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建築のコンビニおにぎり?大型パネルが林業を振興する理由

田中淳夫森林ジャーナリスト
大型パネルはクレーンで運べる。(ウッドステーション提供)

 お米の売れ行きが落ちていると騒がれている。売れないから値段も下がる。下がれば米作そのものに魅力がなくなり離農する……。

 だが、私は思うのだ。コンビニのおにぎりは売れているではないか、と。コンビニ各社は競って新商品を送り出すが、高級おにぎりほどよく売れるという。

 この現象を、消費者は自分でお米を炊き料理するのが億劫になったから……と決めつけるだけでいいのだろうか。

 もしかしたら、プロが選んだ品質の米を完璧に調理して、具も考え抜いて仕上げたおにぎりの方が美味しいのかもしれない。また調理にかかる手間やエネルギーも含めたら、市販されているものを購入する方が、環境や生活に合理的なのかもしれない。

 お米事情はさておき、木材の世界でも同じようなことが起きていると感じた。木材の主要な用途である住宅建築の話だ。

建築業界を変える「大型パネル」

 現在急速に伸びているのは、工場で住宅の壁や床をパネルとしてつくり、それを現場で組み立てるだけという「大型パネル」による建築である。登場してまだ数年だが、もう年間1000棟以上になったそうだ。

 この大型パネルによる建築を進めているのは、ウッドステーション株式会社だ。2018年に設立されて、「木造軸組工法を工業化する」ことを目的に各地で大型パネルの生産を進めている。この会社が建築するのではなく、木材-建材化の工程を担うのである。

 これまで木材は、製材所で丸太を角材や板に加工して、それを建築現場に運び込むと、大工が切って長さを調節したり、ほぞ穴を開けたり、カンナを掛けたり……と二次加工して組み立てた。

 しかし1990年代になると、急速にプレカット工法が普及する。角材も板も、工場で加工するようになってきた。大工の負担を減らすためだ。大工は、すでに寸法形状などを加工された木材を現場で組み合わせるだけになり熟練技術がなくても建築は可能となり、しかも完成が早くなった。

大型パネルで大工の減少に対応

 しかし肝心の大工など建築関係の職人は、急速に減少している。注文があってもすぐに建てられない現場が増えてきた。プレカット工法さえも限界に達しつつあるのだろう。組み立てるだけといっても、そこには建材の運搬が必要で、決して大工は楽になっていない。とくに最近は建材の重量化が進行している。たとえば窓枠サッシは200キロ近い重量だ。それに断熱材や防水シートの設置など本来の大工仕事と離れた部分も多い。また梱包材などゴミも多く、終了後の掃除が負担だ。

 大型パネルは、そうした作業を全部工場でやってしまう発想で生まれたのだ。

パネルは金具で固定するだけ。(ウッドステーション提供)
パネルは金具で固定するだけ。(ウッドステーション提供)

 パネル工法なら、ハウスメーカーなどにもあると思われる方もいるだろう。だが、それらは基本的に同一形状のものの大量生産で、しかも各メーカーの「特別認定」というクローズな設計である。ほかのメーカーは入り込めない。あるいは最近売り出し中のCLTもパネル構造だが、設計の自由度が低い。

 だが大型パネルは、従来からある木造軸組工法なのである。しかもオーダーメイド。1軒1軒違う構造・形状の家の壁をパネルにする。大工の仕事現場が、建築現場から工場に移っただけと思ってもよい。そこには専用の作業台があり、立て起こし機やクレーンもそろっている。おかげで効率よくつくることができるから、非常に仕事が早い。また端材などのゴミもそこで処理できる。大工にとっても有り難いのである。

 そして建築現場では、パネルを金具で固定するだけなので、内外装を除く躯体だけなら2日に1軒のスピードで建てられる。

木材を高く買い取ることが可能に

 ただ私が注目したのは、こうした建築業界の動きではない。

 重要なのは、設計段階から完全に必要な木材の寸法を計算し山で造材するので無駄が出にくいことだ。通常の丸太や製材は3メートルか4メートルと決まっているが、そこから必要な建材の寸法に切り出すと、大量の端材が出る。それらを抑制できるということは森林資源を有効に使えるということだ。

