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割り箸が熱い!今世界と国内で起きていること

田中淳夫森林ジャーナリスト
割り箸1膳から社会貢献と環境保全を進める動き。(写真:イメージマート)

 今、割り箸が世界中で静かな盛り上がりを見せている。

 と言っても、身近なところでは気付かないだろう。むしろ割り箸を見ることは少なくなり、プラスチック箸が増えている。何が起きているのだろうか。

 実は世界中の市場およびビジネス動向を調査する大手マーケティング会社IMARCグループが、2022年の世界の割り箸の市場規模は181億ドル(約2兆4000億円)に達すると発表したのだ。そして23年から28年までに5.30%の成長率が見込まれ、268億5000万ドル(約3兆000億円)に達するだろうと予測を出している。

 箸、とくに割り箸の利用は日本だけでは? そう思いがちだ。

 そもそも箸という細い棒2本だけで、食材をつかみ、切り、すくう……という真似ができるのは日本人だけ、という思い込みもある。だから箸が使われるのは、日本以外では韓国や中国、台湾、それに欧米の日本食レストランで使われる程度では。それなのに? だが、どうやら時代は大きく動いているらしい。

 まず欧米人も、かなり頻繁に箸を使うようになってきた。私も、たまたま欧米人の食事風景を目にしたとき、器用に箸を使っていて、一昔前のおぼつかない箸の握り方とは違うことに気付いた。日本食が広がるとともに、箸の使い方に習熟した人が増えているのだ。日本食だけでなく麺類など箸を使うアジア料理全般の嗜好が高まっていることも影響しているのだろう。

 加えて割り箸はSDGsに合致する、という認識が広まってきた。今、欧米ではプラスチック製のカトラリー(スプーンやフォークなど)の使用をなくしつつある。その代替に木製や紙製のカトラリーが使われるが、木製カトラリーの原点のような割り箸にも目を向けたようなのだ。

 木材は生分解性で、使用後に焼却しても有毒ガスも二酸化炭素も理論上出さない、そして堆肥化も可能という点からだ。また耐水性や耐久性なども十分にある。

 加えて最近は、箸の効用も知られだした。箸を使うことで指先を動かすと脳を刺激して記憶力を高めるだけでなく、食品のグリセミック指数(血糖値の上昇度合いを食品ごとに示す数値)を低下させるという研究が出ている。

 さらに割り箸はコストパフォーマンスが高くデザイン性もあるので、飲食店向きで、とくにファーストフード系のチェーン店で割り箸の普及が進んでいるというのである。

 ほんの少し前まで、割り箸は一度の使用で使い捨てられるから森林を破壊すると言われた。ところが今では、木材を無駄なく使う木工品だから環境負荷が少ないとされるのだ。このような消費者意識の変化が、海外の割り箸市場を成長させたらしい。

 一方で、日本国内の状況をかいま見ると、むしろ割り箸利用は漸減傾向が続いている。近年の割り箸消費量は、約140億膳。約20年前は250億膳だったのだから激減している。これはコロナ禍の影響で外食が避けられた影響もあるが、プラ箸への転換が進んだことも大きい。

 しかし衛生面で大騒ぎしたコロナ禍にこそ、割り箸は使われるべきではなかったのか。繰り返し利用するプラ箸は、傷がつき細菌が繁殖しやすくなるから消毒が必要となるが、割り箸は安全性が高い。加えて環境面でも、割り箸は林業を支え、その収益が森林整備にも役立つと指摘されている。

 ところで日本の割り箸市場で人気を呼んでいるのは、高級割り箸だ。

超高級な手づくり吉野杉割り箸(筆者撮影)
超高級な手づくり吉野杉割り箸(筆者撮影)

