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侵略的外来種から新型コロナウイルスの今後を考える

田中淳夫森林ジャーナリスト
侵略的外来種のアライグマの被害は想像以上に大きく、長引いている。(写真:アフロ)

  新型コロナウイルスの蔓延が深刻な状態になってきた。健康面はもちろん、生活全般の支障、そして日本経済にも大きな打撃を与え始めている。

 少し冷静になって考えてみる。コロナウイルスは当初の想定よりはるかに感染力が強いことがわかってきた。ただ軽症で済むケースも多く、すべての感染者が深刻な症状に襲われるわけでもない。致死率は(今のところ)2%程度とされ、40%を越えたエボラ出血熱などと比べると低い。インフルエンザとどこが違うのか、と言われると私にはわからない。

 結局、未知のウイルスであり、治療法が確立されていないことや人体に免疫がないこと、今後どこまで広がるかわからないことが不安をもたらすのではないか……。

 と考えていたら、これって外来種問題と同じだな、と気づいた。私はちょうど今、外来種が引き起こす問題を調べていたため連想したのだが、わりと共通点が多いことに気づいたのだ。

 外来種とは、人間の活動に伴って、それまで生息していなかった場所に持ち込まれた生き物の種類だと規定されている。ただ持ち込まれた種がすべて居つくわけではなく、むしろ新環境に適応できず消滅するケースも多いが、ときに条件が合って爆発的に増殖し、人間社会、もしくは在来の生態系に悪影響をおよぼす場合がある。そうした種を「侵略的外来種」と呼ぶ。

 侵略的外来種の問題とは何だろうか。

 まず天敵などがいないため、爆発的に増加するケースが多いこと。そして餌として農林畜産産物を食べることで損害を出す、さらに人や動物を襲う。結果的に人間社会へのダメージが大きいのだ。さらに在来の動植物を捕食することで、同じような餌を採り生息している在来生物を駆逐してしまう効果もある。

 ほかにも被害内容は多岐にわたるが、それが生態系のバランスを崩し侵略的と言われるゆえんだ。たとえばブラックバスやブルーギルは、すでに日本の淡水生態系を変えてしまっている。

 最近、被害が大きくなっている事例として、アライグマについて考えてみよう。

 北米原産のアライグマは、1970年代に放送されたテレビアニメ「あらいぐまラスカル」の影響で、可愛いペットとして盛んに輸入された。ところがアライグマは凶暴で、とても素人の飼えるような動物ではない。そのため野に放してしまうケースが続出し野生化した。日本の自然は、彼らにとっても住みやすかったらしい。木登りや泳ぎが得意なことも強みだ。当時は、可愛い動物のイメージに縛られ、どんな影響を出すかわからないまま軽視されていた。

 アライグマは、雑食性だが攻撃力も強い。農作物はもちろん、昆虫、魚、両生類に哺乳類まで食べるから餌に不自由しない。そのうえ一度の出産で5頭ほど子供を産む。猛獣でありながらネズミ算式に増えるのだ。

 その結果、農山村・里山で被害が拡大した。野菜や果樹のほか家畜飼料を食い荒らす。またニワトリを襲い、養魚場の魚も捕食した。さらに乳牛の乳首を噛み切るような被害も出ている。あまり知られていないが、飼いネコも獲物とするし、猟犬をかみ殺した例もある。また野生の鳥獣も獲物とするため、生態系を破壊する力が強い。

 そのほか民家や社寺に侵入し、天井裏で糞尿を溜めたり、建造物や美術工芸品を傷つける例もある。

 野生化の初期に放置したため、気がついたら全国に広がっていた。90年代の生息域は北海道や愛知県だけだったが、2018年の環境省発表によると、アライグマの生息情報がなかったのは、秋田、高知、沖縄の3県だけだ。ここ10年だけを見ても、3倍近くに広がったという。駆除も行われているが、毎年数万頭も捕獲しているのに減少の気配は見えない。

 全国的な生息数調査は行われていないが、千葉県の調査では2009年に約1万頭とされていた。おそらく全国で数十万頭は生息しているだろう。

 農作物被害は2003年で1億円弱だったが、2016年には約3億円を超えている。そのほか人的被害も増えている。ダニの媒介や狂犬病の持ち込みも心配されている。

 現在、獣害と言えばシカとイノシシばかり取り上げられがちだが、今後アライグマの猛威がどこまで広がるか注視する必要がある。

 またセアカゴケグモとヒアリも脅威だ。輸入品に混じって上陸を許してしまったらしい。

 セアカゴケグモが初めて確認されたのが1995年、ヒアリは2017年だが、すでに両者とも全国的に分布を広げている模様だ。どちらも毒を持つため、不用意に触ると危険である。また農作物をかじったり、家畜を襲う。海外ではヒアリが増えたため、耕作を断念したり離農者が増える例が報告されている。

 ヒアリの駆除に成功したのは、初期対応を徹底的にやったニュージーランドぐらいと言われる。水際作戦に失敗したら、もはや蔓延は抑えられない。

 こうした例でわかるのは、外来種は侵入して繁殖し始めたら、そう簡単に駆除はできないことだ。しかし初期は、その外来種の危険性がよく知られていないため軽視されがちで、水際作戦もたいてい失敗してしまう。

 外来種問題のやっかいな点は、明確な解決法がないことだ。一度入ってきて増殖してしまった外来種はゼロにできず、延々と被害を出し続けるだろう。結局は、人が手間とコストをかけて駆除し続けるか、生態系の中に組み込まれて増殖が抑え込まれることに期待するしかない。

 外来種問題と照らし合わせていると、新型コロナウイルスの危険性も理解できるようになってきた。これは人類にとっての外来種問題、外来病なのだろう。

 おそらく野生動物から人に感染するよう突然変異がおきて世界中に拡散したと思われるが、侵略的外来種と同じく「天敵がいない」状態で爆発的な感染力を見せつけている。人体は免疫を手に入れていないし、治療法もまだ発見されていないのだ。

 ちなみに新型コロナウイルス対策で励行されている手洗いや消毒のおかげで、日本ではインフルエンザの発生が少ないそうだ。これは在来インフルの生息域を奪ったことに相当する?

 いずれにしろ、もはや新型コロナウイルスを絶滅させることはできないだろう。治療法の開発を急ぐとともに、人類も免疫力をつけるしかあるまい。発生しても、オオゴトにならない程度に抑える……という共生状態にもちこめるよう期待するしかない。

 新型コロナウイルスから外来種問題の深刻さを気づいてもらうか、あるいは外来種問題から新型肺炎の今後を想定するか……混迷はまだまだ続きそうである。

森林ジャーナリスト

日本唯一にして日本一の森林ジャーナリスト。自然の象徴の「森林」から人間社会を眺めたら新たな視点を得られるのではないか、という思いで活動中。森林、林業、そして山村をメインフィールドにしつつ、農業・水産業など一次産業、自然科学(主に生物系)研究の現場を扱う。自然と人間の交わるところに真の社会が見えてくる。著書に『鹿と日本人 野生との共生1000年の知恵』(築地書館)『絶望の林業』『虚構の森』(新泉社)『獣害列島』(イースト新書)など。Yahoo!ブックストアに『ゴルフ場に自然はあるか? つくられた「里山」の真実』。最新刊は明治の社会を揺り動かした林業界の巨人土倉庄三郎を描いた『山林王』(新泉社)。

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