少々過密気味 (筆者撮影)

奈良公園の鹿を保護しているはずの一般社団法人奈良の鹿愛護会(以下、愛護会)が、鹿に十分な餌を与えず虐待しているという通報が奈良市にあった。おかげで、さまざまな意見や推測が飛び交っている。ただ愛護会は「餌は十分に与えている」と反論している。

 奈良県や奈良市は実態を調査するとし、今月中に結論を出すとのことだから、事実関係の認定は、その調査結果を待ちたい。

 だが、どうも釈然としない。このニュースで語られる奈良の鹿と、愛護会に対する世間の意見には、基本的な事実を知らず誤解も多いように感じる。奈良の鹿についての本(『鹿と日本人 野生との共生1000年の知恵』)を書いた者としては、今回の騒動の基礎となる事実関係を紹介しておきたい。

「奈良の鹿」は奈良公園内の鹿

 まず「奈良の鹿」と呼ぶのは、奈良公園内に生息する鹿を指す。また国の天然記念物の指定を受けている鹿(旧奈良市内)でもある。奈良県に住む鹿、ではない。

 この鹿は、春日大社創建時に鹿島神宮から招いた神の使いとされていて、春日大社と興福寺は、1000年も前から寺社周辺に住む鹿を「神鹿」として保護してきた。鎌倉時代には、鹿を殺すと死刑とする刑罰も作られた。ただ江戸時代になると、所領追放や入牢、そして罰金程度で済ませるようになった。落語「鹿政談」は誇張である。

 そのため鹿は人を怖がらず、市中も平気で闊歩する。ただし生物学的には一般のニホンジカと何も変わらず、生息地域で区切っているだけだ。ただし長い年月、狭い区域で隔離されてきたため、遺伝子的に公園外の鹿と違いがあるという研究結果も出ている。

 また餌もやっていない(観光用の鹿せんべいは別)。飼育者もいず、あくまで野生動物として扱うように決めている。

 愛護会の前身は春日神鹿保護会。江戸時代までは厳しく保護されてきた奈良の鹿も、明治になると、迷信打破を掲げて奈良の鹿を捕獲し、すき焼きにして食う知事まで現れる有様で、受難の時代となった。

 そこで、なんとか鹿を保護しようと民間で組織されたのが、春日神鹿保護会だった。それが戦後改称して愛護会となり、奈良の鹿を保護し、人との軋轢を生まぬための活動を担っている。

 ここで重要なのは、愛護会が保護するのは、あくまで奈良公園内の鹿であるという点だ。公園外の鹿は対象にならない。また天然記念物ではない鹿は、害獣として駆除が進められている。

 そして愛護会の施設として鹿苑がある。奈良の鹿の収容施設として戦前に作られた建物だ。一部にはスタジアムもあって、「鹿の角切り」行事などが行われ、その様子を見学できるようになっている。全体では、広さが約1・42ヘクタールあり、8区画に分けられたケージがある。

 ここに、春は出産間近の雌鹿を捕獲して収容する。出産間近の鹿は気が立っていて、観光客などに危害を加える可能性があるからだ。生まれたての子鹿の保護の意味もあるが、出産を手伝うことはなく、苑内で自然状態の分娩をさせている。また秋には角切り用の雄鹿を一時的に収容して、危険な角を切り落としている。

 そのほか、交通事故に遭ったり病気になったりした鹿も収容して、治療する。こちらは治療が終わればまた公園内に放すが、なかには外で生きて行くのが難しそうな鹿(たとえば交通事故で足を失うなどしたケース)は、生涯を苑内で過ごす。

捕まった鹿は「奈良の鹿」ではない

 だが、そうした奈良の鹿とは別に、近隣の農地で捕まった鹿も収容している。公園周辺の農地には農作物を狙う害獣対策として、柵を設けたりイノシシ用の箱罠を仕掛けたりしているが、そこで捕まった鹿である。

 場所は公園外なのだから、収容する鹿は原則として奈良の鹿ではない。

 だが、公園内では神鹿として保護されていた鹿が、一歩外に出たからと言って、すぐに殺処分はしづらい。また旧奈良市内ならば天然記念物ではある。だから公園周辺は、奈良の鹿保護のバッファーゾーンとして鹿の駆除はしない取り決めになっている。