 国内でもっとも割り箸生産業者の多い奈良県吉野地方では、近頃もっとも売れるのは、最高級割り箸の「らんちゅう」だという(吉野杉箸商工業協同組合)。これは食べるときに割るのではなく、最初から1本ずつに分かれており、それを紙の帯で留めたものだ。主に高級和食店などで供されてきたものが、一般にも人気が高まってきた。さらに土産需要が結構あるという。とくに外国人には日本土産、奈良土産として喜ばれている。

 また手作業でスギの赤い心材を削りだした夫婦箸も、高価(2000円以上)なのに、よく売れるそうだ。もはや使い捨ての品ではなく、高級木工品として認められたのだろう。

 また福島県いわき市の磐城高箸でつくられる高級な杉柾目利久箸は、ノベルティや贈答品、販促品などにも人気だ。こちらは箸袋なども含めたデザインにこだわる商品群を売り物にしている。

 なおこれらの割り箸の製造元は、一度きりの使い捨てではなく、持ち帰って自宅で何度でも使ってくださいと呼びかけている。

磐城高箸のオシャレな箸袋入り杉利久箸(磐城高箸提供)
磐城高箸のオシャレな箸袋入り杉利久箸(磐城高箸提供)

 一方でまったく別の路線を選んでいるのが、岐阜県郡上市の郡上割り箸だ。

 こちらは元禄箸と呼ぶ、通常見かける安価な割り箸である(もっとも中国産と比べると価格は4~5倍する)。ただし地元のスギにこだわって製造されている。

 この箸を元に展開しているのが「カッコいい大人の割箸プロジェクト」だ。

 仕掛け人は、一般社団法人カッコいい大人の志。大阪の飲食店で、国産割り箸を1膳20円で買ってくれるように呼びかけているのだ。原価4~5円の箸を4倍以上で販売することになる。

 そして収益の一部は、母子支援施設や養護施設へ寄付している。現在は年間150万~200万円だが、ゆくゆくは森林保全に供することもめざしている。それによって使用客に心の豊かさを提供しようという発想だ。

 めざすは「箸1膳からの社会貢献」である。社会貢献には興味があっても、機会がない、時間もないからと躊躇している人に、外食の際に少し割り箸にお金をかけることで子どもたちの未来、そして森林保全に協力しませんか、と呼びかけるわけだ。それを「カッコいい大人」としている。店のスタッフが国産割り箸を使う意義を説明して賛同した人に購入してもらう。

 国産割り箸を購入することで単に寄付するだけではなく、世間に子どもたちの貧困が広がっていることや、放置されて森が劣化していく問題を知ってもらうきっかけになればいいという。

 レジ袋の有料化を通して脱炭素の必要性を知ってもらうのと同じように、身近な割り箸を使って日本の諸問題を考えてもらいたいのである。

 私も外食時にはプラ箸ではなく、割り箸を求めるようにしている。店になければ、自分の鞄からマイ割り箸を出す(笑)。割り箸を欲する客もいるのだよ、という意思表示だ。

 割り箸は、安価で使い捨て商品の象徴のように扱われてきた。しかし時代は、割り箸こそ環境保全につながり、その購入が社会貢献になろうとしている。

 海外の割り箸ブームとともに、割り箸は高級な木工芸品であり、社会に役立つ付加価値もあるという新たな展開が到来したのかもしれない。

森林ジャーナリスト

日本唯一にして日本一の森林ジャーナリスト。自然の象徴の「森林」から人間社会を眺めたら新たな視点を得られるのではないか、という思いで活動中。森林、林業、そして山村をメインフィールドにしつつ、農業・水産業など一次産業、自然科学(主に生物系)研究の現場を扱う。自然と人間の交わるところに真の社会が見えてくる。著書に『鹿と日本人 野生との共生1000年の知恵』(築地書館)『絶望の林業』『虚構の森』(新泉社)『獣害列島』(イースト新書)など。Yahoo!ブックストアに『ゴルフ場に自然はあるか? つくられた「里山」の真実』。最新刊は明治の社会を揺り動かした林業界の巨人土倉庄三郎を描いた『山林王』(新泉社)。

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