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もう一つの林業・雑木林を宝の山に変える方法

田中淳夫森林ジャーナリスト
霧に包まれるみなかみ町の天然林。これが宝の森に。

 訪れたのは、群馬県みなかみ町の里山。

 棚田の広がる丘から分け入った森は、最初こそスギ林だったが、その奥は雑木林だった。

 小雨の降る日だったが、山主の原澤真治郎さんを始め、町のエコパーク推進課のメンバー、そしてオークヴィレッジの佐々木一弘さんとともに入った。途中で道は消えるが、構わず尾根沿いに登る。

 ところどころで太い広葉樹を見かけると、佐々木さんが解説する。

「このヤマザクラは、根元から2メートルずつ伐って、あの枝の出た部分を外してまた上を伐れば丸太が5本は取れますね」

「このクリの木は、真ん中で割って挽いて広げたら、テーブルの天板にもってこい」

「コナラは乾燥が難しいけど、心材の部分を使うと、椅子の脚にできます」

「センの木と呼ぶのは、ハリギリですね。この木なら、丸太を半割にして、そこから器を挽けば200個はつくれます」

 佐々木さんが、雑木林の多様な木を見ながら、次々と使い道を指摘する。

 さらに「この木でテーブルをつくったら30万円になる」「木の器はたいした機械はいらず、慣れたら1日で何十も挽ける。200個の器を自分で挽いたら10万円20万円ぐらいの収入になる」と分析する。

 この雑木林が宝の山であることの説明なのである。オークヴィレッジは家具づくりで有名だが、実は家づくりから小さな木の玩具まで手広く手がけている。だから樹種ごとの材質や、それを何に加工すると商品になるのかに精通している。聞いているだけで、この雑木林には数百万円になる木材が眠っていることがわかる。

 原澤さんは、山主自ら木を伐って出す自伐林家になる研修を受けて伐出技術を学んでいる最中だ。伐採は技術がいるが、何も高価な林業機械がなければできないわけではない。それに木工用の木材はスギやヒノキのように3~4メートル材ではなく、2メートル以下でも十分なので比較的扱いやすい。しかも自分で出せば、業者に請負料を払う必要もなく、全部自らの収入になるのだ。

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 今どき、スギ林を数ヘクタール持っていても、収入はほぼゼロだ。山の木を全部伐って搬出して木材市場のセリにかけても、売値のほとんどを伐採業者が持って行ってしまうだろう。残るはハゲ山だけ。

 ところが雑木の多くは広葉樹だが、その材を出せば、スギ材の4~5倍の価格をつけるのだ。しかも抜き伐りだから森は残るし、切株からは萌芽が育つので再造林もいらない。その後の育林(下草刈りや間伐など)も必要ない。

 日本の森に生える樹種は高木で数百種、低木も入れたら数千種もある。しかし林業の対象としているのはスギとヒノキ、それにカラマツ、マツなどほんの数種類だ。それらは針葉樹だが、今や価格は下がる一方。しかも需要としてはバイオマス燃料という馬鹿げた用途しか伸びていない。わざわざ50年60年と育てた木を伐り出して燃やして灰にするのが木材の新用途か?

 一方で、家具や木工に使われる広葉樹材はまるで足りない。国産ならミズナラやケヤキなどが好まれるが、もはや大木は底をついてきた。求められるほとんどは輸入広葉樹材だが、海外でも資源の枯渇が問題となり、手に入りにくくなってきた。だから国内の家具メーカーは材料の調達に四苦八苦している。

 しかし日本の天然林や里山の雑木林には、ほとんど使われていない広葉樹が眠っている。それをもっと利用しよう、という気運が高まってきた。たしかに多少癖があり、扱いづらい面はあるのだが、それを制する技術革新もある。たとえば乾燥の難しいコナラも、ノウハウさえ身につけば十分に美しい家具材に化ける。曲げ加工の新しい技法もある。それらを活かして文字通りの適材適所を行えば、宝の木材になるのだ。

 加えて木材の調達を業者任せではなく、山主が自ら伐って出せたら、地元に収益を還元でき地域起こしにもなるだろう。

 みなかみ町は面積の9割が森林。しかも広葉樹林が多い。そこで、オークヴィレッジに話をもちかけて提携したのである。オークヴィレッジはもともと国産材を扱ってきたが、木材調達を地域貢献に活かす試みでもある。

地元のクリの材でつくられた町長室のデスク
地元のクリの材でつくられた町長室のデスク
町長の名刺入れ。地元産コナラ製。
町長の名刺入れ。地元産コナラ製。

 既存の針葉樹の人工林による林業に限界を感じて、天然広葉樹林に目を向ける地域が少しずつ出てきた。ただし単に広葉樹材を出荷するだけでは、パルプ用もしくはバイオマス用チップに回されて二束三文になるのがオチ。そうではなく、最初から家具・木工メーカーと提携して使える木を選び、高価格で取引して持続的な利用をめざす試みが各地で始まっている。北海道の中川町は、近隣の旭川市の家具メーカー数社と組んでいるし、宮崎県の諸塚村はワイスワイスと提携した。

 そんな動きの中で、みなかみ町も可能性を探り始めたのである。すでに町長室のデスクは町産のクリの木でつくられた。ほかにも文具や玩具が試作されている。

「林業の成長産業化」という掛け声はかまびすしいが、質より量の林業では持続的でなくハゲ山を増やし、山間地域も疲弊するばかりである。そんな現状とは一味違ったオルタナティブな林業が静かに進行している。それを見て、かすかに「希望の林業」を感じることができた。

(写真はすべて筆者が撮影)

森林ジャーナリスト

日本唯一にして日本一の森林ジャーナリスト。自然の象徴の「森林」から人間社会を眺めたら新たな視点を得られるのではないか、という思いで活動中。森林、林業、そして山村をメインフィールドにしつつ、農業・水産業など一次産業、自然科学(主に生物系)研究の現場を扱う。自然と人間の交わるところに真の社会が見えてくる。著書に『鹿と日本人 野生との共生1000年の知恵』(築地書館)『絶望の林業』『虚構の森』(新泉社)『獣害列島』(イースト新書)など。Yahoo!ブックストアに『ゴルフ場に自然はあるか? つくられた「里山」の真実』。最新刊は明治の社会を揺り動かした林業界の巨人土倉庄三郎を描いた『山林王』(新泉社)。

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