通常の林業現場では切り捨てる部分が多く出る。(筆者撮影)
通常の林業現場では切り捨てる部分が多く出る。(筆者撮影)

 そのうえ国産材の利用を容易にする。設計から建築まで通常2~3カ月程度の時間がかかるが、外材の場合は注文して供給されるまで半年以上必要で、タイムラグが生じる。その点、近距離の国産材ならジャストインタイムが可能だ。

 しかも山元へ設計情報を伝えることで中間マージンがなくなり、木材を山元から小売価格で購入できる。言い換えると、山主は高く木材を売れるわけだ。それに予約購入が基本なので、価格変動も極力抑えられる。昨年から続いているウッドショックのような価格高騰や建材不足は生じない。

 塩地博文・ウッドステーション社長によると「設計情報を集約して、それを森林資源と紐づければ、無駄を排して木材の価値を大きく変えることができます。梁だけは強度などの点で外材に頼りますが、ほかの部分は“場所メリット”のある国産材でつくれます」。

 現在の国産材の供給には問題が多々ある。とくに流通過程では、多くのロスを出してそのしわ寄せを山元に押しつけている。だから山主の利益は減る一方だった。何より山元に建築情報は伝わらず、建築側は林業現場を知らないことが、お互いの意思疎通に齟齬を生み出していた。

 それらを一掃できるかもしれない。

 すでに大型パネルの生産は、各地の森林組合や製材所、プレカット工場、自治体などと結んで稼働し始めている。製造に特許は取らずオープンな工法だからできるのだ。

木材流通の疑心暗鬼を打ち破れるか

 実はこれまで幾度となく、林業から建築までを結ぶ流通の改革案が出されてきた。その多くは林業家と建築家が手を結ぶ方式だ。しかし、それらが上手くいったところは少ない。それは各業者同士の信頼感が弱いからだと感じる。それぞれが自分の利益を確保することに汲々として情報を隠し、結果的にお互い疑心暗鬼にとらわれて協力態勢が組めなかったように思う。

 ウッドステーションの大型パネルは、オープンな製法ゆえ参入しやすい。情報がオープン化されており、お互いの状況を知ることができるからだろう。

 この方法が、日本の建築業界と林業界の血の巡りをよくすることにつながるだろうか。それとも、相変わらず新たな動きを警戒して排除しようとするのか。

 もしかしたら大型パネルを全部外材でつくった方が儲かると考える建築業者が出てくるかもしれない。オーダーメイドではなく、同一形状の大量生産を狙うものが現れるかもしれない。あるいは予約を無視して、一時的に高値を付けた業者に原木を回す林業家もいるかもしれない。私は、従来から感じている業界の体質から、そんな一抹の不安を感じてしまう……。

 しかし、米農家が「コンビニおにぎりなんて邪道だ、米は自分で炊くものだ」と言って米の出荷に応じなかったら、いよいよお米は売れなくなるだろう。

 林業界、木材業界も正念場である。

森林ジャーナリスト

日本唯一にして日本一の森林ジャーナリスト。自然の象徴の「森林」から人間社会を眺めたら新たな視点を得られるのではないか、という思いで活動中。森林、林業、そして山村をメインフィールドにしつつ、農業・水産業など一次産業、自然科学(主に生物系)研究の現場を扱う。自然と人間の交わるところに真の社会が見えてくる。著書に『鹿と日本人 野生との共生1000年の知恵』(築地書館)『絶望の林業』『虚構の森』(新泉社)『獣害列島』(イースト新書)など。Yahoo!ブックストアに『ゴルフ場に自然はあるか? つくられた「里山」の真実』。最新刊は明治の社会を揺り動かした林業界の巨人土倉庄三郎を描いた『山林王』(新泉社)。

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