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林業界のファーストペンギンは「戦艦大和」

田中淳夫森林ジャーナリスト
パリの展示会。吉野檜の無垢の木肌に注目が集まる。(提供・ICHI株式会社)

 日本テレビで放映中のドラマ「ファーストペンギン!」。衰退著しい水産界に革命を引き起こした女性の実話を元に製作されており、なかなか見応えがある。漁協を始めとした業界内の既得権益と慣習に縛られて起きるいざこざはリアルだ。

 そして、このドラマを見た人から「うちの業界もそっくり」と声を聞くようになった。

 林業界である。こちらも水産業界とよく似た衰退状況なのだが、打開策が見つからない。「林業界にファーストペンギンはいないのか」と反問したくなるのだが……。

 ファーストペンギンとは、鳥なのに最初に海に飛び込んだペンギンのこと。リスクを恐れず、最初に取り組んだベンチャー精神のある個人や企業を指す。

 そして、よく探せば、林業界にもそんな挑戦者はいたのである。

日本より海外に活路

 日本の林業界で最高峰と言われるのが奈良県の吉野林業だ。500年の歴史を誇り、ここで育まれた吉野杉、吉野檜は高級ブランドである。かつては1立方メートルで100万円を超す銘木も珍しくなかった。

 しかし1990年代以降、木材価格は急降下し、今では特別な例を除いて数万円まで落ちている。それでもほかの地域の一般材から比べると多少高いのだが、手間隙かけて育てるだけにコストも高くつき、割に合わない。

 現代の建築では、和室がなくなり、柱なども見せない工法に変わってきた。吉野材の特徴である美しい木目や木肌が求められなくなった。だから仕方ない……そんなあきらめの雰囲気が現場に流れているのだが、そんな現場を見て、一つの提案が持ち込まれた。

「日本で求められないんなら、海外に輸出したらどうですか」

 ICHI株式会社の山中耕二郎さんだ。

 山中さんは、林業どころか木材にはまったく関わりのない門外漢の大阪人である。ただ子どもを通わせている幼稚園が「森のようちえん」を始めると聞いて、その理事を引き受けたことが、林業との関わりにつながった。子どもたちを森の中で保育する試みなのだが、それが縁で吉野の林業家と知り合ったのである。そして吉野林業を知り、現代の窮状にも触れることになる。

 そこで思いついたのが、上記の発言なのだ。

 山中さんは、これまで多少貿易の仕事に関わっていたこともあるが、基本的に素人だ。しかも日本が木材をヨーロッパに輸出した例がなく、貿易関係者でも、何をどうしたらよいのかわからないという有り様だった。

 それでも、たまたま知り合ったオーストリアの業者と組んで、試みに吉野杉や吉野檜の原木を輸出してみることにした。2018年のことである。ただ、検疫から始まって手続きに悪戦苦闘する。しかも先方の反応が伝わってこない。

 2度目は製材を送るが、やはり反応は少なかった。懲りずに3度目に取り組むが、肝心の荷引き受け業者が倒産してしまい陸揚げできずに、日本に戻される始末。山中さんはトラブル解決のために単身オーストリアやドイツに渡って吉野材を披露するが、目立った反応も得られなかった。

 さすがにくじけそうになるが、そんな彼を後押ししたのが、吉野山主有志の会である。山主も、今のままでは吉野林業が消えてしまうと危機感を強めていた。もし、ヨーロッパ市場に活路を見いだせるのなら……。

 改めて考えたのは、製品を見せることだ。丸太や板を送っても、吉野材の魅力は十分に伝わらない。現地の業者ももてあます。そこで日本の木材加工の技術を見せて価値を知らしめようという発想だ。

 幸い、今度はジェトロ(日本貿易振興機構)の支援を受け、補助金も使えるようになった。

輸出するのは「大和」の物語

 コロナ禍の最中の2021年9月、パリのデザインウィークに合わせて展示会を開くことにした。出品する製品は、樹齢230年の吉野檜から生み出した長さ7mのカウンターである。数寄屋建築の大工によって刻まれ、日本の大工の技を発揮した作品に仕上げた。

 テーマは「ニュアージュ(雲)」だったが、見たところ船のへさきのように見える。だから隠れテーマは「戦艦大和」なのだという。まさに大和(奈良)を発進させようという意気込みだった。

カウンターそのものが船のへさきのように刻まれている。(提供・ICHI株式会社)
カウンターそのものが船のへさきのように刻まれている。(提供・ICHI株式会社)

 山中さんもパリに向かう。会場は歴史的建造物を改装したギャラリーである。

 参加したフランス人には建築家やデザイン関係者が多かったが、評判は上々。とくに鏡のように景色を映す表面に感嘆していたという。何か塗料を塗っているのかと問われたが、これは大工の鉋で磨き上げた素の木肌だ。

 山中さんは、素材は230年前に人の手で植えて育てられた木であることを語り、「230年前のフランスで何があったか」と観衆に問うた。1789年にパリで起きたのは、フランス革命である。その頃に植えられたのだと説明する。

 ヨーロッパ人には、こうした歴史や文化に関わる物語が大いにウケるという。また欧米では、近年になって天然林からの木材採取は森林破壊的と問題視されがちだ。その点、人が育てたという点もアピールポイントになった。

 こうした手法で吉野材のブランディングに成功したのである。

 その後、少しずつ注文が入り始めている。主にインテリアや家具用の高級木材として認められたのだ。木材を使った「空間」は、高く評価されることがわかった。今後はフランス以外にもスイスやオーストリア、そしてアメリカなどもターゲットになると睨んでいる。

「価格は、今のところ日本の1.5倍程度に設定していますが、今後は2倍以上をめざします。十分受け入れられる素地がある」

 山中さんは、吉野材の輸出という海に飛び込んだファーストペンギンになったのである。

 もちろん業界全体を大きく動かすには、時間がかかるだろう。それに林業界に限らず、ファーストペンギンは必ずしも報われるとは限らない。

 しかし、リスクを恐れず未知の海に飛び込む勇気がなければ、未来は切り開けないだろう。

森林ジャーナリスト

日本唯一にして日本一の森林ジャーナリスト。自然の象徴の「森林」から人間社会を眺めたら新たな視点を得られるのではないか、という思いで活動中。森林、林業、そして山村をメインフィールドにしつつ、農業・水産業など一次産業、自然科学(主に生物系)研究の現場を扱う。自然と人間の交わるところに真の社会が見えてくる。著書に『鹿と日本人 野生との共生1000年の知恵』(築地書館)『絶望の林業』『虚構の森』(新泉社)『獣害列島』(イースト新書)など。Yahoo!ブックストアに『ゴルフ場に自然はあるか? つくられた「里山」の真実』。最新刊は明治の社会を揺り動かした林業界の巨人土倉庄三郎を描いた『山林王』(新泉社)。

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