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「都市の森」のからくり。木造建築は炭素を固定しない

田中淳夫森林ジャーナリスト
丸太の製材歩留りは半分以下という不都合な真実。(写真:イメージマート)

 木造建築物を街に建てたら炭素の蓄積になって、都市は第2の森になる……この言葉は、昨今のカーボンニュートラル推進の動きの中でよく使われるフレーズだ。木材は炭素の塊。木を伐採しても、その木を建築物として長く保存し、その跡地に木の苗を植えて育てれば、CO2の排出にはならないという理屈だ。

 国も2010年に「脱炭素社会の実現に資する等のための建築物等における木材の利用の促進に関する法律」を制定して推進している。

 私も、都市に木造建築物が増えるのは景観面や精神衛生面で賛成だから、あえて声高な異議は表明しなかったのだが……ちょっと頻繁に目にするようになったうえ、あまりに現実を無視した構想が大手を振って提言されるので、問題点をいくつかに絞って指摘しておきたい。

 プラチナ構想ネットワークの「ビジョン2050 日本が輝く、森林循環経済」という提言によると、プラスチック製品を植物原料の製品に切り替え、9階建て以下の新規建築物をすべて木造化すると、2050年時点の国内のCO2排出量を20年比で約1割削減できる、しかも林業活性化で4.7兆円の直接的な経済効果がある、としている。脱炭素と林業の成長産業化を両立させようという構想のようだ。

9階建て建物を全部木造化?

 前半の植物原料によるプラスチック製造は、化学的には可能だが、まだまだ実用にはほど遠い途上の技術であり、何より採算を合わせるのが極めて厳しい。だが、とりあえず置いておこう。気になるのは後者である。

 9階までの建築物を木造化するには耐火性アップなど建築基準法をクリアする必要性がある。それは木材加工技術や法律面だから改善できる余地はあるだろう。が、それ以前に森の木を建築材にしたら、すべて炭素固定になるかのような発想は現実から乖離している。

 大雑把に言えば、樹木のうち建築材になるのは3割以下、森林全体の1割以下である。

 木を伐採した際、まず行うのは細い部分、枝葉、根っこなどは切り捨てることだ。幹が曲がっていたらそこにも使えない。だから丸太にして搬出するのは伐った樹木の6割がいいところだろう。そして丸太を製材すれば、歩留りは最大でも50%程度だ。(集成材にすると張り合わせる板の表面を削るため歩留り30%程度に落ちる。木造ビル建築に向いているとするCLTはさらに落ちる。)つまり、この時点で木材利用率は30%になる。本当は、その後の建材などへの加工でも寸法や形状に合わせて切り落とす部分はあるが、この点はわかりにくいのでおいておく。いずれにしても、かなり甘く見積もった数値だが、3割としておく。

 そして森林全体で見ると、人工林でも、すべての木を建築材に回せるわけではなく、間伐で切り捨てる分も少なくない。育成が上手くいった森でも、使えない木はある。一般的な林業地で製材に回せるのが3分の1、合板用が3分の1とも言われている。残りは製紙チップかバイオマス燃料ぐらいしか用途がない。そのまま林地に捨ておかれて腐らせる部分も多いだろう。だから森のバイオマスのうち建築に供して炭素固定と言えるのは、せいぜい1割ぐらいではないか。

林業現場、製材現場を見ていない

 ここでは最大限に見積もって樹木の持つ炭素の3割を建築で固定するとしても、カーボンニュートラルを達成するためには、伐られた森を再生しなければならない。それは伐採跡地に再造林するだけではまったく足りない。伐採した3倍以上の面積にすべきだろう。それでもCO2排出がゼロになるのは、木が伐採樹齢と同じぐらい、60年くらい成長してからの話。それまではマイナスだ。

