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大都会に出没する野生動物の侵入ルートと隠れ家はどこだ

田中淳夫森林ジャーナリスト
河川は都会と奥山を結ぶ回廊だ(写真:GYRO_PHOTOGRAPHY/イメージマート)

 最近、テレビのニュースやワイドショーで、東京などの大都市圏にシカやイノシシ、サルなどが出没し、それを追いかけ回す人々の映像がよく流れる。野生動物が都会に姿を見せるのはニュースバリューがある=視聴率が稼げるからだろう。

 ただ、ここ数年頻繁になってきて、視聴者も徐々に慣れっこになってきたきらいがある。そもそも動物に素人の警官などが不用意に捕獲しようとして網などを手に飛び掛かるのは危険だと思うのだが……。

 ところで不思議に思わないのだろうか。一般に野生動物は奥山の森林地帯に生息しているが、山に隣接した農山村、せいぜい地方都市ならともかく、人が多く、緑も少ない都心に、どうやっていきなり出現するのか。電車や車に乗れない(多分)のだから、これだけの距離を移動するのは大変なはずだ。しかも途中見つからないルートはどこにあるのか。

 ワイドショーなどでは簡単に「迷い込んだ」などと説明しているが、おそらく生息していた山から数十キロも離れているはず。

どうやって長距離移動をなし遂げるのかそして目的は? まさか若者のように自由で賑やかな都会に憧れるなんてことはない(多分)だろう。

 実は、山岳地帯から都心まで、身を隠しながら進めるとっておきのルートがある。それは河川および河川敷、そして河川の土手に生まれた緑地帯だ。

 たとえば東京の23区内でイノシシやシカが出没したケースでは、たいてい荒川などの周辺が多い。荒川の上流は埼玉県の秩父まで遡れるし、支流も含めたら千葉県や茨城県の山間部に伸びている。そして河川敷はもちろん、河道にも草が繁っているところは多い。ここを伝わると、山から都心まで比較的見つからずに侵入できるというわけだ。しかも草なども多く移動中の餌も、河川敷にはあることが多い。ただ動物側の気持ちになって言えば、緑と水のあるところを伝って新天地を求めて進んでいたら、突然コンクリートジャングルに出てしまった、というところだろうか。

 神戸市では、都心のコンビニにもイノシシが姿を見せるのが日常となっているが、その往復で河道を歩くイノシシがよく目撃されている。3面コンクリート張りの河川で身を隠す藪がなくても平気だ。もはや河道は野生動物の道と認識されているのだろう。

 川だけではない。街路樹や道路沿いの緑地帯も、動物にとっては移動ルートになっている。とくに夜行性の動物にとって、夜に人が目を向けにくい河川や緑地帯は、人に見られず移動するのにもってこいなのだ。

 そして都心に入ってしまったら、隠れ家は意外なほど多い。

 私が感じるのは、公園などよりも空き家が動物が隠れるのに向いている。公園は見通しの利く広場などが設けられるし、草刈りも頻繁に行われがちで、意外と藪が少なく隠れにくい。それに人もしょっちゅう出入りする。その点、一戸建ての空き家の庭は私有地だけに他人が覗き込むことも滅多にない。ときに建物も破れて中に入れるようになるが、そうなると極めてもってこいの住処となる。何より、今は都心にも長く手を付けられない空き家が増加しているのだ。

 さらに神社などの境内林も隠れ家になるだろう。さすがにシカやイノシシのような大型動物には狭いかもしれないが、タヌキやアナグマ、ハクビシン、アライグマなど中型動物にはもってこいの隠れ家兼餌場になる。池があれば水場も不自由しないし、さらに下水溝なども住処にしやすい。また通路として周辺にも見つからずに足を運ぶこともできる。

 私も自宅近くの道路の側溝などに潜むタヌキの家族をよく見かけた。一部は暗渠になっているので、姿を見られずに移動できる範囲は意外なほど広い。

 また街には生ゴミなど餌も豊富だ。空き家に柿などの木の実がなる木があるケースも見かけるし、ときに人間が餌やりを行っている。ノラネコなどに餌をやっているつもりが、キャットフードなどを置いておくとタヌキなどが食べていることも多いのだ。(そもそもノラネコに餌をやること自体がよろしくないのだが。)もちろん飼いイヌ飼いネコの餌を横取りすることも起きる。野生であっても、食べ物をもらえる経験をすると、繰り返し現れるようになる。アライグマなどはネコ自体を襲うこともある。

 意外なようだが、現在の日本の山には、動物の餌がたくさんある。里山には耕作放棄地が増えているし、農地にも収穫されないまま放置された作物が多い。そこで数を増やし、人は怖くない、人里には餌も豊富にあると覚えた動物たちは、より生息域の拡大を求めて拡散していく。その際のルートが、河川や緑地なのだ。そして都心に入ってからの隠れ家が空き家なのだ。

 国交省や都市部の自治体の中には「水と緑の回廊」とか「エコロジカルネットワーク」という名で街づくりを進めているところがある。河川沿いに樹林帯を設けたり、街路樹を増やして各地に点在する自然をつなぎ、都会にも自然を取り戻そうという発想だ。そして動物の生息域を分断せず、各地の個体を相互交流させることをめざしている。それが生物層を豊かにするという発想だ。

 たしかに野生動物にとっては有り難い施策だ。いや日本列島各地で人が切断してしまった生き物のネットワークを回復するためには必要な手段だろう。

 しかし、ときに回廊を利用して侵入する野生動物もいることに留意しないといけない。もしクマが都心に入り込んだら危険極まりないだろう(すでに札幌などで起きている)。サルやイノシシだって、人には恐ろしい牙を持つ。動物側からすると、いきなり人が多く緑のない都心に飛び出てしまってパニックになるかもしれない。そして自分を捕獲しようと集まってきた人を襲うかもしれないのだ。

 とはいえ、まだまだ野生動物を都市を導くルートや隠れ家・住処については謎が多い。そうした点をどうすればよいのか。都市計画の見直しが迫られるかもしれない。この問題については、以下のZoomオンラインセミナーでも考察する予定である。よろしければ参加ください。

【演題】「なぜ野生動物は都会に出没するのか

【日時】2021年1月23日(土)15:00~16:00(申込締切は前日12:00)

【申込URL】 https://kc-i.jp/activity/chogakko/food/detail20210123.php

森林ジャーナリスト

日本唯一にして日本一の森林ジャーナリスト。自然の象徴の「森林」から人間社会を眺めたら新たな視点を得られるのではないか、という思いで活動中。森林、林業、そして山村をメインフィールドにしつつ、農業・水産業など一次産業、自然科学(主に生物系)研究の現場を扱う。自然と人間の交わるところに真の社会が見えてくる。著書に『鹿と日本人 野生との共生1000年の知恵』(築地書館)『絶望の林業』『虚構の森』(新泉社)『獣害列島』(イースト新書)など。Yahoo!ブックストアに『ゴルフ場に自然はあるか? つくられた「里山」の真実』。最新刊は明治の社会を揺り動かした林業界の巨人土倉庄三郎を描いた『山林王』(新泉社)。

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