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ウクライナ危機で、ウッドショックはどうなる?

田中淳夫森林ジャーナリスト
ロシアは木材輸出大国でもある。(写真:イメージマート)

 ロシアのウクライナ侵攻を受け、ロシアの石油や液化天然ガス(LNG)のほか、世界一の輸出量を誇る小麦の貿易が止まる恐れが強まり、供給不安が広がっている。おそらくエネルギーや食料の価格高騰は必至だろう。

 ところでロシアの輸出産品として、木材も忘れないでほしい。実はロシアは木材の輸出大国でもある。とくに針葉樹丸太の貿易量は、2020年は691万立方メートルとアメリカ(604万立方メートル)よりはるかに多い。さらに製材でも有数の輸出国だ。

 これらはロシアの財政を支えるとともに、世界の木材貿易の場で大きな存在だ。それが止まったらどうなるのか? とくに昨年は「ウッドショック」と呼ばれる木材不足による価格急騰が世界を席巻したが、今後の情勢を考えてみたい。

「ウッドショック」は、昨秋ごろから落ち着きを取り戻しつつあった。少なくとも木材不足は収まり、高止まりしていた価格が今後どのように落ち着いていくかが焦点だったのである。今年春には収まるのではないか、という予測も出ていた。

 しかしウクライナ危機は、木材需要をガラリと変えるだろう。とくに金融制裁としてロシアをSWIFT(国際銀行間通信協会)から締め出せば、ロシアの貿易は一気に制限される。当然、木材の輸出入もしにくくなるはずだ。

 ただ日本とロシアの直接的な木材貿易に関しては、影響は軽微だろう。なぜなら、今年1月1日から、ロシアは丸太輸出を禁止したからだ。これは、2年前から資源保護を理由に通告されていた。

 もともと丸太の輸出関税率は2020年に60%、21年に80%に引き上げられたが、いよいよ丸太の輸出が原則禁止になった。さらに製材にも輸出税を課すようになった。結果として、日本がロシアから輸入する木材は、限りなく減っていた。だから、ウクライナ危機によって大きく変わることはあるまい。

かつて日本の港にもロシア材が多く積まれていた。(筆者撮影)
かつて日本の港にもロシア材が多く積まれていた。(筆者撮影)

 ロシア側から見ると、木材の輸出先は約75%が中国向けだった。ほかにカザフスタン、ウズベキスタンなど旧ソ連諸国が多い。これらの国が経済制裁に加わるとは考えにくい。

 EU向けは1割程度だったが、これは経済制裁で止まる可能性が高い。またウクライナも木材輸出は難しくなる(ウクライナは、林業も盛んな国である)。ほかポーランドやルーマニアなど旧東欧諸国も木材輸出国だが、それらの国がスムースに貿易できるかどうか。日本にも旧東欧諸国の木材は、さまざまなルートを経由して入っている。そうしたルートが細ると、日本でも木材不足が生じるだろう。

 さて、中国はどのように動くか。ロシアへの経済制裁に参加する見込みは薄く、木材輸入を抑制するとは想像しにくい。それどころかルーブルの暴落で安くなる分、中国はより多くロシア材を買いつけるかもしれない。もともとシベリアの森林資源開発は中国資本が多く行っており、丸太輸出禁止や輸出税などどこ吹く風なのである。

 中国はロシアから安く買えるとなると、EUやアメリカ、ニュージーランドなどから購入していた木材を減らすかもしれない。ロシア材とヨーロッパ材、アメリカ材の品質や用途の違いもあるので一概には言えないが、欧米の木材がだぶつき、価格が下がる可能性もある。

 もっとも中国も国際世論の風向きは読むだろうから、あまりロシアへの肩入れはしにくいはずだ。このところはなかなか読みにくい。

 国産材の動きはどうだろう。

 昨年はウッドショックと言われつつも、国産材の増産はなかなか進まなかった。人手不足や機材や林道などインフラ不足などは一朝一夕に解決しないからである。価格も3~4割は上がった。

 しかし、どうやらウッドショックが長引く傾向が見えてきたので、そろそろ増産の陣容を整えだしたようだ。今後、国産材の供給量は増すだろう。しかし、肝心の木材需要は増えるかどうかわからない。

 ちなみに国産としている合板の中には、ロシア材、旧東欧材も原料とする製品も少なくない。これらの生産は今後厳しくなるため、合板不足も懸念される。

 もちろん、単に木材の需給状況だけでは図れない。原油や液化天然ガスの価格高騰は、輸送費も高騰させる。それで再び木材流通が滞ればウッドショックの再来だが、逆に景気低迷に陥ったら建築意欲も減退して、木材需要は落ち込む。すると木材価格も下がるだろう。

 そんな読みに頭を巡らせる中でふと感じた心配は、経済制裁の裏で安くなったロシア材を日本に輸入しようとする動きが現れるのではないかということだ。直接ロシアから輸入できなくても、たとえば中国経由などにして産地偽装される可能性は十分有り得る。今でも、そんなルートでロシア材が入っている噂は聞く。

 日本の木材関係の法律はザル法で有名で、木材の素性を実質的に確認しなくてよいし、違法木材を取り扱っても罰則はない。だから日本には、世界中から違法木材が集まってくるとさえ言われているのだ。経済制裁しているはずのロシア材が入って来ることを止められない。

 ウクライナ危機に際して木材貿易の動態を想像すると、図らずも国際的な木材の流れが浮かび上がる。日本の林業、そして建築業も、世界情勢とは外れて存在できない。また国際協調の枠組から逸脱したら、批判は免れないだろう。

森林ジャーナリスト

日本唯一にして日本一の森林ジャーナリスト。自然の象徴の「森林」から人間社会を眺めたら新たな視点を得られるのではないか、という思いで活動中。森林、林業、そして山村をメインフィールドにしつつ、農業・水産業など一次産業、自然科学(主に生物系)研究の現場を扱う。自然と人間の交わるところに真の社会が見えてくる。著書に『鹿と日本人 野生との共生1000年の知恵』(築地書館)『絶望の林業』『虚構の森』(新泉社)『獣害列島』(イースト新書)など。Yahoo!ブックストアに『ゴルフ場に自然はあるか? つくられた「里山」の真実』。最新刊は明治の社会を揺り動かした林業界の巨人土倉庄三郎を描いた『山林王』(新泉社)。

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