 そして7割に相当する切り捨てたり、切り落としたりした端材などは、燃やしても腐らせてもCO2を排出する。一部はバイオマス発電の燃料にするにしても、燃えたら瞬時にCO2を排出するわけだ。同等のエネルギーを発生させる化石燃料をどこまで減らせるか怪しい。

 付け加えると、木の伐採から搬出まで多くのエネルギーを消費する。重量のある木材は長距離輸送すると、コストも馬鹿にならないが、CO2排出量も増加する。その分の排出数値も計算に入れなくてはならない。

 つまり木造ビルを建てれば建てるほど、CO2排出も増えかねない。

 ほかにもツッコミどころは山ほどあるが、全体を通して、森林生態系や林業現場の実情に目を配っていないように感じる。

 林業改革案も、ご説ごもっともだが、その改革を行う具体策が全然見えない。たとえば「林業の経営強化・大規模化」とか「上流~下流~リサイクルに至る森林資源フル活用バリューチェーンの構築」とあるが、どちらも長年言われ続けてきたことだ。それを変わらず持ち出したものの、実現の道筋は示していない。命令一下、業界が従うことは有り得ないのだ。

すっぽり抜け落ちた生物多様性

 そして何より気になるのは、生物多様性を増やすネイチャー・ボジティブに関してまったく触れていないこと。カーボンニュートラルに関してはわりと強く触れているのと対照的だ。しかし今や世界の潮流は、脱炭素と生物多様性が車の両輪という認識が強まっている。生物多様性を確保しなければ脱炭素にも結びつかない。そしてどちらにも森林は大きく関わっている。森林の保全は、量だけでなく質も追求しなくてはならないのだ。欧米も、ネイチャー・ポジティブに対して非常に力を入れている。

 ところが日本は、まったくと言ってよいほど、こちらの課題に興味を示さない。知らないのか無視しているのか。

知ってる? 次はネイチャー・ポジティブ経済だ!

 従来の3倍のスピードで伐採・再造林すべき、とあるが、現在でも伐採跡地の再造林は3割程度しかしていないのが問題になっているのに、伐採をさらに拡大してもはげ山が増えるだけだ。3倍伐れば、再造林率は1割になりかねない。植えたら植えたで長い年月の育林が必要であるし、人手も資金も足りない。

 この点は、花粉症対策でも触れた点だ。

花粉症対策「スギ林2割伐採」の、ありえねえ~現実

 また同一樹種(それも早生樹)ばかり植えたら生物多様性は落ちるし、皆伐地を増やすことは、昨年の生物多様性条約締約国会議(COP15)で決議され、日本も賛同した「30by30」、つまり2030年までに陸域と海域の30%以上を保全指定するとした公約を守れなくなるだろう。

COP15で公約した「30by30」への進展図(環境省)
COP15で公約した「30by30」への進展図(環境省)

 この提言を行った団体の参加メンバー(ステアリングコミッティ)や参加団体を見ると、化学業界、建築業界、機械プラントメーカーなどが目立つが、林業現場や製材現場、そして生物多様性問題について語れる人はいなかったのだろうか。

 実現不可能な夢物語を振りまいている場合ではない。気候変動が後戻り不可能となるティッピングポイントは、もう目の前に迫っているのである。

森林ジャーナリスト

日本唯一にして日本一の森林ジャーナリスト。自然の象徴の「森林」から人間社会を眺めたら新たな視点を得られるのではないか、という思いで活動中。森林、林業、そして山村をメインフィールドにしつつ、農業・水産業など一次産業、自然科学(主に生物系)研究の現場を扱う。自然と人間の交わるところに真の社会が見えてくる。著書に『鹿と日本人 野生との共生1000年の知恵』(築地書館)『絶望の林業』『虚構の森』(新泉社)『獣害列島』(イースト新書)など。Yahoo!ブックストアに『ゴルフ場に自然はあるか? つくられた「里山」の真実』。最新刊は明治の社会を揺り動かした林業界の巨人土倉庄三郎を描いた『山林王』(新泉社)。

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