 奈良県の管理計画では、公園内を「保護地区」とし、その外は「保護管理地区」で、農林業の被害状況によって柔軟な対応を行うことになっている。また、さらにその外側に「管理地区」として、頭数調整(駆除)を行う地区も設けられている。

 繰り返すが、愛護会が引き取っている鹿は、公園外部で捕らえられた鹿なのだ。公園から越境した個体ばかりではなく、もともと公園内に生息していない外部からやって来た鹿もいる模様だが、区別はつかない。

 一度農作物の味を覚えた鹿は、放すと必ずまた田畑を狙う。だから通常は捕獲したら殺処分するのだが、奈良の鹿の可能性がある場合は、鹿苑に隔離する。それも無期収容せざるを得ない。

 今回の事件は、こうして引き取られた鹿が、鹿苑内で、毎年50頭以上が死んでいるというもの。その理由を餌が足りないからとし、それを「虐待」と表現しているのだ。実際に、ニュースで肋骨が浮き出た鹿が映されていた。

 もっとも、餌を与えないから痩せたのか、捕獲されたことでストレスを受けて食べなくなったのかについては、詳細な調査と分析が必要だろう。

 ところで私もよく奈良公園を歩くが、そこで見かける鹿には、痩せた個体が多い。解剖所見でも、全体に栄養失調気味という結果が出ている。

 主な鹿の食べ物は、公園内の芝や森の草木だが、増えすぎて食べ物不足に陥っているのだ。鹿せんべいぐらいでは、まったく足りない。だから臭いや毒があり通常は鹿が食べないとされるシダやアセビなども口にする。

 私は、夏の盛りに落葉を食べている鹿を見かけた。落葉は栄養もないだろうが、鹿にとって腹を膨らませる最後の餌なのだろう。

 すでに5年前に、こうした記事も書いていた。

奈良の鹿は栄養失調? 鹿せんべい食えたらイイわけじゃない

 奈良県が奈良の鹿の管理計画を作るときに行われた調査(2017年)によると、奈良の鹿は、成獣でも体重は30キロぐらい(一般には50キロほど)しかなく餌不足が影響しているという結論を出している。これは鹿苑内の話ではない。

愛護会の自動車には、「鹿救助隊」の文字が。(筆者撮影)
愛護会の自動車には、「鹿救助隊」の文字が。(筆者撮影)

 愛護会の職員は、日常の業務やイベント開催のほか、交通事故や行き倒れなど鹿に関することで連絡があれば対応できるよう24時間制で待機している。深夜であっても交通事故に遭った鹿を発見などと連絡があると、すぐ駆けつけるという。そのための車には「鹿救助隊」と書かれている。

 もし“虐待”があったとしたら、なぜ餌を減らす必要があるのか理由がわからない。そもそも虐待はあったのか?

 今や日本全国で鹿は激増していて、生息数は300万頭を超える。同時に農業や森林への鹿害もひどい。そのため駆除が行われているが、その駆除数は年間72万5000頭(2021年度)にも達する。獣害列島と化した日本では、野生の鹿を駆除するのは、もはや日常である。

 その中で保護活動をしている奈良公園と愛護会の存在は、希有な例なのだ。世界的に見ても、類例のない野生動物とのつきあいを長年続けている。

 今回の騒動の真相を早く知りたいと切に思う。

森林ジャーナリスト

日本唯一にして日本一の森林ジャーナリスト。自然の象徴の「森林」から人間社会を眺めたら新たな視点を得られるのではないか、という思いで活動中。森林、林業、そして山村をメインフィールドにしつつ、農業・水産業など一次産業、自然科学(主に生物系)研究の現場を扱う。自然と人間の交わるところに真の社会が見えてくる。著書に『鹿と日本人 野生との共生1000年の知恵』(築地書館)『絶望の林業』『虚構の森』(新泉社)『獣害列島』(イースト新書)など。Yahoo!ブックストアに『ゴルフ場に自然はあるか? つくられた「里山」の真実』。最新刊は明治の社会を揺り動かした林業界の巨人土倉庄三郎を描いた『山林王』(新泉社)。

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