Yahoo!ニュース

今年のスギ花粉は、全国で450万トン以上飛散する?

田中淳夫森林ジャーナリスト
花粉の形や重さは種類によって大きく違う上、豊凶の波もある(提供:イメージマート)

 いよいよ花粉症の最盛期?だそうだ。この春は、スギ花粉が過去10年で最も多く飛ぶ見通しも出ている。

 私は花粉症ではない(つもり)。だから毎春「大変だねえ~」と他人事なのだが、改めて考えると、植物の大半は花粉を出すわけで、それは物理的にどのぐらいの数と重さになるだろうかと気になった。

 そこで資料を探すと、ぴったりな本を発見。斉藤秀樹・京都府立大学名誉教授の「森と花粉のはなし」(ブイツーソリューション刊)である。斉藤氏は近畿地方の森林の花粉について長年研究をしてきて、その成果を紹介している。そこで本書を元に花粉の実態を紹介しよう。

 もっとも花粉と一口に言っても、植物の種類によって形や大きさ、そして生成量は違う。とくに虫媒花(虫などが花粉を運ぶ花)と風媒花(風に花粉を運ばせる花)によって大きく変わる。また豊凶の波もある。樹齢によっても生成量は変わる。だいたい、どうやって数えるのか。一粒ずつ数えるのは無理だろう……と、研究の苦労を想像してしまうのだが、ここでは皆さんの興味のあるスギやヒノキなど花粉症の元になる種に絞ろう。

花粉量は、豊凶で100倍も違う

 針葉樹は雄花の大きさによるのだが、花単位で数えている。ただスギなどは品種の違いによっても数が変わる。太平洋側に植えられることの多いオモテスギは種子から繁殖させるが約52万粒、日本海側の多雪地帯に多く栄養繁殖、つまり挿し木で増やすウラスギは約34万粒だそうである。一方でヒノキは約16万粒と少なめ。

 挿し木苗のスギの方が花粉が少ないのは、花粉飛散量を減らす一つの方策になるかもしれない。

 これを1ヘクタール(100m四方)の数にすると、ウラスギは10兆粒、オモテスギは40兆粒、ヒノキは20兆粒。ただしスギの豊作年には、オモテスギで50兆粒を超えるという。

 では、これらの花粉の重さはどれぐらいになるか。1ヘクタール当たりの平均でオモテスギは平均315キログラム、ウラスギは88キログラム。ヒノキは105キログラムだった。ただこれはあくまで平均だ。豊凶周期が気候によってだいたい4年ごとにあり、ときに100倍もの差が出るらしい。

 豊作年のスギ花粉は1トンにもなるそうである。最高記録は、1.5トンを記録している。今年はとくに豊作というから、もしかしたらそれに近づくかもしれない。

 日本でスギは、もっとも多く植えられている樹種だ。林業地ならばひと山100ヘクタール、いや流域全体だと1000ヘクタール以上のスギ林がある地方も珍しくない。つまりそこでは100トン、1000トンのスギ花粉が生成されている年もあるわけだ。

 また日本全国のスギの造林面積は、ざっと450万ヘクタール。つまり豊作の年は450万トン以上の花粉が日本の空を舞うという計算になる(全国のスギが一律に豊作になるとは限らないが)。そのうち何分の1かが風に乗って遠く都会まで飛んで行くのだろう。

スギは風媒花で、花粉は小さく大量に生成される。(筆者撮影)
スギは風媒花で、花粉は小さく大量に生成される。(筆者撮影)

 ちなみに栄養が足りないと花粉の量も減る。つまり弱った樹木は花粉をあまり出さないことになる。よく手入れ不足のスギ林では枯れる前の断末魔で花粉を大量に放出するのでは、という声があるが、それは否定されている。

間伐すればするほど花粉は増える

 また疎林と高密度林でも違う。高密度林(つまり間伐されずに密生しているスギ林)の方が少なくて、疎林(間伐をして樹木の間隔が空き光がよく入るスギ林)の方が多い。疎林は高密度林の1.3~1.4倍だそうだ。つまり間伐すればするほど、花粉は増える。今の花粉症対策として行う間伐事業は大きな間違いをしているわけである。

 いずれにしても、毎年スギやヒノキの花粉は膨大な量が生成されて、それが飛散する。花粉粒が大きいとあまり遠くに飛ばないが、残念ながらスギとヒノキの花粉は非常に小さくて放出されると空中に長く漂う。だから遠くまで飛ぶ。スギが近くにないところでも花粉症が発症する由縁だ。地面に落ちても、舗装された場所なら風が吹けば再び舞い上がることもある。長く滞留するのだ。

 ところで私は、毎年何トンもの花粉が林地に落ちるとしたら、森林土壌は花粉で埋めつくされるのではないかと心配してしまった。だが土の上に落ちた花粉は、土壌にいる好気性バクテリアに食われて分解されてしまうらしい。

 ただし、花粉の外殻成分のスポロポレニンは合成樹脂並、プラスチック並に強固だから、分解されずに堆積することもあるようだ。それが土壌を創っているとも言えるだろう。

 こんな記事を読んだら鼻がムズムズするという人もいるだろうが、花粉症になったら花粉を恨むばかりではなく、これを機会に花粉のことをよく学んだらどうだろう。すると多少はくしゃみも治まるかもしれない。知らんけど。

森林ジャーナリスト

日本唯一にして日本一の森林ジャーナリスト。自然の象徴の「森林」から人間社会を眺めたら新たな視点を得られるのではないか、という思いで活動中。森林、林業、そして山村をメインフィールドにしつつ、農業・水産業など一次産業、自然科学(主に生物系)研究の現場を扱う。自然と人間の交わるところに真の社会が見えてくる。著書に『鹿と日本人 野生との共生1000年の知恵』(築地書館)『絶望の林業』『虚構の森』(新泉社)『獣害列島』(イースト新書)など。Yahoo!ブックストアに『ゴルフ場に自然はあるか? つくられた「里山」の真実』。最新刊は明治の社会を揺り動かした林業界の巨人土倉庄三郎を描いた『山林王』(新泉社)。

田中淳夫の最近の記事